七日目 (2)
平日のファミレスにはそうお客は多くなかった。制服姿の俺たちにはありがたい。目立ちたくなかったから。翌日の新聞でカップル心中なんて騒がれたくないしな。美月は俺の隣。白い美月は向かいの明日美の隣に座る。
俺はステーキえ明日美はハンバーグ。美月はプリン。こんな時でもうるさかったからな。
「デザートは食後が基本なのに」
「俺じゃなくてこいつの」
美月を指差す。美月は他の死神がいるせいかすました顔で座っていた。
「え? プリン好きなの? っていうか食べ物食べるの?」
「まぁ、食べなくても平気らしいけど、こいつはプリンプリンうるさくて」
「へーっ。おもしろいね。ね、ね、あなたは食べないの?」
明日美は期待を込めて自分の死神に聞いた。
「必要ない」
相変わらずの無表情。無機質。明日美には悪いけど、俺の死神が美月でよかった。
「あーもったいない。食べられるのだから食べればいいのに」
美月は嫌味ったらしく向かいの死神に言う。
「必要以上の干渉はしてはならない」
「あーうるさいうるさい。こっちにいるなら少しは人間らしくしやがれです」
何か、美月がひどく子供に見えてくる。子供の粗相を恥じる親の気持ちがわかる気がする。
俺が嘆息していると、明日美がぐいっと身を乗り出してきた。
「ねーねー渉、どんな話ししてるの?」
そうか、明日美には美月の姿は見えなくて、当然ながら声も聞こえていないんだった。俺にはどうしてあいつが見えるんだ?
「あなたに渡したペンダントのおかげです」
美月に目配せすると、俺の胸を指差しながら言った。俺はペンダントを取り出し、明日美に見せる。
「これのおかげで俺にはそちらさんも見えるらしい」
「ふーん。あたしも欲しい。ねっ、ちょうだい?」
白い美月に、明日美は物欲しそうにねだる。
「必要以上の干渉はしない」
「えーっ……」
明日美は本当に残念そうに唇を尖らせた。
「美月、どうにかならないか?」
「仕方ありませんね。まったく、少しくらい融通を効かせてもいいものなんですけどね!」
美月は背中から色違いの青いペンダントを取り出して俺に渡す。
「あなたからかけてあげないと。私から直接明日美さんに干渉できませんので」
「おい貴様。必要以上の――」
「黙らっしゃい!」
美月は立ち上がり、ドッペルゲンガーに向かって指差して言い放った。多分、正しいのはあちらさんなんだろうな。美月は自分の思うように行動しているだけなんだ。
「明日美、そういうことだから」
俺はペンダントを明日美の首にかける。
「どういうことかわからないけど」と明日美は小さく笑い、「あっ!」どうやらすぐに美月の姿は見えたらしく、明日美は俺から美月に視線を移動させていた。
「初めまして。藤村明日美です。ほんと、この子にそっくりだ」
「美月です。うちの愚息がいつもお世話になっております」
お互いに、会釈しながらの自己紹介を果たした。
「どっちかっつーとお前の方がガキだろうが。俺がお前の世話もしてたし」
「あなたは黙っていて下さい。私は明日美さんと話しているのです。それに、アイスも注文して下さい。ご実家に行った時、アイスもくれると言っていたでしょう。忘れていませんよ」
「今朝方散々食っただろうが!」
「アイスはありませんでした。プリンやゼリーばっかりで」
溜息しか出ない。今プリンじゃなくてアイス頼めばよかったのに。
「すまん明日美。こういう奴なんだ」
「ぷっ! あっはははっ! 何この子、おっかしー!」
明日美はけらけらと腹を抱えて笑い出した。
「明日美さん、笑ってますよ?」
「お前が笑われてるんだ!」
「もうっ! やめてよ! お腹痛い! あっはははっ!」
むぅ。俺まで笑われているようで恥ずかしい。そこで店員さんが料理を持ってやって来た。笑い転げる明日美を訝しげな目で見つつ、料理を並べていった。
さっきは思いっきり泣いて、今度は思いっきり笑って。まったく明日美らしい。
「美月、器は持つなよ。周りを気にして食べるんだ」
「ねっ、美月ちゃん。食べてみて」
明日美はペンダントを外して、美月は言われた通りにプリンを一口食べる。
「うわぁ、不思議。スプーンが勝手に動いてプリンが消えてくー」
明日美はどんなことがあっても死なないと思うのは俺だけだろうか。
「何か、今までの苦労がバカらしくなってくるよ」
