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チャプター13:決着

「菜々ちゃん!」

 全プレイヤーのデータウインドウに、菜々の戦死が表示される。思いがけない菜々の敗

北に、戦いが始まって初めて、瑞希が動揺した。無論、優秀な瑞希と菜々が全く戦死を経

験していないわけではない。数であったり、敵の策であったり、菜々の戦死はしばしば起

こっていた。しかし、直近の一年で、菜々が狙撃手に負けることは滅多になかった。やら

れたという結果だけで、敵のスナイパーがどれ程危険なものか、瑞希には容易に想像でき

た。

 それでも、瞬時に頭を切り替えられる辺り、菜々の信頼する相棒足る所以である。再度

顔を引き締め、現在置かれている状況を整理した。

 思案する事約二秒。瑞希は、チームの全員を見回した。そして最後に、隊長である唯へ

と視線を向ける。

「部長。菜々ちゃんからの情報を信用する限り、敵の半数以上はこちらの拠点を目指して

います。百野副部長と紅条さん、萌抜さんの三名には旗の防衛を。その間に、私と部長で

敵の旗を落としましょう」

 部長が口を開く前に、香織が瑞希を見る。

「何故部長と二人なんだ?」

「私と部長の二人が、現状で最も攻撃力の高い組み合わせだからです」

 まるで答えを用意していたかのように、即座に切り返す瑞希に、唯は三度頷く。

「……そうね。それで行きましょう。京花、二人をお願いね」

「りょ、りょうかい!」

 一分もかからない間に代替の作戦を立案した瑞希だが、心の中では動揺を引き摺ってい

た。しかし、だからこそ、菜々のもたらした貴重な情報を活用しなくてはと、己を奮い立

たせた。

「瑞希さん、行くわよ!」

「はい!」

 集まっていた五人が、それぞれ別の方向へ向かって、素早く移動を始めた。

 瑞希と部長は、凍った小川の上を全力で駆ける。身体バランスが高い二人だからこそで

きる芸当だった。何より、戦場で全力疾走する事ほど危険な行為はない。火器を構えるま

での静止時間も伸び、息を切らせば照準が大きく揺れる。機動力を得る代償は非常に大き

い。その上アバターの体力や筋力も体型に依存するため、瑞希の身体に合わせたアバター

は、生身の身体よりも遥かに貧弱だった。

 それだけの代償を払ってでも、この戦いでは敵の虚をつくプランが必要だった。もしも

このまま初期位置の近くに居座っていては、敵の狙撃手に全員やられてしまう。かといっ

て、五人全員で攻めれば機動力で敵の前衛に負け、拠点の旗を奪われてしまう。部長とコ

ンビを組める事で可能となった、瑞希なりに考えた最良の作戦だった。

 ふと、前方を移動する唯が手を上げる。停止の合図だと直ぐに判り、足を止める瑞希。

静かに、深く息を整えながら、振り向いた唯へ目を向けた。

「菜々さんが撃たれた位置からして、恐らくこの建物に二人居るわ」

「二人、ですか?」

 迷いなく答えた部長に、瑞希は怪訝な表情を浮かべた。確かに、敵の前衛が三名ならば

残りは二名という計算になる。だが、確実に二人が一緒に居るとは限らない。

 訝しげな瑞希に、その理由が判ったらしい唯は、口を瑞希の耳にそっと近づけた。小声

で話す為なのは百も承知の瑞希だが、菜々以外の女にこれほど接近された事がなかった為

に、恥ずかしさで僅かに顔を赤らめた。

「菜々さんを倒したスナイパーは、鹿野(かの)君だったわ。男子FPS部の中でも、飛び

ぬけて強いプレイヤーよ。そして、亮ちゃんが彼を起用しているならば、自分は司令塔と

して絶対に近くに居る。優秀なレーダーになるスナイパーを近くに置く事で、戦場の情報

を常に収集できるから」

 確実とは言えないながら、唯の意見には説得力があった。そして、自分よりも場数の多

い唯の意見ならば信用に足ると考え、判断を仰いだ。

「わかりました。確実に待ち伏せされていると考えて良いという事ですね。それならば」

 瑞希は一歩踏み出ると、手に持ったM16で出入り口を指し示した。

「私は前方の階段口から侵入します。部長は西側の出入り口からお願いします」

「わかったわ。気をつけて」

 他にも複数の出入り口はあるが、二人はそれらを迷わず選択する。特に狭い出入り口に

は死角が多く、待ち伏せや地雷の設置が常である。かと言って、大きく開かれた正面は遮

蔽物がなく、もしも狙われていれば一方的に攻撃される。お互いに、戦場に対する経験が

十分にあるが故の素早い判断だった。

 建物内へ侵入した瑞希は息を潜め、建物の内部に響く音を聞き取る。外から吹き込んで

