第1話 非日常への入口
時間が掛かってしまって申し訳ないです。
元々、忙しいのに加えて、改稿に時間が掛かりまして遅れてしまいました。
「……今日も欠席はなし。っと、それでは、朝のSHRを始めます」
平日の朝、飽きもせず毎日のように繰り広げられる何一つ面白くない定時の連絡。これが始まると面倒な学校生活をまたしても行わなければならないのかと憂鬱になる。
少しでも気を紛らわせようと外の何にも縛られることのない自由な世界を視界に入れる。
広大な海を悠々と泳いでいる雲。時々吹く風によって春特有の桜の花弁が舞い散る。その光景をそっと見つめていた俺こと御影 光輝。窓際の後ろから二番目という絶好のポジションを獲得した幸運な少年だ。
――とまぁ、自慢をしたところで意味はないのだが。
睡眠をする上で一番最高な席を手に入れた俺は、当然の如くSHRの時間を睡眠で終えようとしていた。そうでなければ、この席に俺がいる理由すらもなくなるのだから。
「さてさて、今日で二年目の入学式後日という日が巡って来ましたよ」
それ、関係あるの。というツッコミを内に秘めながら、俺は先生の話を右から左へと受け流す。正直に言って、関係のない話だと本能で理解しているため、真剣に聞くつもりがない。
昨日、寝る時間がほとんどなかったことが理由で今にも寝そうなぐらい眠気が蓄積されていたっていうのもあるのだけどな。
先生が生徒相手に力説しているのを傍目に見ていた。
彼女の名前は、加賀美 音夢。
俺達――二年B組担当の教師であり、常日頃からうっかりとしている女性で、何をやってもダメダメというわけではないが、少しドジっ子が入っているのか仕事でミスをすることがしばしばあるらしい。
ちなみに彼女には音夢たんという愛称があったりもする。
俺は実際に呼んだ覚えはないが、クラスメイトの女子達は彼女のことをそう呼んでいたことがあったはずだ。
世間一般的な先生相手にこの様な愛称を使って呼んでしまうと、十中八九、怒られるだろう。しかし、音夢先生は思いのほかこの渾名が気に入ったのか、呼ばれると嬉しそうにしていたことがあった。
音夢先生曰く、生徒と仲良くなれた証だからこの程度なら許せるのだとさ。普通の先生なら絶対に許さないことだろうが、簡単に許してしまう音夢先生を俺は心から尊敬するよ。見習いたくはないけども。
「去年は入学してきたばかりで、この学校のことで混乱していたかも知れませんが、一年間をかけて、この学校の要領もわかってきたことでしょう。なので、今年からはより一層、異能力の勉強に集中して欲しいと思います」
普段の頼りないおっとりとした性格の音夢先生とは思えないほど、ハキハキとした話し方でテキパキと話し終えるのでいつもこの状態で物事を進めてくれよと俺は思った。
それと同時に、あの音夢先生がきっちりと教師を勤めているのだから皆もビックリしているんじゃないかと寝るのをやめて視線を動かしてみるものの、他のクラスメイト達はまったく驚いている素振りは見せなかった。表情を隠すのが上手いのか、はたまた本当に驚いていないのか。後者だった場合、俺が驚愕してしまうよ。
(……それにしても、異能力なんて御伽噺の中の存在が存在を主張するだなんてな)
異能力。現代には存在しないとされている失われし存在の一つ。
過去の遺産として残された遺跡から発掘された古代の技術を用いて、今の研究者達が独自に作り上げた能力。それが異能力という。先人達はこれをなんと呼んだのかは定かではないが、今はそうなっている。
異能力を使える人物のことを総称して、能力者。反対に異能力の適性がなかった人達のことは一般人と呼び、能力者が優先して護らないといけない対象である。
「……これにて、私のお話は終わりです」
音夢先生の締めの言葉を聞いた直後、クラス委員である女子が号令を掛けたときのことだ。
「あ、ちょっと待ってください。もう一つ、報告しなければいけないことがありました」
判断を早まって終わろうとしたうちのクラスの雰囲気に慌てた音夢先生は、両手をあたふたとさせながら、生徒を全員座らせようとしていた。
当然、話をほとんど聞いていなかった俺は、クラス委員の号令によって立つこともなかったので、無駄な体力を使うことはなかった。
「今日からこのクラスに新しいお友達が増えます」
要するにこのクラスに転校生、ないしは転入生とやらが増えるということだよな。
