第2話 招かれざる来訪者
「はぁ……、疲れた」
朝の驚愕な出来事から一転、昼休みは暢気なものだった。
昼休みに入ったと同時に教室を飛び出し、クラスメイトからの追求を逃れるために屋上へと逃げる事にした。
ウチの学校の屋上は基本的に生徒の立ち入りは禁止されている。屋上へ通じる鍵も先生しか持っていないという徹底振りだ。
では、何故、俺が屋上へ来る事が出来たのかと言うと、屋上へ行ける秘密通路が一つだけある。そこへ行くにはかなりの運動神経が必要となる。この学校で運動神経が良い人間は限りなく少ない。しかし、薄汚い場所を通るので、好きでここを通る馬鹿はいない。
「ホント、あいつらは馬鹿じゃないのか」
本物の美少女である転校生の突然過ぎる爆弾発言を受けた俺にクラスメイトの尋問が行われた。
俺への尋問へは、クラスメイトの三分の一。それも主に男子生徒によるものだ。
たったそれだけの人から尋問されただけ、とはいえ相手が多すぎるとこちらが疲れるというのはあたりまえの事だ。しかも、男子生徒はいかにもモテなそうで冴えない男ばかりだった。
クラスでカッコイイ部類に入る男共は、こんなことに興味はないのか別のクラスに遊びに行ったり気ままに過ごしていた。そして女子達もこちらに興味はないのだろう、転校生の方へと向かっていった。或いは爆弾発言の真実を女子の方から聞こうとしているのかも知れないがな。
「……というか、俺が主ってどういうことだよ」
少女が迷うことなく呟いた言葉。そして、俺の本名を一字一句間違えずに言ったという事実。
(俺はあいつと会ったことすらない。俺が主だと言われても意味がわからない)
「どういうことだと言われましても、言葉通りの意味ですが?」
「……だから、その言葉通りの意味がわからないんだよ」
屋上に来ることが出来る唯一の扉の方角から、今日会ったばかりの転校生の声が聞こえる。
ここへ平然と来れた転校生に内心、驚きながらも転校生に対して、振り返ることなく反論を口にする。
「俺とお前は、さっき初めて会ったばかりだ。俺を主とする理由がない」
「いえ、理由ならありますよ」
扉のところにいる転校生にきっぱりと関係ない。と、宣言しようと思ったのだが、転校生は理由があると言い放った。
今までに会ったことのない俺を主とする理由が――。
「なら、聞かせてもらおうか」
「それは……」
少女が口を開くと同時に、“この世界に異変が起こった”。
元気に羽ばたいていた鳥達は姿を消し、雲や太陽までが動きを止める。
「っ!?」
(こんなところで、停止結界だと……)
停止結界。異能力を所有している人なら誰でも使える初歩的な能力。結界の中では、異能力に関わりのある人以外の人は入れないという利点がある。当初は異能力を人々に見つからないようにするために使っていたのだが、今では戦闘に応用している。
初心者レベルなら半径十メートルぐらいしか出来ないのだが、それを高めると途轍もない範囲を囲むことが出来る。範囲が広いと、結界を張った人がどこにいるのかわかりにくいということで重宝されている技術の一つ。
「……もう、動き出したのね」
「おい、転校生。動き出したって、どういうことだ?」
口調からして事情を知っているであろう転校生の少女から聞き出そうとしたのだが、彼女は何も言わない。
「すみません、説明は後でさせていただきます。ですが、今はお逃げください」
「ちょっと、何言ってくれてんの。アタシとしては、ターゲットに逃げられるのは不本意なんだけど」
突如、屋上に響き渡る女の声。
声が聞こえた直後、転校生の表情が曇り、忌々しげな眼光になる。
教室で話してたような優しい言葉遣いをする少女と、同一人物とは思えない程、力強い眼力を持ち、声の発信源らしき場所を睨みつける。
「……そんなの知りませんよ。私は御影様を害する者達の削除が仕事ですので」
「ふんっ、やっぱりアンタは面白くないわね」
体格からして転校生と同じくらいの歳で、学生だろう。頭に猫のヘアピンをつけているのが特徴の女の子が目前に現れた。
空から降り立ったというべきか。舞い降りた少女にとてつもなく大きな何かを感じ取った。
(あの制服……)
転校生に話しかけてきた少女の着ている制服には、あまり詳しくないが見覚えはあった。
自分を主と呼ぶ転校生の通っていた前の学校――“紅帝学園”指定の制服だ。
つまり、その制服を着る女子の能力は優秀または利用性があるってこと。そんな彼女がこんな平凡校に来る理由なんて、皆無に等しいだろう。