くる風の音や、鉄の足場が僅かに揺れる音。アバターが感じる事のできる四感を総動員し

て索敵に当たった。

 立ち止まった瞬間聞こえた、小さな物音。

 瑞希の索敵するフロアの一つ上、天井から、靴で床を擦るような音が聞こえてきた。直

ぐに階段へ近づき、靴の音を出さないよう、ゆっくりと上って行く。床が見えそうな位置

からは、進む速度が更に慎重になる。頭を出した瞬間、顔面に地雷のベアリングの弾を浴

びる兵士を何人も見てきた瑞希は、突撃銃の先端の鏡を使って、地雷の有無を確かめる。

そこには、背の小さな兵士が、背中を向けて正面の入り口を見張っていた。瑞希が侵入し

て居る事には気がついていない。少なくとも瑞希は、そう判断した。

 手に持つM16で狙い撃てば外す方が難しい距離だが、瑞希は発砲しようとしなかった。

持っている得物からして、瑞希は彼が鹿野ではないとすぐに気がついたからだ。となれば、

ここで撃ってしまっては、狙撃手に位置を知らせる事になる。もしも自分の位置を悟られ

れば、排除せんと向かってくるか、更に有利な位置に移動される可能性があった。

 最小限の動作で、胸に装備したナイフを抜き、息を殺して兵士に近づいてゆく。

「…………!?」

 もう一歩踏み出そうとした瞬間、足元に鈍く光る一本のワイヤーを発見した瑞希は、踏

みしめようとした足を空中で静止させた。モーションセンサーではなく、古典的なワイヤ

ースイッチ型の地雷だ。回避される事が多く殆ど使われていないものだが、薄暗い室内で

は光学センサー式よりも視認が難しい。

 不自然な体勢で止まったが故に、地に付いている足が、床を踏みしめる音を立ててしま

った。

「うん? …………誰だ?!」

 気づいた男は素早くこちらへ振り向き、突撃銃を構えた。通常のプレイヤーならば、先

ず避けられない距離だ。

 しかし瑞希は諦めていなかった。突撃銃を構えなおす事を諦め、素早く身をかがめる。

ナイフを投げ捨てると、電光石火の早業で、背中に装備した拳銃を引き抜く。

「あっ…………」

 しかし、瑞希が拳銃を撃つ事はなかった。そしてまた、男が発砲することもなかった。

照準した男の背後には、知らぬ間に唯が回り込んでいたからだ。

 唯は背後から身体を絡ませ、亮の動きを封じている。身体に密着したスーツだけに、亮

の背中に押し当てられる胸まではっきりと見えた。

「はあい、亮ちゃん」

 更に激しく胸を押し当て、更には下半身まで密着させる唯。

「貴方、こういうの好きでしょ? ねえ?」

 男女が絡み合う姿に、戦闘を忘れて赤くなる瑞希。亮の動きを完全に制した唯の唇が、

亮の耳へと近づいてゆく。

「それとも、こっちの方が好きなのかしら?」

「ごぼっ……おお…………」

 瑞希の目の前で、唯の握る大きなアーミーナイフが、じわじわと亮の鳩尾へ抉り込まれ、

あぶくと共に、口から赤黒い血があふれ出てきた。叫び声を上げたくとも、肺や気道に血

液が流れ込み、まともに声も出せない状態だ。更に刃先を捻じ込み、唯はこれでもかと亮

の身体を引き裂いて行く。攻撃している本人と言えば、これ以上ない程の恍惚とした微笑

だ。今まで見た事もない猟奇的な光景に、瑞希は絶句していた。

 痙攣しながら倒れる亮を、壊れたおもちゃのように見下した唯が、瑞希を見る。そして、

参加者全員に亮の死亡ログが追加された。その情報をちらりと確認する瑞希。

 直後、微笑する部長の右胸から、弾丸が飛び出てきた。厳密に言えば、それが狙撃と認

識できるまでに、コンマ数秒の時間を経ている。瑞希にはその瞬間、部長の胸から突然血

が噴出したように見えていたからだ。

 唯がやられた位置と、弾丸が着弾した壁から、敵の位置を逆算し、背負うM16を構え

る。

 建物内の最長射程は四十メートル強。もしも敵が同じ建物の中に居るのならば、完全に

瑞希の射程内だ。

 転がるように身体を露出させ、目に映ったスナイパーに照準を合わせトリガーを引く。

それらの動作が全て一体となり、転がった瞬間、瑞希のM16からは致命弾が飛び出して

いた。その上、菜々の狙撃銃よりも更に軽量で鋭利な弾丸は、全弾種の中で最速。近距離

で避ける事など不可能だった。

「…………え?」

 あっという間に鹿野へ迫り、命中したかと思われた一発目の弾丸は、鹿野の胸に当たっ

た瞬間動きを止めていた。

 瑞希のヘッドアップディスプレイには、旗を奪取された事による、自軍の敗北が表示さ

れている。

 新生女子FPS部の初戦は黒星により幕を閉じた。

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