表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

決戦の日

「さて、いくとするか」


 E値発見の翌日──夕刻。


 直樹は、改良し終わったばかりの革手袋を背広のポケットに押し込んだ。


 改良したのはもちろん孝輔で。


 おかげで、昨日もまともに寝ていない。


 そのせいか、頭がぼーっとする。


 幸いなのは、今日はもう室内測定器を持っていかないため、運転を兄に任せられるところだろうか。


 事務所が入っているビルの地下駐車場につくと、サヤは迷いなく後部座席のドアに向かう。


「サヤちゃんは助手席にどうぞ~」


 茶髪メガネが、猫なで声で前を勧めた。


 気色悪いにもほどがある。


「いいえ、私はこちらで…」


 後部座席のドアを開けようとする彼女を止めて、孝輔は前に押しやった。


「え?」


「後ろ空けてくれ」


 あくびをかみ殺しながら、彼はさっさとドアを開けた。


「つくまで寝る」


 そのまま乗り込んでドアを閉めるや──ごろん。


 自分のアコードワゴンなら座席を片付けてしまって、広いベッドにできただろう。


 セルシオではそうはいかないが、寝心地はまあまあだ。


「大丈夫ですか?」


 助手席に乗り込んだサヤが、こっちを振り返る。


「だいじょー…」


 言いかけたのはそこまで。


 自分でも信じられないほど早く、睡魔は孝輔を連れ去った。



 ※



「おい、起きろ」


 いやな匂いが鼻をつく。


 はっと目を開けると、すぐ近くに黒い何かが存在していた。


「○×△!!」


 それをなぎ倒すように起き上がる。


「てめ!」


 振り返りながら罵倒の声を吐きかけた。


 孝輔を起こすために、兄は黒い靴下の足を鼻面に突きつけていたのだ。


「うおっ」


 足を薙がれて態勢を崩しつつも、直樹はケンケンしながら靴下の足を守った。


 そして足元に置いてある革靴に、再びきっちりと収めなおす。


「おはよう愚弟……仕事だ」


 文句の大洪水が起きそうな孝輔を抑えるように、兄は先手を取った。


 見るとそこはもう、依頼主の屋敷。


 日は暮れ、無駄にライトアップされて綺麗なものだ。


 サヤもその光景に目を奪われている。


 夜にこの屋敷を訪れるのは初めてだった。


 昼間でも十分仕事は出来るのだが、『夜のほうがそれっぽく見える』、という理由だけで、除霊は必ず夜に行うと決まっていたのである。


 その理由を提案したのが誰かは、言うまでもないだろう。


「了解」


 寝た時間は短いが、自然と頭が仕事モードに切り替わっていく。


 霞が晴れ、やるべきことを思い出す。


 トランクを開けて、仕事道具を取り出す。


 ジェラルミンケース2つだけなので、孝輔一人で持っていくことが出来た。


 先頭を直樹が。

 その少し後を孝輔が。


 そして、サヤが続く。


「ようこそ」


 使用人によって開かれた玄関には、依頼主が待ち受けていた。


 夜だというのに、ガウンは着ていなかった。残念だ。


 そのまま共に、問題の部屋へとたどりつく。


 着物の少女は、やはりそこにいる。


 準備開始だ。


 孝輔が機材をセットアップしている間に、直樹は依頼主とコミュニケーションをとり、手順を説明している。


 サヤは、古い壷の方を見ていた。


 まだ、あれは怒っているのだろうか。


「準備完了」


 孝輔が宣言すると、兄は依頼主に軽く断りを入れて、手袋を装着した。


「始めよう」


 直樹は、その手を古い壷に近づける。


「『削除』モードスタート、S値、中和始めます」


 測定モードはインプット機能だ。


 その空間の数値を取り込むための仕様になっている。


 しかし、削除モードはアウトプット機能。


 それ以外の空間と同じ値に戻すため、S値のマイナスを注入していくのだ。


 プラスマイナスが0になった時──霊の削除は完了する。


 手袋からマイナス値があふれていく。


 値の変動を見て、0ポイントになっていく流れを、全て孝輔が担当する。


 兄はああして、パフォーマンスを見せるだけだ。


 本来なら、手袋をその壷のところにおいておけば、同じ仕事は完了できる。


 これは、一人でも出来ることなのだ。


 仕事内容だけなら、地味なものである。


 しかし、直樹はパフォーマンスを行うことを譲らなかった。


 その方が、より直樹が活躍しているように見せられるからだ。


 かなりの不純な動機が含まれているにせよ、確かにそのパフォーマンスは、大きな功績をあげていた。


 彼が、『ゴーストバスター・ナオキ』なんて名前を背負っているのも、パフォーマンスのおかげである。


 さて。


 そろそろ、マイナス値が効き始める頃だ。


 パフォーマンスに興味のない孝輔は、ディスプレイと現実の視界を何度も何度も見比べた。


 着物の少女が、ゆがむ。


 S値をいじられ、R値を維持するのが難しくなってきたのだ。


 いつもどおり。


 まったく。


 問題などなく。


「ま、待ってください!」


 そう。


 突然、サヤが悲鳴みたいな声をあげるまでは、問題など何もなかった。


 室内にいるもの全てが、彼女を見る。


 彼女は、自分を抱きしめるように震えていた。


「やめて…お願いです。そんな消し方をしないで」


 脅える声。


 あ。


 孝輔はすっかり忘れていた。


『削除』を見せるのは、今日が初めてだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