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金持ちは壺がお好き

「そうだ、午後から今度の依頼の下見に行くんだったな、サヤちゃんも一緒に来るかい?」


 弟のこめかみの痙攣に気づかないまま、なめらかに直樹は言葉を続ける。


「いいのですか?」


「もちろんだとも、私のセルシオの助手席を空けておこう、ハハハ」


 向こうで交わされる会話を聞きながら、一体彼女に何の仕事をさせる気なのだろうと、孝輔は怪しく思った。


 普通の霊能力者とは、基本からまったく違う仕事の方式を取っているのだ。


 そんなデジタルなところに、精霊だのアナログばりばりな環境で育ったサヤが馴染めるのか。


 だが、この事務所の商売そのものは、ぼったくりもいいところだから、彼女一人の給料を出すなんて造作もないだろう。


 社員とは名ばかりで、単にサヤを扶養する気か。


 あ、ありえる。


 兄の性格を考えて、孝輔は軽いめまいを覚えた。


 人情的には間違っていないし、経済的にも可能だ。


 だが、心のどこかで『それでいいのかよ!』というツッコミが渦巻いてしまった。


 孝輔は、ケチというわけではない。

 ただ、技術畑の人間のせいか、効率や論理を重んじるところがあった。


 サヤは、そのどちらからも外れているように思える。


 いっそのこと、家政婦として雇えばよかったのだ。


 それならば、彼ももうすこし納得できただろう。


「おい、愚弟」


 巡る意識を、うまく決着づけきれていない孝輔は、兄に呼ばれたことにすぐには反応できなかった。


 はっと顔を上げると、メガネとサヤがこっちを見ている。


「食事が終わったら、機材一式準備しろ。室内測定器まで全部、な」


 ニタリ。


 笑いながら、直樹は弟に大仕事を押し付けた。


 室内測定器なんて大掛かりな機材は、めったに持ち出さない。


 普段は、小型のハンディタイプのものだけだ。


 広範囲から霊のいる場所を探すためのもので、主に、霊能力ゼロ以下ブラザーズの感知できない相手に使われる。


 要するに、よほど反応が小さく見つけにくい場合のみ、室内測定器を持ち出すのだ。


 これが、何しろ重い。本体だけで30キロだ。


 しかも、多少かさばるので、兄のセルシオには積めない。


「お前には、立派なアコードワゴンがあるだろ?」


 あー。


 何となく分かった。


 いまいち確証はないのだが、直樹はサヤと二人きりになりたいのか。


 孝輔を追い出すために、でっかい機材を口実に別の車を出させようと。


 色気づいてんのか?


 うさんくさく兄の顔を見るものの、相変わらず読みがたい表情だ。


「へーへー、何でもどうぞ」


 アホらし。


 半ばヤケ気味に、孝輔は耳をかいた。


 仕事、人情、色恋。


 いやーな組み合わせになってきたぜ。


 心なしか、カレーがまずくなった気がした。



 ※



 今回の依頼人は──財閥の総帥にして、陶磁器の収集家でもあった。


 70という年齢のせいか、ひげも髪も真っ白だ。


 絶対夜は、分厚いガウンを着て、ブランデーグラスを揺らしながら、毛足の長そうな外国猫を撫でているに違いない。


 それが、孝輔の第一印象だった。


 先についていた直樹と、玄関先で既に談笑モードだ。


 その側に、サヤが控えている。


 うひー、デケェ。


 絵に描いたような大豪邸だった。


 自慢のアコードワゴンから大仰な機材を降ろそうとすると、すぐさまホテルのボーイみたいな男たちが台車を押して手伝ってくれる。


 この屋敷の使用人だろう。

 おかげで、孝輔は楽ができた。


「それじゃ、さっそく案内しようかの」


 機材の搬入の様子を見た主は、彼らを中へといざなった。


 大きな階段が目の前に広がっている。


 2階に台車をどうやって上げるのかと思えば、裏にエレベーターがあるという。


 孝輔は一人、機材と一緒に裏へと回った。


「幽霊騒ぎってひどいの?」


 業務用エレベータに、二人の使用人と一緒に乗り込んだ彼は、単刀直入に聞いてみた。


 直樹への依頼料は決して安くない。

 この大金持ちが、どういうルートから、兄に仕事を依頼しようと思ったのかは知らないが、普通は何件か断られた末に話を持ち込まれることが多いのだ。


 それほど手に負えない霊なら、ここで働いている人間が知らないはずがない。


 男は二人顔を見合わせた。


 何とも言えない表情だ。


「見た、といいますか…なんというか」


 怪奇現象を、うまく説明できる一般人は少ない。


 怖い思いをした、という事実が大前提にあって、どう怖かったのかなどは、きちんと記憶してないのだ。


 せいぜい、大きい物音がしたとか、白い影が見えたとか。


「行ってご覧になればすぐお分かりいただけると思いますが…その…ずっと、あの部屋にいるんです」


 ずっといる?


