四日目
今日は遅めの午前九時起床。
予定通りに実家へ赴くつもりだ。一泊して、明日帰って来る予定にしている。
「ふあーあ……」背伸びをして、血流促進。
「おはようございます。本日はよくお休みになられたようですね。さぁ、まいりましょう」
従順美月はいまだ継続中のようだった。柔和な笑顔がやけによく似合う。
「まぁ待て。とりあえず支度もするし、朝飯も食べないとな。何か作ってくれよ」
ここぞとばかりに言いつける。普段わがままを聞いてやってるんだからこれくらいいいだろう。それに、こいつが作る料理の味付けは俺好みだったりするんだ。それもデータから得た知識なんだろうか。死神じゃなくてメイドとしてやってきたなら、それはそれは役に立っただろうに。
「ち、朝食ですか?」
ぎくり、そんな音が聞こえてきそうなほどの動揺を見せる。また何かしやがったのかこいつ?
「そう。作れたよな。何でもいいから」
「え、ええ。そそそそうですね」
目を泳がせているのは人間にも死神にも言える何かやましいことがある証拠だ。
「何か、隠しているのなら正直に話した方がいいぞ」
「べ、別に何も。朝食の準備しますね♪」
美月は冷蔵庫の前に座り込み、「うーん」と唸りながら悩み出した。何を作ろうか迷っているのか、それとも……。
そっと近づき、美月の背中越しに中身を覗いてみる。するとどうしたことだろう。冷蔵庫の中身は全て神隠しに遭っていた。全て、だ。まるでそこには最初から何も入っていなかったようにただの空間だけがあった。たしか三日分の食材は買ってきてたハズなんだけどな。さてさて、中身のない冷蔵庫を見て何を悩んでいるのか美月。
「美月」
「ひゃっ!」
美月は膝をついたまま飛び上がり、カクカクと首を反転させた。百八十度。キモイ。
「さーて、俺の記憶が正しければ三日分くらいの食料が入っていたハズなんだけどな。俺の記憶違いかな。それとも記憶は正しく、俺が寝ている間に何者かによって平らげられてしまったのか、どっちだと思う? ちなみにこの場合、何者かというのはもちろんお前のことを指す」
「き、記憶違いですよ!」
「お、おおそうか。だけど念のためいつも財布に入れているレシートを確認してみよう。本当に記憶違いならレシートなんてないはずだからなぁ、美月」
美月は表面だけ笑顔のまま固まった。
「す、すみません! 申し訳ありません! ほんの出来心なんです! 夜の暗闇の中異質な機械音を放つ宝箱が私を呼んでいて、開けると中から光とともに宝の山が! 止められないでしょう! ここまで行くと止まらないでしょう!」
どうしようもなかったかのような弁解とともに頭を床にすりつけた。
「だからって全部食っちまうやつがあるか!」
「す、すみません! すみません!」
人間に頭を下げ必死に謝る死神。なんと滑稽な。
「もういいから頭を上げろ。まったく、そんな小さな体によくもあれだけ入ったもんだ」
美月はゆっくりと体を起こし、人差し指をぴんと立てた。
「せ、説明しましょう! そもそも食べなくても体の維持には支障がないので、体内に入った食べ物は異次元に消えてしまうのです!」
ズバーン! そんな効果音が聞こえてきそうだった。
「なら、別に食べる必要なんてなかったわけだ」
「し、食欲と味覚はあるんですよぉ」
「つまりはただの贅沢だな」
「そ、そういうことになりますね♪」
美月の首根っこをガシッと、睨みを効かせてギラっと、ドスを効かせてズーンと。
「美月……」
「はいぃっ……!」
「贅沢は……敵だ」
「な、ない肝に銘じておきます」
俺は大きく嘆息して、支度を始めた。
「荷物はそれだけですか?」
俺の格好は白い下地にわけのわからない英語が書かれたシャツにジーンズ。それに小さなショルダーバッグをかけているだけだった。
「着替えは実家に少しあるからな。暑いし、荷物は少ない方が楽だろ?」
「何だ、ただの面倒臭がりですか」
そう言った美月にデコピンを一発。喰らった美月はそのまま勢い良く吹き飛び、玄関のドアをすり抜け、何事もなく玄関から現れるといったいらぬ芸当を見せていた。
近くのバス停からバスに乗る。途中で一度乗り換え、一時間半ほどバスに揺られた先に俺の実家はある。
