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チャプター 12:初陣

「それでは、プランをおさらいしましょうか」

 ただでさえ青白い唯の肌だが、ブリーフィングルームの光に照らされ、病的なまでに真

っ白になっていた。そして、彼女が身に着けるタイトなスーツもまた、雪のように白い。

 既に全員アバターに入っており、試合開始を待つ時間へ入っている。男子FPS部との

戦いの舞台は、雪の舞い散る軍用倉庫だった。フィールドに合わせ、各々が雪原用迷彩を

身につけている。菜々と言えば、純白の狙撃用スーツを纏い、背負うワルサーも同じ色だ。

「先ずは、後衛兼拠点防衛を行う菜々さんが高所へ移動し、戦場を見渡す。私達前衛はそ

こから得られた情報を元に、敵の拠点を予測して立ち回る。これだけよ」

 簡潔な説明に、部員達は口を開かず頷いた。

「良く言えば柔軟、悪く言えば無計画だけれど、今の段階では皆の地力に頼らざるを得ま

せん。特に菜々さん」

 相変わらず、ふてぶてしい態度で腕を組む菜々が、呼びかけた唯へ目を向けた。

「貴女の責任は重大よ。敵のオフェンス、特に、バックアタックを得意とする隠密型の兵

士ね。これらを排撃しつつ、戦場の状況報告。更に、敵のスナイパーの牽制までやっても

らうわ」

 唯の要求に対して、菜々は馬鹿にしたような笑みをつくり、鼻から短く息を吐いた。

「あたしは何でもいい。いつもやってる事と変わらないからな。それよりも、前衛の連中

にしっかり仕事をして貰わないと……いや」

 言いかけ、既に準備を完了している瑞希を見た。

「そんな心配は必要ない、かな。瑞希」

 菜々を真っ直ぐ見上げ、大きく頷いて見せた瑞希は、つぶらな瞳の中に強い光を宿して

いた。それは、彼女が戦いの場で見せる本気の印。そして、スイッチが入ってしまった相

棒は、菜々の知る限り最高の前衛だった。

 菜々と瑞希のやり取りを見ていた唯は微笑を浮かべる。そして、室内に立つ全ての部員

を見渡した。

「さて。皆準備はいいわね?」

 声を出して返答する香織と魅鈴、無言で頷く瑞希。菜々は手を上げて応えた。

「それでは、行きましょうか」

 部長の静かな宣言に、部員達は次々にテレポーターへ消えていった。自分以外の全員が

消え、菜々一人残された部屋で、手元のワルサーをそっと撫でる。

「頼むぜ、相棒」

 前を向いた菜々は、大股でテレポーターへ踏み込んだ。



 青白い光の先は、青みの消えた雪景色だった。空は曇天で、防寒用のブーツがザクリと

音を立て、僅かに雪へ沈み込む。

 青いサークルが開始位置の地面に描かれており、試合開始まではこのサークルの外へ出

る事ができない。五人を前に、一人だけ振り向いた部長が、改めて全員を眺めた。

「それじゃ……行くわよ!」

 菜々達はカウントが零になると同時に、サークルの外へ飛び出していった。部長を始め

とした前衛チームは、マップ中央よりもやや開始位置に近い小山へと集まり、敵に見えな

いよう待機する。そして、部長達が移動している間、菜々も目的の高台へと向かっていた。

梯子をよじ登り、建物の屋上に顔を出し、煙突の横へ身を隠した。梯子を離れる際に、地

雷の設置も忘れない。そして、白い吐息で敵に発見されないよう、口元へ布を当てながら

荒い呼吸を整える。外気温は氷点下で、グローブに包まれている菜々の指へ、容赦なく冷

気が凍み込んでいった。

 息が整ってきた頃に、背負うワルサーを構え二脚を展開する菜々。対人用の狙撃銃とは

いえ重量は約八キログラムで、男の兵士ですら構えて撃つことは困難な代物だ。

 コンクリートの壁から半身とワルサーをゆっくり露出させ、しゃがんだ状態で狙撃準備

を完了した菜々は、左耳のインカムへ手を伸ばした。

「こちら菜々。所定の位置についた。いつでもいいぞ」

『了解。予定通り、ルートの選定はそちらに任せるわ。今、誰か敵は見えてる?」

 会話を続ける間も、菜々の両目は索敵を怠ってはいなかった。広がる雪景色を細かく見

渡しながら、左手で耳のインカムへ触れる。

「いいや、今の所は誰も見えない。敵の布陣がわからない以上、侵攻ルートの選定は未だ

できないな。こちらが敵のポジションを確認次第、直ぐに報告を行う。暫く待機していて

れ」

『了解』

 唯からの通信を切り、更に集中して索敵に当たる菜々。定番の位置から、建物の窓一つ

一つに至るまで、入念に調べて行く。しかし、開始から数分が経っても、敵は全く発見で

きない。人影どころか、足跡すら見当たらず、開始地点から全く動いていないのではない

かと疑う程だ。