 彼らの言葉は、すぐに証明されることとなった。


 機材と共に、『その部屋』にたどりついた孝輔は、兄とサヤの背中を見て足を止めたのだ。


 いや。


 その背中の、もっと向こうにあるもの。


 大きく、きらびやかな壷だった。


 その上に、何か座っている。


 市松人形のような着物の少女だった。


 霊を、こんなにはっきりと見たのは初めてだった。


 兄同様、孝輔にも霊感はない。


 その彼でさえ、普通の人間と変わらないほどに見えるのだ。


 ただ。


 ほんの少しだけ、向こう側が透けているような気がする。


 それが、普通の人間とは違うところ。


「あの壷を買った日から、ああしてずっと座っているんでな」


 買った時はおらんかったのにと、主人は、苦々しく言葉を紡ぐ。


「しかし、ただ座っているだけなら、悪影響もなさそうですね」


 ハハハハハ。


 さすがは、霊感のまったくない兄。


 なんと、ずかずかと着物少女に近づくと、その身体めがけて手を伸ばしたのだ。


 すかっ。


 すかすかすかっ。


 一度ならず、二度三度。直樹は、霊のど真ん中に手を突っ込んでは、その感覚を楽しんでいる。


 おいおいおいおい。


 祟られたりしねーのかよ。


 直樹の行動に思いきり引きながらも、孝輔は台車から機材を下ろし始めた。


 ここまではっきり見えているのなら、仕事としては簡単に終わりそうだ。


 ん?


 しかし。


 一人だけ不自然な存在が、そこにいた。


 サヤ、だ。


 着物少女の方ではなく、あらぬほうを見ている。


 視線を追いかけてみたが、そこには他の陶磁器が飾ってあるだけだ。


「悪影響があろうがなかろうが、せっかく手に入れた壷に余計な化け物などいらぬ」


 さっさと消してくれ。


 うなるように、依頼人は手で追い払う仕草を見せた。


「分かりました」


 直樹も、そろそろ霊の身体で遊ぶのにも飽きたのだろう。


 背広のポケットから、黒い革手袋を取り出す。


「それでは、本日はいろいろ調査させていただきます」


 直樹が手袋をはめたら、孝輔の出番だった。


 あれは手袋の姿をしているが、本当はハンディセンサーなのだ。


 幽霊がどこにいるかさえはっきりしていれば、そこで直接空間の歪みやひずみを感知することができる。


 もちろん、孝輔が操作する端末とリンクさせなければ、ただのカッコツケ手袋なのだが。


 ハンディ用の小型端末のスイッチを入れ、無線リンクを確立する。


 おけ、と──視線だけで、兄に準備完了の合図を送った。


「それじゃ、ま」


 ぴっ、ぴっ。


 直樹の手の動きにあわせて、ディスプレイの色が変化していく。


 サヤの理解できない、デジタルな世界。


 手袋の手が、少女の霊をなぞる。


 R値が、高いエリアだ。


 R値とは、霊の出現能力を現す。


 これが高ければ高いほど、たくさんの人が目撃することになる。


 ここまではっきり見えているのだから、R値が高いのは当たり前だろう。


 が。


 気になることがあった。


 S値が、ほとんど感じられないのだ。


 こちらは、霊の存在を維持する力。『思念』とでも言うべきか。


 霊は、何らかの意図があって、そこに残っていることが多い。


 それが強ければ強いほど、霊の存在が強くなる。これは、人に見えようが見えまいが関係のない強さだ。


 S値の強い霊が、一般的に厄介な霊と言われている。


 だが、R値が高くS値が低い霊など、いままで孝輔は見たことがなかった。逆なら山ほど見てきたが。


 削除するのは簡単だ。


 S値を中和して、基の数値に戻すだけなのである。


 それが、兄が考え弟が形にした『01理論』だった。


 S値が消えれば、自然とR値は消える。


 心がなければ、霊は姿を残せないのだから。


「どうかね?」


 主の呼びかけに、直樹は振り返った。


 メガネがキラーンと光る。


「大丈夫……余裕ですよ」


 直樹は、堂々とそう宣言する。


 何もかも、いまの一瞬で理解できたといわんばかりに。


 絶対わかってねぇだろ、お前。


 解析結果を出すのは、孝輔だ。それをみなければ、兄に理解できるはずがない。


 彼は、手袋の手を振り回すだけなのだから。


「もう少し調べたいことがありますので、お時間をいただけますか?」


 この流れが、常套手段だった。


 まずはったりをかまし、依頼主を安心させる。


 そのあとで、分析結果を話し合い、削除方法を検討するのだった。


 分析結果は、あたかも最初から直樹が知っているかのように振舞われることとなる。


「分かった。それでは、使用人を一人つけておくから、必要があれば使ってくれ」


 兄のパフォーマンス力を、またしても見る羽目となった。


 依頼主は、すっかりヤツの言葉を信じてしまったらしい。


 ゴーストバスター・ナオキの評判は、きっと調査済みなのだろう。


 パタン。


 使用人を一人だけ残し、主は出て行った。


 猫でも撫でにいくのだろうか。


「さて、と」


 すたすたと近づいてくる直樹は、彼の扱う端末を覗き込んだ。


「感想は?」


 手袋を外しながら、目を細める兄。


「普通じゃない」


 孝輔は、素直に感想を答えた。


 消せないという意味ではない。あくまでも、センサーで見た感覚を言葉にしただけだ。


 こんな霊、見たことがない。


「ふむ」


 端末操作はほとんどしないが、この理論を発案したのは兄だ。


 R値だのS値だのの意味は、誰よりも分かっている。


「なるほど、用心にこしたことはないな……秘密兵器を出すとするか」


 兄は、そうして端末から視線を外した。


 秘密兵器? ああ、室内測定器か。


 まさか、本当に使うはめになるとは思わなかった。


 単なる偶然なのか、はたまたこれが直樹の霊感というものなのか。


 とりあえず準備をしようと、孝輔は台車の方に手を伸ばしかけた。


 が。


 兄の口から、出たのは。


「サヤちゃん、ちょっといいかな」


 30キロの金属より──兄は、女を取った。



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