第9話 夢幻光源
復習として言っておきます。【夢幻光源】です。
「……二日連続となりますが、今日も転校生がいます」
翌日の朝、若干、嫌そうな表情を浮かべながら挨拶をする音夢先生の姿があった。
二日連続で同じ高校からの転校生なんだ。
そしてその気難しい学校の生徒が、自分の担当のクラスに来るのだ。
無駄な仕事が増えると思って、彼女はそんな表情を浮かべているのだろう。
(ましてや、転校してくる前の学校が紅帝学園となると、ね)
魔法関係でトップ独走な紅帝学園からの転校生だ。
学校行事においてウチのクラスがチートすぎて、他所のクラスとの差が変わりすぎているとか、様々なバランスを考えなければいけないのだろう。
「……おいおい、二日連続で転校生かよ」
「しかも噂では、また紅帝学園かららしいよ」
すでに噂は出回っていたのだろう、周りの生徒達は口々にそんなことを言っていた。
転校生の正体を知っている俺らからすると、楽しみ半減だ。
おそらく雪羅もあろうが、俺と同じようにつまらないものを見るかのような表情をしていることだろう。
「はいはい、静かに」
手をパンパンッと叩き、みんなを静かにさせる。
「では、転校生の登場です。入ってきて」
ガラッと扉が開き、どんな人が転校してきたのか期待しているクラスメイト達がいる教室に入ってきたのは、俺達の予想通りの人だった。
「初めまして。火野焔姫って言います。これからよろしくね♪」
初見の人に話しかけているようには、まったく思えない持ち前の明るさで簡潔な自己紹介を済ます。
……この様子を見る限りじゃあ、完全に捨てられたことは吹っ切ってるみたいだな。
◇
「捨てられたー!?」
「ええ、仕事を完遂させることが出来なかったからね。紅帝学園を退学させられたのよ」
いつまでも外で話しているわけにはいかないので、二人を俺の部屋に招待し、今の状況を全て話してもらうことにした。
その結果、火野がこの学校に来ることになった理由も聞くことが出来た。
「……たった一度の失敗なのに」
「その一度の失敗に、とことん拘るのが紅帝なのよ」
「上層部からの命令の失敗。その他にも、逆らったら退学というのもある」
どんだけ自己中心的な上層部なんだよ。
――いや、現実味はあるのかな。
たった一度の失敗が大事故に繋がるということもザラにある話だから。
それを教育するためとはいえ、これはおかしいだろ。
「ああ、たしかにそういうのもあるわね。雪羅も逆らうから退学させられるんだよ」
「……私は、自分の意思で退学したわ」
「えっ、うそ。アタシ達は逆らって退学させられたと思ってたんだけど。アンタは最初から夢幻光源捕縛に反対を示してたし」
目の前で会話する二人を見ていると、昨日まで敵対していた人間同士の会話とは思えないほど穏やかなものであった。二人が話している内容は、酷く冷酷なものだけどな。
「……それにしても、本当に厳しい学校なんだな」
客人でもある二人の分の飲み物を用意しようと、寮に備え付けられている冷蔵庫の所まで向かう。話を振るだけ振って退散というわけにはいかないので、出来る限り急いで飲み物の用意を済ます。
「言い訳なんて聞いてくれない学校だからね。だから私は、今、こうしてこの学校に来ているわけだけど。まぁ、どっちかっていうとこの学校にも興味はあったからいいんだけど」
単純に強い奴がいそうだったから紅帝学園に行ったんだし。という火野の顔には後悔の“こ”の文字すら出ていなかった。
逆に昨日よりも活き活きしているような気すらしてきた。
「それに……」
「んっ、どうした?」
話の途中で見られると、ちょっと驚くじゃねぇかよ。
もしかしてオレンジジュースが気に食わないのかな。
「あ、もしかしてオレンジ駄目だったか?」
「い、いや、オレンジは嫌いじゃない……」
ふと火野の様子がおかしいと思い、顔を見てみるとこれでもかというぐらい顔を真っ赤にしていた。
「……お前、顔がかなり真っ赤だぞ。熱でもあるんじゃねぇか?」
トマトのように真っ赤になっていて異常だと思ったので、注いでいた手を止め火野の額に手を当てる。
「へっ…? い、いきなり何を……」
「いや、顔が真っ赤だからさ。熱でもあるんじゃないかと思って」
結果は俺の考えすぎで一安心した。
少し熱かったけども平熱である感じだったので熱ではないだろう。