明日美の死神はただ黙って傍観者と化していた。ぴくりとも動かず、まるで置物のようだ。
明日美はペンダントをつけ直して食事を楽しみ、美月はプリンを平らげ俺のステーキを狙っていた。こうしているともうすぐ死んでしまうことなんて忘れてしまいそうだった。でも、その時は刻一刻と近づいてきている。
午後八時半。
食事を終えて、明日美と美月との三人で談笑していた。
「最後の晩餐、終わったなぁ」
そう呟くと、明日美は寂しそうにうつむいて「そうだね」と小さく漏らした。
「あ、あの、あたしはね、最後まで、渉と一緒にいたい、な」
「ああ、最後まで一緒にいよう。それまでは絶対そばにいるから」
「渉らしくない。似合わないよ、そういうの」
「お前なぁ……」
「ふふっ、出ようか」
外はもう真っ暗で、生温かい風とじめじめした空気が鬱陶しい。会社帰りのスーツ姿が多い中、制服姿の俺たちは浮いている感じがした。普段ならもう家だもんな。
明日美の提案で、プリクラを撮ることになった。突然「最後の思い出を作ろう」なんて言うもんだから必死に勘違いしてしまった俺だけど、よくよく考えれば美月ともう一人の死神もいるんだし、さすがに目の前では、ねぇ。初めてなのに。
近くのゲーセンに入ると、まず店員のおじさんに睨まれた。制服を着ている奴なんて俺たちだけで、なにくわぬ顔で真っすぐプリクラブースに向かう。
美月たちが写るのかわからなかったけど、四人でプリクラを撮った。死神二人を前に立たせたり、後ろに立たせたりして、ポーズを決め、一枚、二枚、三枚。最後の四枚目は明日美が後から俺を抱き締めるようにして。背中に……ふにょんて。最後の思い出だね。
撮影が終わり、らくがきの時間だった。プリクラ機がしつこく『らくがきコーナーに』と言っているけれど、明日美はその場から動くことはしなかった。
「らくがきだってよ。俺は無理だぞ。せいぜい日付を入れることくらいしか」
明日美は考え込むようにうつむき、軽く相槌を打った。
「何か、何も書けそうにないかなって。楽しいこと。最後って思うとやっぱり寂しくなってきて……。ごめんね、日付くらい入れておこうか」
らくがきコーナーに移動すると、「あっ」と明日美が声を上げる。
写っていたのはやっぱり俺と明日美だけで、死神二人は写っていない。そうだよな、鏡にも映らなかったんだす。
「寂しいね……」
たしかに、不自然な空間が俺と明日美の周りにあった。そこに美月は立っていたはずなんだ。寂しい、よな。でも、せめて二人がいたってわかるようにしよう。
「その空いているとこに名前書いとくか。美月と、えーと……明日美、そいつの名前は?」
直接本人に聞いても干渉しないとか名前はないとか言いそうだからな。美月も名前なかったし。
「名前? あたしは死神さんって呼んでた。つけろって言われても、急には思いつかないよ」
じゃあ……白い美月だから、しろつき……はくつき……美月と文字数合わせて『はづき』でいいだろ。なんかまんまだけど、いいよな。
「じゃ、お前は『はづき』ね」
「私の呼び名か?」
尋ね返すはづきは少し不満げに見えた。
「そう、嫌ならまた考え直すけど」
「好きに呼べばいい」
「そんじゃ、決まりな」
あっさりと決めた俺に明日美は呆れ顔をしつつも、らくがきをするべくペンを手に取った。
『らくがき終了だよ。少し待っててね』
「「あっ」」
間に合わなかった……。早過ぎだろ、らくがき終わるの。
「終わっちゃった。何か、がっかりだね」
うーん、明日美の言う通り、この言いようのない空しさはがっかりだ。
「ま、まぁ名前つけれたってことで。なっ、美月」
「せっかくいろいろポーズを決めたのに写っていないなんて残念です」
俺の話しはまったく聞いていないってことだな。
シールが出来上がると、何とも恥ずかしそうに映っている俺がいた。最後の一枚なんか美白効果も台無しくらいに顔が赤い。
少し眺めて、ハサミでそれを切り分ける。
「お前らは写ってないけど、まぁ、記念だ」
「そうそう。大事に持っててね」
「ここに私がいたのですね」
美月は嬉しそうにシールを眺め、自分が立っていた場所を指差した。
最後の思い出。俺と明日美、美月にとっても。
この、一人を除いて。
「くだらない」
はづきは、シールを俺の手に返した。
「持ってるくらいいいだろ。返さなくたって……」
「私には理解できない」