 概ね、敵の狙撃手が潜んでいるであろう位置を確認した菜々は、もう一度最初から調べ

直す事にした。常に動いている試合の中で、居なかった場所に敵が現れる事は多々ある為

だ。

 ふと、敵の拠点に近い建物の、三階に並ぶ窓に人影を発見する。真っ白なギリースーツ

を身につけ、同じように白く長い火器を持った人間が、窓の隙間から慎重に辺りを伺って

いた。

「ふふ……いただきだ」

 最初の犠牲者になるであろう男へと照準器を向け、笑みと共に引き金に指をかけた、そ

の瞬間。

 ゲームが動き始めた。

 菜々が狙いをつけていた男が、菜々を発見し、素早くライフルを向けてきた。通常なら

ば、既に狙いをつけ、トリガーを引き絞るのみの菜々が圧倒的に有利な状態だが、彼女の

勘は回避を選択する。

 スコープから目を離す瞬間、敵の狙撃銃が光を放った。直後、空気を切り裂く甲高い音

と共に、弾丸が飛来する。素早く身をよじり、コンクリートの壁に滑り込む菜々。

「ぐあ…………ああ……ああ!」

 しかし回避が間に合わず、右頬を掠めた弾丸は菜々の右耳を吹き飛ばし、飛び散った肉

片が雪の上に散らされる。フードを貫通した弾丸は、勢いを失う事なく後方の建物へ着弾

した。

「ふう…………ふう……」

 辛うじて回避することに成功した菜々だが、耳を失った激痛に必死に耐えていた。涙を

堪え、未だ回復が始まらない右側頭部を手で押さえる。そして左手は、左耳のインカムへ

向かった。

「はあ……はあ……部長、スナイパーだ。くっ……南東の倉庫三階、一番奥の窓に居る…

…」

『何とか生きているようね。流石だわ。他の兵士は見えた?』

 ようやく右耳の修復が始まり、痛みも徐々に消えてきた菜々が、再度インカムへ触れる。

「いや…………他には誰も見えなかった。狙撃手一人だけ、だ……」

『そう。そこから、敵の狙撃手を倒せるかしら?』

 部長からの問いかけに、菜々は自分の唇を噛んだ。自分より早く、正確に照準し狙撃し

てきた敵のスナイパー。彼女はそれだけの相対で、自分より数段腕の良い狙撃手だとわか

ってしまった。菜々には痛みよりも何よりも、技術で負けている事に対する屈辱が遥かに

大きかった。

 しかし、事実である。それを伝えるのが菜々の仕事だ。

「すまん。敵はあたしより上だ。少なくとも、ここからでは勝てない」

『そう……わかったわ。他の狙撃ポイントは用意しているのかしら?』

 敗北した菜々だが、一度の勝負で負けを認める程、大人しい女ではない。

「勿論だとも。第二のポイントへ向かう。すまないが、もう少しそこで――」

 言いかけ、咄嗟にインカムの通信ボタンを押し、一方的に会話を終了する菜々。完全に

回復した彼女の右耳が、近くの物音を聞いていたからだ。解けかけていた緊張が再度高ま

る。一度ワルサーを担ぎ直し、敵の狙撃手に視認されないよう慎重に姿勢を変えると、腰

のホルスターに収められているハンドガンを静かに抜いた。

 衣擦れの音も出さないよう、慎重に地上を見下ろす菜々。彼女の居る建物の屋上へアク

セスできる梯子には対人地雷が設置されている。何者かが梯子を上って来ても、一人まで

は迎撃が可能だ。

 しかし、敵の代わりに屋上へやって来たのは、細長い手榴弾だった。それが菜々の前方

に落ちると同時に、激しい音と閃光を発し、菜々の視覚と聴覚を奪う。設置されていた地

雷も、爆発のショックでセンサーが誤動作し、誰も居ない空間へベアリングの玉をばら撒

いた。

 自分の位置がバレている。目と耳が回復するまでの間に、敵が侵入してくる筈だ。菜々

は、一秒でも時間を稼ぐ為、屋上の端へ向かって歩き、建物から落下した。

「ぐっ…………う、うう……」

 落下地点が比較的柔らかい雪上とは言え、仰向けの状態で受身も取れないまま落ちた菜

々は、胸を強く打ち呼吸もままならない状態。しかし、苦しいと言っている場合ではなか

った。当然、音を聞きつけた敵が近づいてくる筈だ。ようやくぼんやりと回復してきた視

界の中で、建物の縁にハンドガンを構える。菜々の落下した地点は、ちょうど梯子の反対

側だった。敵が時計回りでやってくるのか、反時計回りに向かってくるのかは予想できな

い。単純に、僅かに近いと言う理由だけで、菜々は時計回りに向かってくる方へ銃を向け

ていた。

 縁から僅かに露出した消音器を見た瞬間、素早く反時計回りに飛び、見えた敵へ向かっ

てトリガーを引く。一瞬遅れ敵の短機関銃も火を噴き、菜々の身体を掠めて行くが、弾丸

が命中する事はなかった。全身白の軍服に、白い目出し帽をかぶった細身の男が、雪の上

に音を立てて崩れ落ちる。