バスの中では美月がわーわーきゃーきゃー騒ぎまくっていた。初めてのバスで浮かれていたのだろう。バスの中から身を乗り出し(といっても窓は開けていない)、外の風を気持ち良さそうに受けていた。対向車が走って来ようとお構いなし。対向車は避けつつ風は受けるという高等技術。多分。
いつもはバスの中でゆっくり眺める地元までの道のりの風景も、美月が騒がしいおかげで落ち着いて眺めることができなかった。
山道を抜け、海が見えるともう近い。地元は港町で、でも山もある、田舎の町。少しの平地と山間部に家が建ち、海沿いを国道が走っている。島もあり、その島との連絡船は一日十本程度。汽笛が時計代わりにもなっていた。人口は一万人を軽く下回る小さな町で、近々隣町と併合されるって話しだ。
コンビニらしきものもあるが、夜十一時には閉まってしまい、その他の店も夕方を過ぎれば大体閉店してしまう。その時間を過ぎれば出歩く人はほとんどいなかった。子供頃の遊びと言えば、外を走り回るか家でゲーム。娯楽施設はおろかカラオケすらなかった。
それは今も変わらない。そして、潮風が香る、変わらない匂いだった。
「ん~~~~……」
やっと着いた。窮屈さをほぐすために背伸びをして田舎の空気を肺に詰め込む。やっぱり通学は無理だったなと改めて思った。
降りたバス停はこの町では一番大きなショッピングセンターの前にある。小さいショッピングモールの略で『チビモ』と呼ばれて親しまれて?いた。『チビモ』に置いてある商品は世の中の流行りというものから一つ二つは遅れているものばかりだった。まぁおそらくは流行りなんてものは、この町に住んでいる人は何一つ気にしないんだろうけど。俺もその一人だったし。
だけど、なんだかやっぱり居心地がいい。昔から変わらない店の並びとチビモの中の匂い。いつも決まった道順で歩いていて、自然とその通りに動く足。何を買うわけでもなく、一通り歩き回った。もう、ここに来るのも最後になるんだし。
ぐう~~~~……。
そういえば、朝は何も食べていなかったんだっけ。
「プリンのお店はどこですかー?」
物欲しそうにプリンをせがみ、俺のシャツを引っ張るこいつのせいで!
「俺の食料を食い漁っておいてよく言えるな。この口か」
むいむいむい~っと美月のほっぺを引っ張る。おー、よく伸びる。愉快な顔だな。
「いひゃひゃひゃ。ほえはほえ。ほえはほえれふ」
「わからん。日本語を喋れ」
(それはそれ。これはこれです。痛いです)
涙目になったところで、ようやく解放してやった。
「開き直りかこのやろう」
「今のつねったことで帳消しでいいでしょう。甘んじて暴力を受け入れたのですから」
「ったくああ言えばこう言いやがって。プリンよりかメシだ。腹が減っては戦はできん」
「平和主義かと思っていましたが」何の話しだ。
どうせこのまま実家に行っても昼食の用意などされていないので、チビモ内の食堂で済ませることにした。営業しているのかわからないくらいに寂れているけれど、ここのラーメンは世界一うまいと思っている。
食堂の中にはお客さんは誰もおらず、こそこそとテーブル席に着いた。店の中は今時珍しいブラウン管のテレビがニュースを流していた。
しかめっ面のおばちゃんにラーメンとおにぎりを注文し、週刊誌を読む。美月はこんな食堂で使うかわからない魚が泳いでいるでっかい水槽を眺めていた。ありゃ、鯛だ。
しばらく週刊誌を読み耽っていると、おばちゃんの親指が浸かったラーメンと黒ゴマがちょこんと乗っかったおにぎりがやってきた。
親指が浸かっていたことを見なかったことにしてさっそくラーメンに舌鼓を打つ。昔っから食べていたけれど、毎回具が変わるし、チャーシューの代わりにハムが乗っかっている。だけどこれがうまいんだ不思議と。豚骨と鶏がらが合わさったような、あっさりしてても味がしっかりあるスープがうまい。
美月は目を輝かせ涎まで垂らしていたが、目の前に黒ゴマを一粒置いてやった。またぎゃーぎゃーうるさいものと思っていれば、涙まで流して、悔しそうに黒ゴマを噛みしめつつ「うう~……」と唸っていた。ラーメンを凝視。食べにくいことこの上ない。
しかしこれもお仕置きだ。しっかりと惨めさを味わうがいい! 所詮この世では金を持つ者が強いのだ! ふわーっははは!