無表情だけど、イラつきを感じさせた。
「だから、ただの記念だって」
「そういう意味ではない。貴様は馬鹿なのだな」
なんだと……! 言い返そうとすると、明日美がちょんちょん制服を引っ張り指を指す。その先には警察官の姿があった。
「やべっ。行こう明日美」
残りの時間、補導されて警察署で過ごすなんて最悪な結果だ。警察官の目をコソコソとかいくぐり、ゲーセンの外に出て一目散に逃げ出した。
そして、息を切らしてたどり着いたのは先程の河川敷。
息を整え、俺ははづきの前に立つ。
「さっきはなんだよ。いきなり馬鹿呼ばわりしやがって」
「馬鹿は否定しませんけどね」
「美月!」
「はーい」
「もう、馬鹿やってないで。はづきちゃん、いきなりどうしたの?」
明日美まで……。
「貴様は自身の置かれている状況が理解できているのか。そう問えばいいか」
また小馬鹿にしたような口振りだな。
「もうすぐ死ぬんだろ? わかってるさ。だから最後にってプリクラ撮ったんじゃないか。どうやって死ぬかもわからないんだから、何をしようと構わないだろ」
「何?」
はづきは少しだけ、注意していないと見逃すくらいに小さく眉をぴくりとさせた。そして、美月の方を向いて品定めでもするようにジロジロと見回した。
「な、ななななんですか?」
美月は少しだじろいで、顔を隠すように背ける。
「なるほど、どうりで貴様がこの人間どもと親しくしているわけだ。理解できた」
はづきの言葉に、美月は明らかな動揺を見せた。
「な、何のことでしょう?」
「己に都合の悪いことは言わず。どこまでも人間に感化されたものだな」
何のことだ。はづきの言い方からすると、美月が何かを隠しているように聞こえる。
「はづき、何のことを話してる?」
「知りたいのなら、貴様がこいつに聞けばいい」
美月に目を向けると、俺と目を合わせようとしない。それよりも、怯えているように見えてしまう。
「何を隠してんだ? いまさら驚くようなことはないと思うけどな」
美月は顔を辛そうに歪めるだけで何も答えない。それほど言いたくないことなのか。
「話してくれないのか? 美月」
もう一度、美月の目の前に立って尋ねる。
「…………すみません」
その一言だけ呟く。決して俺の目を見ようとはしなかった。
「美月、お前……!」「もういいじゃない」
強引にでも問い質そうとすると、明日美が体を割り込ませてきた。
「ね、美月ちゃん」
「明日美さん……」
美月はようやく顔を上げ、明日美を見る。今にも泣き出しそうな顔をしていた。
明日美はくるりと振り返り、俺に言い聞かせるように言う。
「誰にでも話したくないことってあるでしょ?」
美月はいかにも怯えるように明日美の背中に隠れ、俺を蔑むような目で見ていた。
何だこれ、俺が悪者?
「……はぁ。わかったよ。もう聞かないからそんなに怖がるなって」
嘆息しつつそう言うと、明日美は「ほら」と美月を差し出すように場所を空けた。
「あ、ありがとうございます!」
どうしたものか、泣きながら礼を言われた。
「お、おい。何も泣く事ないだろ」
「あーあ、女の子泣かせちゃった」
「あ、明日美、そんなこと言わないで何とかしてくれよ」
「おいでー、美月ちゃん」
明日美は美月を抱き寄せ、美月は嗚咽を漏らしながら胸の中で泣いていた。
「感謝か懺悔か、どちらにしろ理解不能」
冷めた様子で見ていたはづきは、意味深な言葉を呟いた。
午後十時。
外灯もない河川敷は月明かりだけで照らされ、街の光から逃れた星がうっすらと自己主張をしていた。土手から川沿いに下りる階段に座り、俺と明日美は星を眺めていた。
「ここだと、星もよく見えるね。こんな時間にこんな場所初めてだから。ちょっと感動」
そう言って笑いかける明日美と、肩が触れた。
夏の夜。寝苦しい夜。寒くはない。
なのに明日美は震えていた。
「……怖いか?」
「……少し」
明日美は無理矢理に笑顔を作る。それを見て、胸が締め付けられ、切なくなって、気がつかないうちに明日美を抱き締めていた。明日美の震えが止まり、明日美が顔を上げると、泣いていた。そして、抱き締め合ったまま、自然に――唇を重ね合った。
頭は真っ白で、さらにきつく抱き締め合った。最初で最後の、キス。
愛しくて、切なくて、幸せだった。
「えへっ。キス、しちゃった」
「い、言うなよ。恥ずかしい」