俺からその新しいお友達とやらに話しかけてコミュニケーションを取ることは、万が一もないだろうが、面倒な奴でないことを願うとしよう。本当に面倒な奴だった場合、関わっても、関わらなくても周囲の人間を巻き込むことが多いからな。
「おいおい、マジかよ……」
「俺としては女の子がいいな。このクラス、無駄に男が多いし」
「だよな。可愛い子は全員、ウチのクラスの無駄にイケメンな連中に取られるし」
恋愛ごとに無関心な俺を含めた、モテまくるカッコイイ面子以外の非モテ集団の男子が恨み言のように呟いていた。
僻んだところで何も変わらないし、生まれないのにな。むしろ、女の子に嫌われる要因になったりするんじゃないのかな。
「ねぇねぇ、転入生は勿論、男の子だよね?」
「そうそう……、男共はわかってないな~。転入生はカッコイイ男の子って決まってんの」
「え、でも、可愛い女の子なら私はアリだと思うけど……」
哀れな男子諸君を嘲笑うように否定的な言動を取る女子集団。
ウチのクラスにもいるように、ごく稀に思春期男子と同じ感性を持っている女子もいるけどな。
「はいはい、勝手な予想はそれぐらいにしなさい。転校生さんが入り難いでしょ」
――あ、転入生じゃなくて転校生なのか。
女子達が転入生だ、と言っていたことを遠回しに訂正する音夢先生に微笑んでしまう。
普通なら女子達に直接言えば済むだけの話なのに、わざと遠回りをして生徒達に気づかせるという。生徒や周囲の人を優先する音夢先生の考え方が面白い。
教師というのは、何でもかんでも教えるべきではない。
入学当初、音夢先生が俺達に向かって放った言葉。
これだけ切り取って言えば、教師失格と思えるだろうが、この言葉には特別な意味が込められていた。
それはほとんどの教師を敵に回すような台詞かも知れないが、俺は音夢先生のその考え方が好きだった。わざと教えるんじゃなくて、生徒に気づかせるためにヒントは出すが、決して答えは出さないという。どうしても答えがわからないときには教えてるらしいが。
自分で考えて結論を出すことが一番、大切なことだと知っている音夢先生だからこその教育方針だ。
「では、転校生さんの登場です。どうぞ」
音夢先生の招待の声と同時に、教室に備え付けの扉がガラッと勢いよく開く。
転校生の姿を一目だけでも見ておくべきか。そう思い、扉の方へ顔を向けたときのことだった。
そこにいたのは、雪のように長く艶やかな白銀の髪を携え、キリッとした瞳が特徴的な女の子。
「……氷室 雪羅です。よろしくお願いします」
彼女の口数少ない自己紹介を終えた直後、教室の端にいるはずの俺と目がばっちりと合った気がした。
「っ!?」
彼女の冷たい瞳と合った時、何とも言えない感情が俺の心を締め上げた。
(なんなんだ。あの子の眼は……)
彼女と目が合った瞬間、俺は何故だかとてつもない寒気に襲われた。
まるで獲物がエサを見つけて舌なめずりをしていたのをエサ側の視点で見ていた感じだ。
「氷室ちゃんは、あの有名な紅帝学園からの転校生です。……って、ちょっと、氷室ちゃん!?」
紅帝学園からの転校生。
かの有名な学校から辺鄙な学校への転校。理由がわからない以上、迂闊に近づくのは禁忌だろうな。
あの何とも形容し難い視線を向けられた俺だからこそわかる。
名の知れぬ転校生は、音夢先生の話をまったく聞くことなくひたすら一点を見続けていた。
「……やっと会えました」
在学中の生徒は全員、通常の教師と同じまたはそれよりも上のトップレベルの異能力所有者か、今の世界を更に良くしてくれる能力を所有している。名門中の名門校だ。この学校へ来た理由を考えていると、不意に少女がこちらへ向かって来るのがわかった。
「へっ?」
「唯一の私の主……、御影 光輝様」
少女は席に座っている俺の真横に来て、王様に服従する騎士のように跪いた。
少女が口にした名前と俺の名前が一致していたことや、俺のことを様付けで呼んだことに今まであまり関らなかったクラスメイトまでもが表情を驚愕一色で染めあげる。
――別にざわざわするのは、いいし、こっそり噂を流すのも別にいいよ。
(だけどな、これだけは言わせてくれ)
「なんで、なんで俺なんだよー!!」
極めて一般的で何の障害もない生活を楽しんでいたのに。
身元が特定していない不思議な少女によって俺の生活が劇的に変わってしまう。
地味少年を目指していたのに、目立つポジションへと押しやられた悲劇を嘆く俺の叫び声が朝の学校に木霊した。