俺はスープまで飲み干して、満面の笑みと丼の底を見せてやった。
「ぐくくっ……! な、何がなんでもプリンはいただきますから」
その執念だけは立派なもんだ。これでプリンまで渡さなかったら、俺はこいつに殺されるな。マジで。
さすがに可哀想だと思い、チビモの外の店並びにあるケーキ屋へ。ケーキ屋らしきものが周りにないためか以前からなかなか繁盛していた。洒落たケーキなんかはないけれど、それなりにおいしいのでお客受けは上々なのだ。幸いにもプリンは残っていて、家族の分も合わせて四つ購入。俺の周りを犬のようにちょろちょろ回る美月に「家に着いてから」と『待て』を言い渡し実家に向かう。
チビモから五分も歩かずに住宅地に入る。細い路地を抜け、車は通れない細い坂を上がり、俺の実家は見えてくる。坂を上がり切ると一見して切り立った崖が目の前に現れる。建てるのに苦労しただろうに、俺の実家はその崖の上に建っているのだ。崖を回り込み、人ひとりが通れる階段を上がり、我が森田家の玄関へたどり着く。多少不便な場所だけれど、見晴らしがよくて天気が良い日には二階のベランダから海を眺めていた。
今の時間、母さんは家に居るハズだけど……。
玄関のドアノブに手をかけ、蝶つがいが錆びて動きの鈍いドアを開ける。すぐに居間があり、母さんは大体そこでテレビを見ているのだ。
「ただいまー」
ドアを開けると、予想通りテレビを見ていた母さんがにゅっと顔をこちらに向けた。
「あら、あんた帰って来るときは連絡しなさいっていつも言ってるでしょ」
毎度のことながらしかめっ面でのお出迎え。いくら俺が家族とはいえ、食堂のおばちゃんも、しかめっ面で客を迎えるのことがこの町の伝統だっただろうか。母さんは、仕事もしておらず田舎の代表としていつも髪はぼさぼさ。着ている服もおばあちゃんかっていうほど古臭い。ツンと吊り上がった目が性格を表しているかのようだ。かくいう俺も、母さん似ってよく言われていたんだけどな。
「そう言うなって。お土産もあるから」
とケーキ屋の箱を見せる。
「お土産って、それそこのケーキじゃないの。どうせならこっちにないもの買ってきなさいよね」
買って来てやっただけありがたく思えってんだ!
「いやはや、外見も性格もよく似てますねぇ」
美月が俺と母さんの間に立ち、俺と母さんを何度も見比べてにししと笑う。シカトだ。
「父さんと小夜は?」
「お父さんは自分の部屋。小夜ちゃんは友達と遊びに行ってるわ」
母さんはケチをつけた箱を探りながら、面倒臭そうに言う。
小夜っていうのは俺の可愛い妹だ。
「ちょっと、渉」
いかにも文句がありそうな口調だな。プリンばっかだとか言うなよ?
「プリンばっかじゃない」
性格が似てるからわかってしまうものなのか。そんなの嫌だ。
「嫌なら食うな。全部食うなよ?」
母さんは大きな溜息をついて動物を追い払うようにひらひらと手を振った。本当に性格が似てるなら、俺って嫌な奴。
父さんに挨拶を済ませようと、父さんの部屋に向かう。父さんは家とは別の離れにある。離れと言うとちょっと聞こえがいいかもしれないけれど、昔、父さんのわがままで庭にあった池を埋めて、その上に二畳ほどの部屋を作った。昔は鯉なんかも泳いでいたんだけどな。
一旦外に出て、庭に周り父さんの部屋の引き戸を開ける。
その瞬間、意識が途絶えそうになった。
汗臭い。噎せ返る。吐きそう。それもそのはず。こんな真夏にエアコンもない狭っ苦しい部屋で窓も開けてないんだから。
「お、おお渉。帰って来たのか」
父さんは学生の頃からの趣味だというプラモデル作りに精を出していた。昔放送されていたロボットアニメのプラモデルだ。部屋の中には完成したプラモデルがジオラマとして所狭しと並べられていた。シンナーの匂いが少しきつい。こんな中にずっといたら気が狂いそうだ。
父さんは短パンだけの一張羅で全身汗だく。やっていることはまるで違うがスポーツ少年のような爽やかな笑顔である。母さんとは違い温厚で、怒ったところをあまり見たところがない。少し垂れ目で、口元はいつも緩い弧を描いていて人の良さそうな雰囲気が滲み出ている。
「ただいま。せめて扇風機くらい回したらどう?」
「大切なパーツを失くしてしまうかもしれないだろう?」
「ま、まぁそうだろうけど……」
しかしこの息が詰まりそうな匂いはどうにかならないものか。でも、こんな匂いの中でも美月は平気で部屋の中に入り完成したジオラマを眺めたり、触ったり……っておい!