「へっ……いらっしゃい」

 辛うじて敵の兵士を撃退した菜々が、再度インカムへ手をかけた。

「敵の隠密が居たが、何とか撃退できた。直ぐに次のポイントへ向かう」

『了解。こちらもなるべく辺りを警戒しておくわ。準備ができたら報告して頂戴』

「了解」

 無線を切るや否や、ハンドガンを構えたまま、慎重に移動を開始する菜々。既に敵がこ

ちらの拠点近くまで侵入してきていた。菜々が狙撃手にやられている一瞬の隙をついて死

角から回り込んできたと考えると、もはや何人の敵が潜んでいてもおかしくはない。手に

収まるような火器では心許ないが、彼女には頼れる装備が他になかった。

「…………ふう」

 安堵のため息を一つ。

 幸い、無事に目標の地点まで到着した菜々は、褐色のコンテナへ上り、積もる雪へ静か

に伏せる。そして、上に背負う狙撃銃をもう一度展開し始めた。用意していた第二の狙撃

ポイントは、先ほどの建物より敵の拠点に近かった。弾丸の飛ぶ音から大口径のスナイパ

ーライフルだと考え、更に弾速も速い事を考慮すると、敵の装備している狙撃銃は一つし

か思い当たらない。チェイタック、M200。対人に特化した超大口径の狙撃銃で、弾速

が速い上に威力が高く、また精度も飛びぬけて高い。まさに、狙撃手を狩る為に生み出さ

れたモンスターライフルだ。しかし、その代償として連射が利かず、一度弾丸を発射する

と再装填に時間がかかるボルトアクション。かなりの重量がある事もデメリットではある

が、先に見た敵の照準速度を思い出し、菜々の脳裏に不安がよぎる。しかし、遠距離にな

ればなるほど敵の狙撃銃に有利な条件が揃い、弾丸の軽い菜々のワルサーでは弾の直進す

る距離も短い。接近したくない相手でも、薄い勝機に賭けるしかなかった。

 改めてスコープを覗き直し、戦場を見渡す菜々。狙った位置取りではなかったが、敵の

狙撃手からは死角になっており、彼女を狙い撃つには大幅な移動が必要だった。時間に猶

予がある事で冷静さを取り戻し、雪上に足跡を発見する。

「部長。敵は反時計回りにこっちへ向かってる。数は二、三人。恐らくさっきの奴は囮と

斥候を兼ねていたんだろう。同じように反時計回りで進めばリスクが少ない」

『そうね、こちらも直ぐに攻め込むわ。五分……いえ、三分間だけ、敵のポイントマンを

抑えられる?』

 落ち着きを取り戻した菜々は、部長の問いかけを鼻で笑った。

「フン……そいつは、誰に向かって言ってるんだ?」

『そうだったわね。それでは任せるわ、菜々さん。何かあったら報告を』

「了解」

 左手で僅かにボタンへ触れ、通信を切る。そして、足跡の向かっていった方向へワルサ

ーを向けた。

 拠点の目印である自軍の旗は、見通しの良い場所に立っている。地面から引き抜かれた

チームが敗北するルールだが、菜々の構えている地点からは赤い旗がはっきりと確認でき

た。そして、敵からは遠く、菜々からは丁度良い絶妙な距離。

 かと言って、それ以外の可能性も想定していない訳ではない。敵の狙撃手が再度攻撃し

て来た場合、菜々には避ける自信がなかった。もしも自分の位置を予測されていれば、更

に有利なポジションを取られるであろう事は容易に想像できる。勝つ為には、相手に発見

されるよりもワンテンポ早く弾丸を撃ち込む必要があった。

 その為には、細かな索敵が必要不可欠である。特に、スナイパーが好む位置を徹底的に

警戒した。遠距離から、素早く、綿密に。

 だが、相変わらず敵の姿は確認できない。もう一度遠方の林を調べようとした菜々の目

の端に、人影が映る。

 人影は、戦場の中央に建てられた二階建ての倉庫にあった。白いギリースーツを身に着

けた、一度狙撃してきた敵のシューター。そして、そこは菜々から百メートルも離れてい

なかった。

「な。馬鹿な!」

 距離を置く所か、逆に接近してきた敵の狙撃手。敵は、僅かな補正のみで撃ち返せる位

置に立っていた為、すぐさま照準器を動かし、狙いを定める。

「あ…………」

 近かった事もあり、敵の狙撃手の顔まで、菜々にはっきりと見えた。冷たくこちらを狙

う、金色の瞳。菜々が驚いた一瞬の隙に、敵の狙撃銃が火を噴いた。

「ぐう…………?!」

 勝負は一瞬で決した。タイミングも、距離も、避けられる望みもない。飛来した弾丸は、

菜々の左胸へ触れると、皮膚と、シミュレートされたあらゆる臓器を突き破り、後方の樹

木へと着弾した。気道へ流れ込んで来た熱い血に息苦しさ覚えながら、伏せたまま、菜々

の意識は消えて行った。

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