「……アンタ、『夢幻光源』を護り抜くつもりなの?」
「ええ、それが私に課された使命ですから」
「夢幻光源?」
聞き覚えのない単語が出てきたことにより、余計に頭の中が混乱してきた。
少女がこの学校へ来た理由。それが今この場で証明されるかも知れないんだ。多少の痛みぐらい耐えないと。
「夢幻光源は、紅帝学園がアンタにつけた渾名さ。夢幻光源の意味は、アンタが一番、よくわかってるよね? まぁ、とにかく紅帝学園はアンタを欲してるってわけさ。アンタが持ってる“光を自在に操る力”がね」
紅帝学園に在籍する少女の言葉を聞いた途端、俺の体が震え始めた。
俺を狙うとされる異能力者が怖いとか、戦うのが嫌だとかそういう理由では決してない。けれども、俺がこいつらに恐怖しているのは確かだ。
「ははっ……。何の話だ? 俺が“光を自在に操る能力”を持っている? バカじゃねぇの。そんなん持ってたらもっと上の学校へ行ってるさ」
「ま、それはそうね」
俺の言葉を受けた少女は、こちらに向けていた指を下に降ろした。
その一連の流れを見た俺が、気を抜いたその瞬間だった。
「御影様っ!!」
不意に呼びかけられたことに心臓が高鳴る。
その直後、呼ばれた理由が嫌でもわかった。空から火の粉が降り注いで来たからだ。
自身の真上を直視した俺が見た物は、紛れもなく能力で創造された物だった。
紅帝学園の生徒が優秀であることを半信半疑に思っていた俺に、紅帝学園の生徒は化け物レベルだと実感させた。
「なんだよ、これ……」
空を隠すような大きな火球。
球体に留められた炎の周りを纏うように更に炎が覆いさる。
「……捕らえた!」
少女が言い、指を広げて振り下ろした行為を見た後、上空の火球より炎の矢が飛来する。
手足を削いででも連れて来いと指令されているのか、炎の矢が集中して降り注ぐポイントはすべて俺の手足に向かっていた。
俺の能力さえ手に入れば、四肢がどうなろうと知ったことではない。という紅帝学園の意図がわかりやすい行為だった。
必要最低限の小さく軽やかなステップで、上空より無数に降り注ぐ炎の矢に当たらないようにする。
「ふざけるなよな。ホント」
強力な人材を欲し、欲のままに世界を操ろうとする。
傲慢で野心家なところなどが、本当にサル山のガキ大将のように思えた。自分ならば、他の誰であっても不可能な物事があっても、自分が当たれば実行可能。世界は自分中心で回っている。きっとそう思っているに違いない。
その根性に腹が立った俺は、ほんの一瞬だけ力を解放することを決意した。
右手の指を一本だけ差し出し、周囲に散らばり行く道を塞いでる炎の矢、止むことのない炎の雨を断ち切るように縦横無尽に動かす。
――すると、どうだろうか。
炎の矢は木っ端微塵に砕け散り、火の粉となって地に落ちる。それはまるで、舞い散る桜吹雪のようだった。
「やっぱり、アンタはとんでもない化け物ね。ウチのと同じくらい」
ウチのと同じくらい化け物。その言葉の意味を知りたくなってしまい質問しようと思ったが、それよりも先に聞かなければいけないことがある。
「なんで、誰にも言っていない能力をお前が知っているんだよ!!」
自分の意思で隠し通そうとしている能力を見る前に知っていたことだ。
さっきは仕方なく、自衛のため能力を使用したが、能力を垣間見る前に俺が光を操る能力を持っていると仮定していたことに驚いていた。
一般の異能者は自分の能力を驕り、ポンポンと能力を発現させるが、俺は自分が所持している能力が稀有である故に、否が応なしに狙われることが目に見えてわかっていたので能力を頻繁に使ってはいない。
唯一無二である両親からも、耳にタコが出来るぐらい聞かされ続けていたので、絶対に能力は使用しなかった。
それなのに、紅帝学園からの刺客は当てやがった。
身内以外、誰にも言っていない特殊な異能力。無数に点在する異能力の中でもトップレベルに稀有で、この世界で異能力の研究を極めている人でも滅多にお目に掛かれない特殊すぎる能力。
「その質問に答えるのは無理ね。アタシはアンタをつれて来いって命令されてるだけ。その命令の詳細や、アンタをどうやって使おうとしてるのか目的すらわかんないわ」
紅帝学園は一体、何を考えて俺を捕獲しようとしているのか。
最初から武力的に解決しようとしている組織が計画していることなんて、ろくなものですらないだろうがな。