や、やめろよ美月? 間違っても壊すことなんてするなよ? あわわ、も、持つな! 戻って来い! 戻ってくるんだ美月! と願いが通じたのか俺の心配は取り越し苦労で済んだ。
「どれ、母さんに冷たいお茶でももらいに行こうか」
父さんは立ち上がり、
「おおっ?」
目眩でも起こしたのか、ふらふらとよろけて派手に尻もちをつき、その衝撃で美しいほど完璧にディスプレイされていたジオラマが渇いた音を立てて崩れ落ちた。
「うわぁっ! 僕の血と汗と青春の結晶がぁっ!」
半裸でプラモデルの前に泣き崩れる父親の姿なんて、友達には絶対に見られたくないな。
「汗かき過ぎだろ。そりゃ立ちくらみもするって」
「あ……ああ……」
ダメだなこりゃ。どうせ俺がいても邪魔だろうから「お茶もらってくる」と一言告げて居間に戻った。
母さんはまだまだテレビを観賞中だった。
「お茶冷えてる?」
「冷蔵庫。ついでにタオルも持ってってやんなさい」
テレビからは決して目を離さずだらけた声。しかしながら、さすがに父さんのことはわかっているらしい。
「渉、あんた何かあったの?」
踵を返したところで、唐突にそんなことを言ってきた。
何かいつもとは違うことでもしていたかな。まさか、美月の姿が見えてしまったとか? いや、それはありえないだろう。今まで特別に態度がおかしかったとも思えないしな。
「夏休みまでは帰って来ないと思ってたわ」
俺が帰って来たこと自体、普通じゃなかったってわけか。でも、もうすぐ死ぬから最後に顔を見せに来たなんて言えないよな。信じてもらえるはずがないし。
「暇だっただけだよ」
普段通りに話したつもりだった。
「暇なら勉強でもしてなさいよ」
そう、これならいい。こういう感じがいつもの母さんだ。
「これでも結構毎日大変なんだよ」
「そういうことは成績が上がったら聞いてあげるわ。元々馬鹿なのに背伸びなんてするから今大変だと思うのよ」
「合格した時は大喜びしてたくせに」
「忘れたわ。さっさとお茶持ってってやんなさい」
まったく、そんなんだから俺もこんなん……いや、似てないはずだ。だけど、今日くらいは親孝行しないとな。
父さんは、崩れたジオラマの修復作業に一生懸命だった。この暑さの中、その情熱は素晴らしい。だがやはり汗臭い。せめて居間でやればいいのにと思ったけれど、母さんから追い出される姿が用意に想像できたので口には出さなかった。
お茶を置いて父さんにタオルを渡すと、一旦手を止めて「ふぅ」と一息ついた。
「渉、学校はどうだ?」
「別に、変わったことなんてないよ」
「そうか。ちゃんとメシは食べてるか? コンビニばかりで済ますんじゃないぞ? 小遣いもなくなってしまうだろう?」
「大丈夫。その、仕送りさ、もっと少なくてもいいから」
「気にしていたのか。せっかくお前が頑張って入ったんだから父さんも頑張るさ」
仕送りは、十分過ぎるほどにもらっていた。それこそ、美月にメシを食わせていくらプリンを買ってやったところで生活には困らないくらいには。学生一人には、本当に必要以上の金額だった。
「将来立派になって、そうだなぁ、有名な温泉にでも連れて行っておくれよ。なぁに、父さんの先行投資だと思ってくれればいいさ」
将来、か。将来、将来、将来……。
「……ありがとう。日帰り温泉でもいいかな?」
「おいおい、せめて二泊三日だろう」
「息子にたかるなって」
父さんは、笑ってた。
その優しさが辛くなって、その場から逃げるように自分の部屋に向かった。
狭い階段を上がってすぐのドアを開けると俺の部屋。中学を卒業したときから何も変わらないで残してある。折りたたみのベッドと机。集めていた漫画が並べられている本棚と小さなテレビ。
少しだけ、埃臭かった。
バッグを床に置き、ベッドに座った。
「優しそうな方でした」
美月は俺の横に腰掛けてにっこりと笑う。
「あの母さんだからな。父さんみたいな人でバランスが取れてるんだろ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
「父さんの部屋、すごい匂いだっただろ。よく平気だったな」
「入ってすぐ嗅覚を遮断しましたからね。まともにあの中にいたら発狂しますよ」
うげーっと舌を出しながら言う。何でもありだよな。でも、それくらい強烈な匂いだったってことか。
美月は興味深そうに部屋中を見回して、探索を始めた。お前は女子中学生レベルか。特に面白いものも置いていないので美月は放置。と思ったら小中学校の卒業アルバムを発見された。小学校の卒業写真の俺と目の前の俺を見比べてにやにやとうすら笑みを浮かべる。
「この頃は素直そうで可愛いのにそれが今じゃ……」
そんなことを言った美月にアルバムの角アタック。頭を押さえて転がり回る美月が実に滑稽だ。愉快だ。わーははは。その転がる音に合わせて、階段を駆け上がって来る慌ただしい音が聞こえた。
そして勢い良く部屋のドアが開けられる。
「お兄ちゃん!」
妹の小夜が部屋に入って来るなり俺の胸に飛び込んできた。そのままベッドに押し倒される。
「こ、こら、小夜やめろって」
「うにゅーん。お兄ちゃんの匂い」
小夜は昔っから俺にべったりで、今の高校に行くと言った時には泣きつかれて大変だった。前に会った時は肩くらいまでだった髪だけど、今は少し伸びてポニーテールを作っていた。頬ずりをして、その度に頭の尻尾が左右に揺れる。
「お前ももう中学生なんだから、こういうことはよしなさいって」
「やーだー。お兄ちゃんたまにしか帰って来ないんだからぁ。小夜寂しいんだよ?」
まったく、まだまだ子供だな。
小夜は父さん似でいつも朗らかに笑っている。今年中学に上がったばかりで見た目はまだまだ小学生。小柄な体に乗っかられても重さはそれほど感じない。可愛い妹だ。
「プリン買ってきてるからお食べ。チビモの裏のプリン、好きだっただろ?」
「ほんと? お兄ちゃん大好きぃ!」
ふふふ、可愛い奴め。
小夜の頭を撫でていると、美月がしらけた目で覗き込んでいた。
「妹萌えはないと言っていたはずなんですけどねぇ」
違う、違うぞ。これは断じて妹萌えなどではない。妹萌えは妹がいない奴が抱く幻想に過ぎないのだ。でも、まぁ、小夜なら……。いやいや、俺は純粋に妹を大事にしているだけだ。
「お兄ちゃん、プリン食べよ?」
「あ、ああ。持ってきてやるから」
「うん!」「はい!」
一瞬、俺の時が凍った。俺は小夜にどけてもらい、美月の腕を取った。
(お前も来い。小夜の前で食べるわけにはいかないだろ)
(わかりましたぁ!)