「……御影様、あなたってあれなんですね」
「あれってなんだよ……」
「いえ、本人が自覚していないんじゃ、相手が大変だなと」
「意味、わかんねぇよ」
すぐにでも倒れるんじゃないかと思えるぐらい顔を赤くさせている火野を尻目に、雪羅と話していた。
「あ、アタシのことはいいからさ、こ、これからのことを考えない!?」
早く話を変えたいのだろうか、焦ったように話を変える火野。
いつもの火野からじゃ察することも出来ないぐらいあたふたとしていた。
「……それが妥当ね。敵の戦力が減ったとはいえ、紅帝学園には大量の生徒と“駒”がいるから」
「駒……?」
上層部が信頼している生徒のことを駒と呼んでいるんだ。と最初は思ったのだが、雪羅の表情を見る限り違うみたいだ。
何かを思い悩むような張り詰めた表情を醸し出していた。
「紅帝学園が独自に研究開発している玩具よ。アタシ達、魔法使いや魔法のことを微塵も知らない普通の人間を迷わず殺すような、ね」
「何だよ、それ……」
それじゃあ、ただの殺人鬼だった――。
人を迷わず無差別に殺せるやつなんていない。
「そう、本物の殺人マシンよ。あいつらは……。上層部の命令一つで無差別に殺人を行うことだって可能なんだから」
「じゃあもし、その力がこんな都会で使われてしまったら……」
「大量虐殺が起きるわね」
そんなの許せるかよ……。
なんでそんな理不尽な命令で人が死なないといけないんだ。
ましてや何の関係も持っていない普通の人が――。
「何とかならないのか? 対処方法とか」
「……ないわ」
神妙な面持ちで質問に答えてくれる雪羅。
だが、応えられたものは最悪な結末を想像することが可能な言葉だった。
「そうでもないよ。あいつらの虐殺計画を止める手段はある……」
「本当か……!?」
「ああ、最初から雪羅は裏切ると踏んで聞かされてないんだけど、アタシはかなり信頼されていたからね。ちょっと聞き出してたよ」
「……悪かったわね」
火野の皮肉を込めた言葉を聞いて、雪羅は不貞腐れる。
「――この計画を成功させるためには二つの条件が必要になる」
「二つの条件……」
「一つ目は、教科書にも載っているあるものを集めること」
「……あるもの?」
教科書にも載っているあるものって何だ?
偶々、近くに置いていた教科書を手に取り、パラパラとめくってみる。
すると、とあるページで完全に腕が止まってしまった。
他にも物珍しいものはあるのだが、本能がこれだと言っているのだ。
「古代の遺跡から発掘される【魔導器】」
「そっ、その通りよ」
「……なっ、そんな曰くつきの代物を使おうってのか」
紅帝学園の悪行に雪羅は、怒りを爆発させる。
普段から物静かで冷静な彼女が、こんなにも怒り狂っている。それがより一層、この話を現実化させる。今までは心の中で、これを現実と思っていなかった俺がいた。だけど、雪羅の怒りっぷりを見て、逆に冷静になり現実感を持つこととなった。
「雪羅が怒るのもわかるわ。……だけど、これが現実なの」
雪羅が怒る理由――そんなの一つしかない。
視点を教科書に移すと、そこには大きな文字でこう示されていた。
“魔導器を使うことなかれ”と。
古代の代物ということから推測するが、おそらく絶対的な力が眠っているのだろう。
そんなものを虐殺兵器に使ったらどうなるかわかりきっている。
「……正直に言って、一つ目より最優先に守らなければいけないのは二つ目の条件よ」
悪魔の代物――魔導器よりも最優先事項。
「二つ目はなんだ……」
「――二人とも、アタシがここに刺客として送られてきた意味を考えたら普通にわかると思うわ」
火野がこの何の変哲もない学校に送られてきた理由。
(ああ、なんだ。……そういうことだったのか)
まるで答えがあるべきところに戻ったかのように、俺の心の中にストンと入っていった。
俺が出した勝手な答えだったのだが、本当の答えのように俺は納得していた。
「まさか……!?」
雪羅も俺と同じ結論に達したのだろう、勢い良く俺のほうを向いた。
「……まったく、ふざけるんじゃないっての」
この能力やそれを持って生まれさせた神様とやらを怨まずにはいられない。
――なんで、そんな宿命を背負って生きていかないと駄目なんだよ。
「どこまで異常なんだよ、この能力は――!!」
そう、すべての原点は俺の持つ夢幻光源だったのだ。