「あは、顔真っ赤。あはは、あは……。あれ、嬉しいのに、嬉しいはずなのに、涙が止まんないよ。苦しいよ……寂しいよ……切ないよ……。ねぇ……渉……渉……」
両手で顔を覆い尽くして泣く明日美に、俺は何も言えなかった。
死にたくない。目前に死を控えて、いまさらながらそう思わずにはいられない。
俺の命はあと二時間と少し。時間を確認することが多くなるのも至極当然のことだった。どんな最後なのか。俺と、明日美も。美月は俺と明日美が死ぬのはほぼ同時刻と言っていた。ということは一緒に最後を迎えることはできないってこと。せめて、一緒に最後を迎えたい。そう思うと、やはりどうやって死ぬのかが気になってくる。
「美月、俺の最後は見えたのか?」
「……すみません」
後ろにはづきと並んで立っていた美月の声が空しく聞こえる。
ただ、なんとなくわかっていた。美月はすでに俺の最後を知っていると。言いたくないのか違う理由があるのか。さきほどのことがあるから追及はしなかった。
どうしようもなかったことなのだろうか。俺と明日美が死んでしまうことは。
俺と、明日美……? どうして、どうして明日美なんだ。何億人っている人間の中か、俺たちが……。
「美月、明日美が選ばれたのも偶然なのか?」
「明日美さんは……現在あなたに最も近い人物でしたので。こうなってしまったこと、本当に申し訳ありません」
美月は俺と明日美の前に立ち、深く深く、頭を下げる。
「そんな、美月ちゃんのせいじゃないんでしょ?」
俺も言ったことがあるその台詞。でも、俺が選ばれたから、明日美を道連れにするような形になってしまった。俺が明日美を追いかけていたから。――ごめん。誰にも聞こえることのない声で呟く。謝っても「渉のせいじゃない」って言うに違いないから。
美月は口きつく縛って、うつむき、弱々しく語り出した。
「あなた方は同じ選択をしました。死を前にした一週間、そのことを誰にも話さず、そして大切な気持ちを伝えることを決めた。そうして今の二人がいる。そんな二人を私は……」
そこまで言って美月は黙り込んだ。何を思っているのだろう。
「美月ちゃん……」
明日美は美月のそばに寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「明日美さん……。すみません、大丈夫です」
美月は今にも崩れてしまいそうな笑顔を作り、明日美の肩に手を当てて優しく押しのけた。そして力強くも、脆い眼差しを俺に向けた。
そして、一度苦しそうに胸に手を当てて、小さな唇を動かした。
「あなたの最後は、事故死は病気ではありません」
突然口にしたことは俺の最後について。やっぱり知っていたんだ。知りたい。けど知りたくない。覚悟はできるかもしれないけれど、少し怖かった。
「私たちには人間を意のままに操るようなことはできません。よって事故現場に向かわせたり、自殺に追い込むことは不可能です。悪性のウイルスを体に寄生させたりすることもできません」
何だ、何が言いたい? こいつの説明はいちいち遠回りをしたがる。
「つまり、ロードによって寿命操作が行われたとはいえ、その瞬間にこの世の事実と動かすことは不可能なのです」
頭を働かせるけどさっぱりだ。明日美も目をぱちくりさせて、意味がわかっているようには思えない。
「あなた方に死を与えるのはこの世のものではないということ」
この世のものではないって、それってつまり……。
「〝ゼン〟を直接切り離すしかありません。それができるのは……」
「美月……」
「……我々だけです。あなたの命は彼女が。明日美さんの命は……私が……」
最後は声が震えて、途切れそうだった。辛そうに、拳を握り締めている。
明日美はまだ意味がわからないのか、俺と美月に交互に視線を送っていた。
「渉、何? 説明して?」
「簡単に言うと、俺たちはこいつらに殺されるってことだ」
そんなことだとは露ほども思っていなかったのか、明日美は大きく目を見開いた。はづきからほとんど何も聞いていなかった明日美には当然の反応だろう。
だけど、俺は妙に冷静だった。
「どうして言わなかった?」
美月を責めるつもりなんてない。なんとなくその理由がわかっていたから。それは、はづきの意味深な言葉と、美月の涙。言い出せなかった。言いたくなかったんだ。