おぉ、従順美月の復活だ。敬礼までして。どこまでも待ち焦がれたプリンだからなぁ。
小夜を部屋に残し、階段の下にある冷蔵庫に向かう。
そこで緊急事態発生。
冷蔵庫を開けるとプリンが入った箱があった。箱を手に取り違和感。軽い……。俺の分は美月の分として四つ入っていたからそこそこ重量はあった。
恐る恐る箱の中を覗くとプリンが一つ。現実を疑いつつ冷や汗。
あ、あいつ……!
「母さん!」
居間のテーブルにはプリンの空が三つ、ピラミッドが作られていた。
「何よ、騒々しい。ドラマの再放送今いいところなんだから」
散々文句言っていたくせに三つも食いやがって! ドラマ? こっちはあんたのおかげでサスペンスドラマのの被害者になりそうだ!
「何で三つも食ってんだよ!」
「うっさいわねー。言われた通り全部食べてないでしょ。残りは小夜ちゃんの分。どうせあんたも父さんも食べないんだから」
迂闊……迂闊過ぎた。まさかこうも早くプリンが処理されてしまうとは。
俺は返す言葉も見つからず、まわれ右をしてとことこ歩き階段の下に立った。
「さて質問です。そのプリンを食べるのは一体誰なのでしょう?」
素敵な笑顔だった。
「こ、これはだな、美月、その……」
「あなたにとって苦渋の決断でしょう。可愛い妹にプリンがあると言った手前、持って行かないわけにはいかない。でも、だけれども、だとしても! 私もこの時をずっと待っていた! そのプリンのために黒ゴマ一粒噛み締めて耐えた昼飯どき! それも全てはそのプリンのため!」
ズバッと、プリンを指差して言い放った。
「さぁ、渡してもらいましょうか」
美月は獲物を狩る鷹のごとく目を光らせ迫る。それに合わせて俺が一歩引いた。
「す、すまん!」
「あっ!」
俺は今までで最高の速さで階段の駆け上がった。
「小夜! プリンだ!」
「お、お兄ちゃん?」
「ぷ、プリンを……」
俺の体は美月の特殊能力によってすでに動きを封じられている。きょとんとしていた小夜は戸惑いながらもプリンを手に取り、蓋を開けて、
「いただきまーす」
可愛い口を開けてプリンを頬張った。ふぅ、任務完了だ。
「待ったぁ!」
美月が叫ぶがすでに時遅し。小夜は「おいしい」とにこやかに二口目を放り入れた。
美月はそれを見て「あ……あ……」と驚愕と共に震え、
「嗚呼ッ……!」
嗚咽とともに糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。
そ、そんなにか? 楽しみにしていたとは思うけど、この世の終わりのような顔をして……。
いつの間にか美月の特殊能力は解けていて、俺はうなだれる美月の肩に触れた。
(美月、美月!)
(……なん……ですか……?)
い、今にも死にそうな声だ。
(わ、悪かった。だけどほら、小夜を見てくれ)
美月はおもむろに重そうに顔を上げた。おぅ、号泣だ。声も出せぬほどショックだったのか目に光がなく、涙だけが止めどなく溢れていた。俺は初めて美月に心底悪い事をしたと思った。いやもう、見ていられないくらいに悲惨な泣き顔で。
(小夜さんが……どうか……したの……ですか?)
(小夜の笑顔を見てくれ。まるでこの世の人全てが救われるような笑顔だろ? お前のおかげなんだ。心から礼を言うよ)
(私の……おかげ?)
美月は小夜の顔を見て、呆けた顔で不思議そうに呟いた。
(そ、そうだぞ。美月が小夜を幸せにしてやったと言っても過言じゃない)
(わ、私が人を幸せに?)
嬉しそうにプリンを食べる小夜を、美月は顔を赤らめてぼーっと見ていた。
う、うん、微妙な罪悪感があるが間違いじゃないよな、よな?
