死にたがりな少年と人間を知りたい魔物
夜の森を一人の少年が歩いていた。少年はボロボロの服を着ており、首には首輪が付けられている。少年は奴隷だったのだ。
主人のもとから逃げ出した先は魔物が住処としている森だった。森に入れば無理に探しに来ることもないだろうと思い、少年は森に入っていった。
「……魔物さん、魔物さん、出てきてくださいな」
少年は語りかけるように声を出す。少年の目に光はなく、それでも口は笑っていた。
「……魔物さん、魔物さん、ご飯ですよ?」
もう一度優しい声で、それは母親が子供に言うように声を出した。
笑いながら少年は続けた。
歩きながらも声を絶やさなかった。しばらく歩くと翼を生やした獅子のような魔物が姿を現した。
「止まるが良い人の子よ、これより先は我ら魔物の領域だ。人間は入ってきてはならぬ」
魔物は少年に声をかけた。
「止まったらどうなりますか?」
少年は疑問を口にする
「何もせぬよ」
魔物の言葉に少年は残念そうな顔をした
「じゃあ、止まらなかったら?」
「命はないと思え」
魔物の言葉に少年は一転、嬉しそうな顔をした
「だったら止まらず進みましょう」
魔物は少年の言葉に首を傾げた。死ぬと言われてなぜ進むのだろうこの人間は。……今度は魔物が疑問を口にする
「死にたいのか」
「はい、そうです」
少年は笑顔で答えた。
「人間とはおかしな生き物だ」
「はい、ちなみにすっごく悪い奴らなんですよ?」
少年は笑顔のまま答える。
「お前も人間だ」
「やです」
「……」
魔物は考える。人間が嫌という子供、己も人間だというのが嫌という子供に魔物は興味を覚えた
「命がいらんと言ったな」
「食べてくれるの?」
「そうだな、お前が私の言うとおりにするなら食べてやろう」
その言葉に少年の顔が不機嫌そうになった
「命令は嫌」
「だったら食べてやらぬぞ」
「いいもん、他の魔物さんに食べてもらうから」
本当に変わった人間の子供だと魔物は思った。人間といえば自分たち魔物に出逢えば怯え、逃げ惑う。場合によっては立ち向かってくる時もあるが、その様を見るのが魔物は好きだった。
少年は魔物が見たことがない人間だったのだ。だからこそ魔物は少年に興味を持ったのだ。
「まあ、そういうな。……約束しよう、お前を食べると」
「本当に?」
「約束だ」
「……破らないでね」
魔物は少年を自分の住処まで連れて帰った。自分の住処に人間を連れてくるなど初めてのことだった。少年は初めてみた魔物の住処に少し興味を持っていた。
「変なところ、何もないね。 家じゃないみたい」
「失礼な奴だな」
「だって何もないんだもの」
確かに何もないところだ。しかし魔物にとってみれば食料以外で必要なものなどなかった。ただ寝る場所というのが魔物にとっての住処だった。
「人間のように物など我らは持たぬ」
「そうなんだ、けど何もないのにここは人間が居たところより好き」
「そうか」
魔物は住処に隠してある食料を掘り起こし食べ初めた
「そんなのより僕を食べてよ」
「我にとってはこちらの方が良い。 それに我はお前のことを知りたいのだ」
「僕のこと、知りたいの?」
「ああ、知りたいな」
「教えたら食べてくれる?」
「どうかな」
魔物は笑って言った。少年は少しむすっとしながら魔物の言葉を待った。
「お前はなぜ死にたい?」
「生きてるの嫌になったから」
「なぜだ」
「ひどいことばっかりされるから」
「ひどいことされなかったら生きていたいのか?」
「わかんない、ひどいことしかされたことないよ」
「そうか」
魔物は考えた。全てを放棄した人間というのは恐怖という感情がなくなるのではないかと。生きていたいから脅威に怯える。逃げ惑う。なら生きていたいと思わなかったら脅威に怯える必要がなくなるのではないかと考えていた
「そうか、なら優しくしてやろう」
「え?」
「優しくしたらまた恐怖の感情は戻ってくるのか?」
「優しくされたことないよ」
「そうか、なら試してみよう」
魔物の考えた結果は簡単なものだった。ひどいことされたから生きていたいと思わないなら。逆のことをすれば、生きていたいと思うかもしれない。そしたら感情が戻ってくるのではないか。
「よし、優しくしてやろう。……優しく、とはどうすればいい?」
「だからわかんないってば」
「面倒だな。……とりあえず食料を分けてやろう」
「……食べたくない」
「なに? 食べたくないだと? とてもおいしいのだぞ」
「……だってこんなの食べられない」
魔物が食べているのは獣の生肉だ。人間が食べようものなら病気になってしまうだろう
「そうか、ならば焼いてやろう」
魔物はすぐに火を吹き生肉を焼いた
「さあ、これなら食べられるだろう」
「……うん、ありがとう」
「うまいか?」
「味しない」
「……まったく贅沢な」
「けど……」
「む?」
「……おいしい、と思う」
「そうか」
少し、優しさを知った少年と、優しくできた魔物であった。