美月は答えることはなく、ただうつむいて首を横に振るだけだった。
「俺たちに嫌われたくなかったのか?」
美月は顔を上げ、また涙を浮かべた瞳を大きく開いて俺を見つめる。
「そうなんだな?」
「……は……ひゃい……」
震える声で、涙はぼとぼとと零れ落ち、地面を湿らせる。
「馬鹿な奴……。どうにもできなかったから黙ってたんだろ? 辛かったんだろ? お前が悪いって心の底から思ってることくらい知ってる。お前が悪くないことも知ってる。一人で悩んで、辛かっただろ?」
美月の頭を優しく撫でる。小夜の頭を撫でるようにそっと。
「うっ……うあぁぁぁんっ!」
美月は俺の胸に飛び込み声を上げて泣いた。
「すっ、すみません! 私のわがままなのです! すみません! すみません!」
「お前がわがままなのも知ってる。心配すんな」
美月はひたすらに泣き続けた。こいつが自分で明日美の命を絶たなければならないと知った時、どう思ったんだろう。あの夜、美月は泣いていた。何の涙だったのかはわからない。今は嫌われるのが怖くて泣いている。罪の意識で、泣いていた。
美月は楽しかったんだ。
この一週間。
だから辛い。きっとそうなんだ。
「理解不能」
そこに機械的な声が割り込んで来た。
「仇敵のような奴を庇うなどとは……」
「美月はそんなんじゃねぇだろ!」
「何故。そいつは貴様の愛する人間の命を奪うのだ」
「美月が望んでやることじゃない」
「望んでいないから許せるとでも」
「許せるとか許せないとかじゃない。わかるのは美月も被害者ってことだ」
「被害者……。我々は命令を全うするだけ。それ以外は何もない」
「美月は泣いてる」
「そうだ。やはり、不必要なのだ。強い自我、感情。主の思惑は失敗だった」
思惑? ……何だ、はづきはまだ何かを知っている。
「…………やはり。どうもおかしいと思っていたのです」
美月は頭を上げ、はづきの方を振り向いた。その顔は、自嘲気味に笑っていた。
「どういうことだ、美月」
「私が彼女の存在に気がついたのもあの夜のことです。それ以前にも明日美さんに会っていたのに気がつかなかった。彼女は初めから何もかも知っていたのです。その上で気配を殺し姿を隠していた。つまり、これは……この一週間は……」
美月は鋭くはづきを睨みつける。
「おそらくは、貴様の考えている通り」
「私が本当の実験対象、ですね?」
…………また話しが見えなくなってきた。美月の観察? だって俺と明日美は死ぬんだろ? 死の宣告を受けた観察対象として。
はづきは美月の問いに頷きだけで返した。
じゃあ、本当に見られていたのは美月だったってことか? なら、俺たちは……。
「安心するな、人間。我々に干渉した人間を見過ごすことはできない。貴様らの死は変わることはない」
そんなことだろうとは思ったけどな。
少し、はづきの雰囲気が変わった。ただの人形のようだったはづきから妙な威圧感が感じられる。明日美もそれに気がついたのか怯えるように俺の腕を掴んだ。
「本当に、何と言ったらいいのかわかりません」
美月は悔しそうに俺と明日美を見て呟いた。
はづきは異様な空気を纏ったまま、俺たちを見据えて口を開いた。
「我々は本来、主の命令により動き、命令がなければ行動できない。そいつ以外は。しかしそのためには強い自我、感情が必要だった。命令に従い動き、必要ならば己の意思で動く。その存在として最初に生み出されたのが、その、貴様らが美月と呼ぶ存在」
「どうしてそんなこと……」
「主とて万能ではない。故に〝ゼン〟がこの世を彷徨う場合もある」
美月が言ってたな、誰かがさぼったり、強い思いでこの世に残る〝ゼン〟があるって。
「命令が及ばない場合もあり、強い〝ゼン〟には干渉できない場合もある。しかし、自我と感情があれば命令を待つ必要もなく、強い〝ゼン〟に干渉できるようになる。だが感情というものが厄介だった。我々は言わば死を与える存在。感情があるからこそ、そこに疑問を抱いてしまうかもしれない」
俺が考えていたことに似てる。
そして美月も詳しくは知らなかったんだ。サボっていたんじゃなくて、命令が行き渡っていないから〝ゼン〟が残っていた。
「そうなれば最後だ。我々の中で混乱が起こりかねない。そうなれば、多くの〝ゼン〟がこの世を彷徨う可能性がある。我々に浄化されなかった〝ゼン〟が消える。生まれ変わることなく消えてしまうのだ」