(初めてです。こんな、暖かい気持ちは……)
そっか、こいつ……。
(……誰かのために何かをして、それで喜んでくれたんならそんな気持ちになるんだよ)
(素敵な……気持ちです)
胸に手を当てて呟いた美月の表情は、小夜の幸せそうな顔とそっくりだった。
「お兄ちゃん、何見てるの?」
小夜の頭を撫でると「うにゅーん」と嬉しそうに笑う。
美月が今感じているような、暖かい気持ちになることなんて最初で最後なのかもしれない。だって、美月に干渉できる人間は俺だけなのだから。今回は偶然だ。本当は誤魔化したことなんだし。美月が俺のために何かをすることなんて……ない。うん、まず、ないな。
「おいしかったぁ」
小夜はプリンの容器にティッシュを詰め、ゴミ箱に投げ入れた。
その時、俺は見てしまった。美月の目の色が変わるのを。そして、異質な空気が流れ出したのを感じ始めた。
「わ、私の……プリン……」
さっきとは違う意味で目に光がない。
「わ、私のぉ! プリンーーーーーーーーーー!」
こ、こいついきなりキレやがった!
いかんぞいかん! このままでは直接的ではないにしろ小夜に被害が及ぶ恐れがある。
「さ、小夜、母さんに夕食の時間を聞いてきてくれるか?」
「うん!」
よ、よし、小夜は避難させた。さてどうしよう。
美月はおたけびを上げるがごとく「プリンー!」と叫んでいる。
プリンを今から買いに行く事は簡単だ。しかし、あそこのプリンがこの土曜という休日に売れ残っている可能性は皆無。行ってプリンがなければ店先で暴れかねない。
「み、美月落ち着け!」
「ウオオオオオオォォ!」
ああ、まるで違う生き物のようだ。心なしか目から光が出て口から煙のようなものが出ている気が……。
何かないか、何か……。とにかく、何か餌を与えなければ、巨大猿にでも変身してしまうかもしれん。
「ち、ちょっと待ってろ!」
俺は階段を駆け下り、冷蔵庫を開けた。中を見てみるものの、飲み物や食材ばかりでプリンの代わりになるようなめぼしいものは見つからない。次に冷凍庫を開ける。氷と冷凍食品が多数。だけどそこで見つけた。夏場にはいつも買い置きしてある、チューブアイス。残り一本。色からして、オレンジ味。
俺はおれを握り締めて部屋に戻り、不可視のエネルギーを放ちながらおたけびを上げる美月の頬にそれを当てた。それが美月の動きをピタリと止めた。
「はぁ……はぁ……あ、アイスだ」
美月はぷるぷる震えながら「おぉ……」と感嘆の声を上げアイスを掴みかぶりついた。
「……カタイ。オイシクナイ」
「馬鹿。真ん中から割って食べるんだよ」
俺がアイスを割って半分を美月に渡すと、すぐさまガジガジとかじりつく。ほんとに獣だな。女の子らしさが微塵も感じられない。
「つ、冷たい! おいしいです!」
やっと目に光が戻り、表情も柔らかくなった。
「半分もらうぞ」
美月は今にも飛び掛かりそうな勢いで俺が持つアイスに目を光らせたが、「プリンは明日の帰りにな」と言えば目をとろ~んとにへら笑いを浮かべる。マジで子供の相手をしているようだ。物で釣られるところなんてそうだろ。食べ物だから動物の方が近いかな。
「お兄ちゃーん!」
一階から小夜が叫んだ。そういえば、夕食の時間を聞くように言ってたな。
「はーい」
部屋のドアから顔だけ覗かせて返事をする。
「お母さんが下りてきなさいってー」
あー……何だよ面倒くさい。母さんのおかげで大変だったってのに。また面倒事か?
アイスを急いで食べ終えて下りて行くと、母さんはキッチンに立っていた。
「夕食の支度、手伝いなさい。あんたのおかげで一人分余計に作るんだから」
一人分増えても手間は変わらんだろうに。人使いが荒いな。ったく。
「何すればいい?」
「お米研いで。そのあと皿うどん作ってお味噌汁。あとは軽くサラダ」
「ってそれ全部俺任せだろ!」
「あたしは茶碗蒸し。火加減命なのよ」
何が火加減命だ。ただ楽したいだけだろうに。
「たまには親孝行なさい」
親孝行……。母さんは冗談のつもりだっただろうけれど、その言葉が胸に突き刺さった。今まで親孝行らしいことをした記憶はない。そうなんだ、こんな母さんでも今まで俺を育ててくれた。今では母さんよりも背が伸びて料理だってできるようになった。
「ったく、わかったよ。茶碗蒸しは作り方わからないけど、他は全部やるから」
母さんはしかめっ面で、
「あら、どういう風の吹きまわし? お小遣いならあげないわよ?」
「違うって。……お、親孝行だから……」
カアアッと体中の血液が顔に集まる。言って照れ臭くなった。
「ぷっ……! あっははは! あ、あんたが親孝行!? 天変地異の前触れだわ!」
「わ、笑うなよ!」
「だってまさか……! あっはははははっ!」
「笑うなって! あっち行ってろ!」
「はいはい。あっはは……顔真っ赤よ。ゆでダコ追加かしらね」
「ぐっ……! う、うるさい!」
「あー怖い怖い。それじゃ、頼んだわよ」
くっそ……。やっぱ言うんじゃなかったかな。
慣れない四人分の食事の用意。けっこう時間がかかってしまった。
「母さん、交代」
言われていた夕飯四人分を作り上げ、あとは母さんの茶碗蒸しを残すだけ。
「あら、上手ね。さすがに一年も一人暮らしだとこれくらいできるようになるのかしらね」
母さんは珍しく感心しつつ出来上がった料理を眺めていた。全てバッチリだ!
