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7/12

午後12時のシンデレラ

「孝輔さんは、どういう時に怒ります?」


 八方手詰まりで唸り疲れた頃、サヤがぽつりとそう切り出してきた。


 本日のテーマは『怒り』。


 いや、ここ数日のテーマがずっとそれだった。


 怒りの数値を探すこと──いまのところ、作業は暗礁に乗り上げていたのだが。


 どういう時に怒るって。


 改めて聞かれると、意外に即答できない。


 孝輔が怒るとき。


 そうだな。


「『理不尽』な時…」


 何しろ、すぐ側にいつも理不尽の塊がいるのだ。


 怒らず心穏やかでいられた試しが少ない。


「あの古い壷が、理不尽に感じていることは何なのでしょう」


 サヤなりに、協力してくれているのだろうか。すっかり考え込んでいる。


 しかし、それがいまのところ、孝輔の仕事の足しになるとは思えなかった。


 霊の心情や背景の話だったからだ。


 彼らは、そういうものを意識して仕事をしていない。


 怒りそのものは得意分野であっても、霊の気持ちなど分かるはずもなかった。


「さあね、新しい壷が来たから、お局様みてぇに新人いじめでもしてんじゃねえの?」


 だから、適当に答えた。


 縁眼鏡で髪をひっつめた典型的なオールドミスの姿が、孝輔の脳裏をよぎる。


 姑みたいにうるさい、ネチネチしたアレだ。


 貧相な想像力だったが、つい自分でも笑ってしまった。


 が。


「え?」


 サヤが、驚いて動きを止める。


 彼の答えが、意外でしょうがないみたいに。


「新人いじめ?」


 サヤに復唱されるその部分に、孝輔はどきっとした。


 現実の話でいけば、サヤ自身が新人にあたる。そして古株は孝輔だ。


 もしや彼女は、孝輔がいじめるとでも思っているのだろうか。


「あ、いや、別に新人だからって…オレは…」


 だから、何とも間抜けな言い訳を始めてしまった。


 第一、いじめているつもりはない。


 確かに、最初は疑いを持ちはしたが、フタを開けてみたら彼女はれっきとした霊能力者だったのだ。


「そう、なのね」


 孝輔の言い訳など、彼女の耳には届いてなかった。


 呆然としたサヤの黒い瞳が、壷の方を向く。


「へ?」


 意味が把握できないまま、孝輔は彼女が壷に近づいていくのを見た。


 S値のない、新人の壷。


「……試してみますね」


 一度彼の方を振り返って、にこりと笑う。


 何を試すというのか。


 孝輔は、まったく空気が読めていなかった。


 そして。


 彼女は。


 壷を撫でながら。


 こう言った。


「お前が 一番 美しいね」


 ──部屋のどこかで、S値が大きく乱れた。


 着物の少女の存在が、ブレる。


 一瞬かき消えそうになったが、再び現れる。


 そしてまたかき消えそうになる。


 古い壷のS値が、跳ね上がった。


 部屋の中の空気が、唸りさえしたように思える。


「そう、なのね」


 端末の数値の動きに釘付けになっている孝輔をよそに、サヤは古い壷の方を振り向いた。


 サヤは、その荒れる空間に近づいて。


 壷をかき抱くように腕を回した。


「大丈夫 本当は お前が 一番 美しい」


 刹那、部屋の唸りも、S値の変動も、全て何もなかったかのように元に戻った。


 一体。


 一体、サヤは何をやらかしたのか。


 壷に回した腕を解き、同情深げにそれに視線を送る彼女。


 そして、ゆっくりと孝輔の方へと戻ってくる。


「孝輔さんのおっしゃるとおりでした」


 にこり、はなかった。


 どちらかというと、悲しげだ。


 壷の気持ちとやらに同調でもしたのだろうか。


「あの古い壷は、新しい壷に…『嫉妬』しているのでしょう」


 ああ。


 何となく理解した。


 あの古い壷が、どれほど依頼主に愛されていたのかは知らない。


 しかし、そこへ新しい壷がやってきた。九十九神もいないような、新人の壷。


 だが、その新しい壷は主人に愛され、古い壷には見向きもされなくなった。


 だから──妬んだ。


 あの着物の少女は、妬みの象徴。


 それを新人の壷の方に映し出すことで、依頼主はいやがってその壷に近づかなくなる。


 もしも追い払うことができなければ、売ってしまう可能性もあるだろう。


 そうすれば。


 そうすれば、再びあの壷は寵愛を得ることができるのだ。


 サヤは、少女の幻影が出ているにも関わらず、新しい壷をかわいがってしまった。


 そのおかげで、ずっと静かに継続してた怒りが、突然嵐のように荒れ狂ったに違いない。


「大丈夫か?」


 戻ってくるサヤの表情が緩まないことが、孝輔にはひっかかった。


 S値の変動に、何か悪影響でも受けたのだろうか。


 彼女は自分よりもはるかに影響を受けるだろうし。


「はい、大丈夫…ちょっとアテられたみたいです」


 ふぅ、と小さな深呼吸。


「何かお役に立てました?」


 気を取り直すように、サヤは孝輔を見た。


「あ、ああ…おかげで」


 この数値の変動を解析できれば、E値なるものの見つけ出せるかもしれない。


 大きな収穫だ。


「よかった」


 やっと、安堵による素直な嬉しさの笑顔が浮かんだ。


 白い歯が、こぼれる。


 あ。


 いま。


 孝輔の胸に何かがよぎった。


 それを、うまく言葉としてまとめようとした時。


 ピピピピピピ。


 孝輔のかばんの中から、突然巨大な音が響き渡った。


 聞き覚えのあるそれ。


 慌ててバッグを開けると。


 会社にあるはずの置時計が出てくるではないか。そのアラーム音だったのだ。


 針を見ると──ちょうど12時。


 昼飯の時間。


「あんの……」


 彼の脳裏では、茶髪メガネがVサインをしていた。

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