「説明してくれるのはありがたいけどな、いいのかよ、話しちまって」
「構わない。許可は下りた。当事者への最後の説明の義務だ。どうせ、貴様らは消えるのだからな」
その言葉に、明日美が体を震わせた。はづきの威圧感が増している。
「おおむね、話しはわかりました。私が死を与えることでどういう反応をするか見定める実験だったのでしょう。私と同じ存在を作る危険性を計るものだった。そして、あなたは命令を遵守するように感情を結露させた私のコピーといったところですか?」
美月が俺と明日美を守るように立った。
「そうだ。私はこの世に存在するためにロードを使った。貴様が女を殺すように仕向けたのは、上が移り過ぎて行動に出なかった時の保険」
美月は不敵な笑みを浮かべる。
「たしかに、先程から命令が流れ込んできていますが、私の意思で動けるようですね」
「貴様は不要。そこの二人は私がやる。どけ」
「消える〝ゼン〟をなくそうという考えには共感できます。そのために私が生み出されたことも感謝しましょう。しかし、そのために生きている人間の命を奪うことは間違っています!」
美月……お前……。
「やはりこうなるのだ。実験は危険なものだった。早々に打ち切るべきだった」
「この二人の命を奪うことは私が許しません!」
美月ははづきから目を逸らさず俺に向かって、
「二人のことが大切だと、今思っています。私は、私の意思で二人を守ります!」
力強く叫ぶ美月の背中は泣いていた時とは違い、とても頼もしく見えた。
「戯言……」
はづきは背中から自分の身長分はあるかという真っ白い日本刀を取り出し、その切っ先を俺に向けた。
「お、おいおいおい。まだ時間じゃないだろ?」
「ロードは我々が人間の〝ゼン〟に干渉するためのものだったのです。一週間という期限はもはや関係ありません。ここから離れて下さい!」
美月は背中からドクロの装飾が施された黒い短剣を二本取り出し両手に構えた。はづきの持つ巨大な日本刀に比べ、二本とはいえ美月の短剣は心もとない。
「渉……怖い……」
「大丈夫、大丈夫だ。美月が何とかしれくれる」
そう言いつつも、足が震える。明日美を心配させまいと必死にその震えを押さえ込む。
「渉っ!」
明日美の声に反応した時はすでに遅かった。目の前でははづきが刀をなぎ払うように振り出していた。狙いは、首だ。一瞬のことで体が反応しない。
死んだ。それだけが頭をよぎる。
思わず目を瞑ったところで、甲高い金属音が鳴り響いた。三半規管が揺さぶられるような音が耳元で轟く。目を開けると、刀は美月の短剣で受け止められていた。
「何をしているのです! 早くここから離れて下さい!」
美月ははづきを力づくで押し返し、怒鳴り声を上げる。その僅かな間にも、はづきは俺に向かって一直線に駆けて来て、刀を両手で思い切り振り下ろしてくる。そのとても短剣では受け止められそうにない一撃も、美月は右手の短剣ひとつで縦振りをいなし、左手の短剣をはづきの胸にまっすぐに突き出す。はづきはそれを後ろに飛んでかわした。
「や、やるじゃん美月!」
「感心してないで早く!」
だけど、美月を置いていくなんて。俺らのために戦っているのに。
「渉っ!」
その声に俺の体が反応した。今の声は明日美じゃない。美月が初めて俺の名前を呼んだ。
「明日美さんを連れて早く! 二人を気にしていては私も気が散ります!」
「お、おう!」
美月は俺を見てにっこり笑った。そして今度は美月の方から仕掛ける。
その姿を一瞥して、明日美の方を掴んだ。
「明日美、行こう。俺たちがいたら迷惑だ」
「み、美月ちゃんが……」
「聞いたろ。気が散るんだって。心配かけちゃダメだ。走れるか?」
「……うん。心配かけちゃダメ、だよね。大丈夫」
走り出す前にもう一度美月とはづきの方へ目を向けた。金属音がいくつも鳴り響き、二人の動きは目で追うのがやっとなくらいに早い。とても人間の動きじゃなかった。
「美月! 行くからな!」
そう叫んで背を向け走り出そうとした時、俺の動きが封じられた。美月が使ったあの力と同じものだ。はづきにやられたらしい。背後から足音が近づいてくる。
そして甲高い音が近くで聞こえたと思うと、体の自由が復活した。美月がはづきに仕掛けたのだろう。
俺はもう振り返ることなく、明日美の手を取り走り出した。