仕送りは十分だったし、食費を抑えようと自炊をしていたわけじゃない。ただ外食もコンビニも飽きがきて、自分で食べたいものを作るようになっただけだ。作ることは別に苦じゃなかった。だけど好きってわけでもなくて、ただ単に、生活の一部だった。
「茶碗蒸しは?」
「ああ、買ってきてるのがあるわよ」
……何? 聞き間違いか? 買い置きがあるだと?
「さ、夕飯にするから二人を呼んできてちょうだい」
こ、このやろう……!
まぁ、でも、最後の親孝行だ。これでいいのかもしれない。
いまだジオラマの修繕作業をしていた父さんと、何故か俺の部屋で宿題をしていた小夜を呼び、久しぶりに家族四人で食卓を囲んだ。
テーブルには大皿に盛られた皿うどん(パリパリ麺)とサラダ。あとは一人一人にご飯と味噌汁。茶碗蒸しは俺以外の三人分。全員が愛用の茶碗と愛用の箸を使っていた。
「さあ、たーんとお食べ」
自分が作ったかのように言うなよ、母さん。
「おっ、今日のシェフは渉だな?」
夕食時まで半裸の父さんが味噌汁の飲んで閃いたように言った。
「どうかな、ダシから取ったのは久しぶりだから……」
「うん、母さんの味に良く似てる」
母さんはふんっ、と鼻を鳴らして「まだまだよ」と笑う。小夜は「お兄ちゃんおいしいよ」と皿うどんを食べながらにんまり笑っていた。
父さんも、母さんも、小夜も、みんな笑って食卓を囲む。そう、俺の家族はこういう感じだった。温かい、幸せな家庭なんだ。
この中から、俺が消えてしまうんだよな。
母さん、泣くかな? 父さんにはここぞとばかりに怒られそうだ。小夜は泣いて泣いて、泣き疲れるまで泣いてしまうだろうな。
ごめんな、小夜。
ごめん。父さん、母さん。
「お兄ちゃん、食べないの?」
「あっ、ああ、食うぞ、食うぞー。うまいだろ? 今日のメシは」
「あんた、何泣いてんのよ」
母さんに言われて目元を拭うと、しっとりと指先が濡れた。
「さ、皿うどんの麺が口ん中に刺さったんだよ」
「痛そう。お兄ちゃん大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。ほら、食べよう」
ダメだな、笑わないとって思う程、気持ちは逆に沈んで行く。
「片付けも俺がやるよ」
食事を終えて、母さんが食器を下げようと重い腰を上げていた。
「そこまでいくと気持ち悪いわよ?」
「金輪際やらないかもしれないぞ?」
「それもそうね。しっかり働きなさい」
やれやれといった様子で、母さんは腰を落ち着けた。
「お兄ちゃん、小夜もするー」
「そうか。じゃあ一緒にやろうな」
俺が食器を洗って、小夜が一所懸命食器を運ぶ。
「小夜はお手伝い好きなんだなー」
「お兄ちゃんと一緒だもん」
良い子だなー、と俺は笑顔を作っていた。
「ね、ね、お兄ちゃん、夏休みはずっとこっちにいるんだよねー?」
俺はすぐに答えられなかった。どう答えるべきか迷ってしまった。小夜が、あまりにも無垢な笑顔を向けてくるから嘘をつける気がしなかったんだ。
「いるよ」
俺にとって、重くて、これ以上ないくらいの、嘘だった。
「やったぁ! また海行こうね。川でもいいなぁ。それでスイカ割り! お兄ちゃん頑張って持ってってね? 明日美お姉ちゃんも一緒に! あっ、でも宿題いっぱい出るかもだから、わからないところとか手伝ってね!」
…………やっべー。俺、今どんな顔してるんだろ。ちゃんと笑えてるんだろうか。
「小夜……」
次の言葉が続かず、追い払うように「お風呂に入っておいで」と小夜を遠ざけた。嬉しそうに風呂場に向かう小夜を見送って、食器を洗い続ける。
「お皿、割っちゃわないようにして下さいね」
美月が、俺の顔を見ないようにして言った。また自然に流れ出した涙を、袖口で拭った。なんとなくだけれど、美月は優しそうな目で、食卓の風景を眺めていたんだ。
視界がぼやける中で、食器を割って母さんからの大目玉なんて、それもいいかもしれない。小夜の箸に描かれていたアニメのキャラクターが消えかかっていた。今度新しい箸を見に行こうかと思っても、もう、俺はそれを小夜に渡すことはできない。
嫌なもんだな、死ぬのがわかってるっていうのも。だけど、できるだけ笑っていようと思う。
