突然の誘い
入学式が終わって二日経った日曜日。この日僕の両親は、凛の両親といっしょに、隣の県であるJリーグの試合を観戦しに行った。昔から贔屓にしているチームの試合だ。
僕も誘われたが、学校の準備で忙しいと言って、僕は家に残ることにした。だから家には誰もおらず、僕は自由な時間を堪能することになった。
夕食を終え、テレビを見て数時間過ごしていると、小腹が空いてきた。夕食の残りはまだ残っていたけど、無性に肉まんを食べたくなった僕は、最寄りのコンビニに、肉まんを買いに行くことにした。
肉まんといっしょに、缶コーヒー(微糖)を買って店を出て、家に向かう途中にある公園を通りすぎようとしたとき、公園内に人の気配がした。
こんな夜中に誰だろう……。僕は立ち止まり、公園の中をのぞいてみた。
「……四十一、四十二、四十三……!」
何かをカウントする声が聞こえてくる。それがなんであるかわかった僕は、一瞬思考を止めてしまった。
公園の右端にあるブランコ。そのブランコの鎖を支える鉄棒の上に、両手で誰かがしがみついていた。
「……四十六……四十七……!」
その「誰か」は、しがみついた両手をリズムよく、肘を曲げて上下に動かし続けている……つまりは懸垂だ。
街灯に照らされ、その「誰か」の顔がはっきりと見えてきた。……最近になって知った、今後の僕の人生においても、中々忘れられそうにないほど印象に残った男であった。
「四十九……ご、五十……!」
その言葉とともに、両腕を曲げた彼は、どっと力を抜いて、両手を離した。
すたっときれいに両足から着地して、そのまま彼は、地面に尻もちをついた。
「ぜえ……ぜえ……!」
息を切らし、苦しそうだった彼だが、表情は満足したという顔だった。……なぜか、僕は公園に入っていた。
「はあ……はあ……。……ん、おお! アキじゃねえか!」
僕の顔を見て、嬉しそうな声を上げた彼は、軽やかに立ち上がった。
「こ、こんばんは……。あの……なにしてたの?」
「ん? ああ、ゴク……まあゴク……最近体がなまってたから……よ……」
「――って、なにごく自然に僕の缶コーヒー飲んでるの!?」
城島くんは僕の肩をポンと叩きながら、まったく無駄のないナチュラルな動きで、ビニル袋から缶コーヒーを取り出し、飲み始めていた。
「……ん? オオ、イツノマニ!」
「いや、そんな棒読みで驚かれてもさ……!」
すでに半分以上は飲んだであろう彼から、「返して」ともいえず、僕はあきらめて、彼が缶コーヒーを飲み終えるのを待った。
「ぷはあ! 美味かった! やっぱ体動かした後は、水分補給しないとな!」
空となった缶を、城島くんは十メートルばかり離れたゴミ箱に投げ捨てた。見事、入った。
「いやあ、ありがとなアキ! お前は良い奴だな!」
「ははは……それはどうも……」
何だか怒る気力もなくなってきた。城島くんはベンチにドサッと腰を落とした。
「まあ座れよ、一昨日はちゃんと話せなかったこともあるだろ?」
「いや……僕は……」
彼に嫌悪感を抱いているというわけじゃないが、今は早く帰りたかった。
「いいからいいから!」
だが強引に、彼は僕の手を掴んで座らせた。……まあ、いいか。僕はあきらめ、彼と会話をすることにした。
「お、それ肉まん?」
冷めない内にもう食べようと、袋から肉まんを取り出した。それを彼は、うらめしそうに見ていた。
「……ああ、もうほら!」
僕は真ん中で肉まんを半分に割って、片方を彼に渡した。
「うおっ! いいのかよアキ!?」
「そんな顔を間近まで近づけといて何を言っているんだよ。ほら、冷めないうちにさっさと食べる!」
母親が子供を促すかのごとく僕は龍児くんに命じる。龍児くんは少し驚きながらも、肉まんを食らっていく。
「ああ美味かった! ごっそさん!」
行儀正しく手を合わせ、幸せそうな顔になる龍児くん。すると龍児くん、急に僕の方に顔を向けてきた。
「なあアキ」
「なに? おかわりはないよ」
僕は手に持った肉まんを龍児くんから守るようにする。だけど、それは無駄な心配だった。
「俺とサッカー、やらねえか?」
――突然の、何の前触れもない誘いだった。