まだいいだろ。
俺の勝手かもしれないけれど、家族が泣くのは、もう少しあとでいい。
ちゃぷん、風呂場の天井から、浴槽に水滴が落ちた。久しぶりの実家の風呂はゆずの香りだ。
「いい家族ですね」
「美月、毎度のことだけど、一人で入る風呂なのに前を隠さないといけないのはどうかと思うんだ」
「私は気になりませんけど?」
お湯に浸かる俺を、美月は立って見下ろしていた。
「俺のために気にしてくれ。それに風呂場にいるのにその服は変だ」
「脱ぎま――」
「出てけ」
「それはできません。見ているから変なのでしょう。私も入ります」
美月が服を来たまま浴槽に入ってくる。ただでさえ狭いのに。それに、お湯が溢れるもののゴスロリ衣装が濡れている様子はない。
「便利でしょう?」
俺がゴスロリ服を見ていると、服をひらひら見せながら笑う。
何と言うか、お湯に浸かっているのに服が濡れていないんだから不思議で奇妙。そういえば、雨にも濡れていなかった気がする。じゃあ何でこの前は裸だったんだよ。いや、思い出すな。意識してしまう。
年頃の男女が混浴なんて、普通なら胸躍るシチュエーションなんだろうけどな。
「何て言うか、残念」
「だから脱ごうかと……」
「とりあえずこっから出ろ」
無理矢理に、美月を浴槽から追い出した。
「まったく、文句の多い人です」
頼むから普通に風呂に入らせてくれ。
美月は風呂場の出入り口を向いてちょこんと座った。幾分かはマシだ。
「でも、その調子だと、大丈夫そうですね」
「ははっ、なんだ、お前のせいで死んでしまうのに俺の心配か?」
「別に心配など……。それに断っておきますがあなたを選んだのは私ではありませんからね。私が悪いわけではありません」
「今度は弁解か? ほんとに変わった死神様だ」
「そういうことだと言っているだけです。私だって、申し訳ないと思ってますよ」
……は? 申し訳ない?
「いまさらだろ。そんなことはロードを起動させる前に思って欲しいもんだ」
「たしかに、いまさらですね。少しだけですけれど、あなたの涙のわけが理解できました。悲しみを。あのときの私は何も知らなかった」
「なら最初っから知っていれば、こんなことにはならなかったとでも言うのか?」
「そうですね……いえ、どちらにしろ……」
「ま、そうだろうな。俺もいまさらこんなこと言っても仕方ないんだけどな」
お互いにしばらくの沈黙のあと、風呂場にはちゃぷん、とお湯の立てる音が響いた。
「大丈夫、なんてことは、ないんだよ」
言えば、負ける気がした。言えば、崩れてしまう気がした。何もかもが。
死ぬことが怖くないわけがない。
「実感……した」
「え?」
「改めて自分の親と、妹、家族を前にして。俺も含めて、家族なんだよ。正直、普通にしようとすることは、辛い。無理矢理に笑うのは辛いよ。だけどさ、最後の時間なんだから、嫌な空気で別れたくないんだ。何してんだとも思うよ。もっと他にすることがあるんじゃないかって。でも、そんなのわからないよな。あまりにも短かったから」
死ぬっていうことを、実感した気がした。
「……すみません」
……こいつがここまで素直に謝るなんてな。
「いーよ、別に」
「私を恨まないのですか?」
「お前が悪いわけじゃないんだろ?」
「そう言いましたが、ロードを起動させたのは私ですし……」
「じゃあ、やっぱりお前のせいだな」
「うっ……は、はい……」
顔は見えないものの、明らかに落ち込んでいる様がよくわかる。
「本当に、変な死神様だ」
「…………」
「十分に、人間らしいよ」
小夜は早々に寝てしまい、父さんは相変わらず、母さんはテレビを見ていたので自室のベッドに横になった。美月は、おとなしく座っている。風呂場でも会話が堪えたんだろうか。
美月に話しかけても、テレビをつけても、こいつはぼーっとしたままだった。
そんなあからさまに落ち込まれたらこっちが気を遣うっつーの。
「あー……その、気にするなよ。お前のせいだとは思ってないからさ。それにさっきも言った通り、いまさらだし。落ち込んでたってしょうがないだろ?」
美月は俺の方を見て、訝しげに眉を吊り上げた。
「そんなことはどうでもいいのです」
そうそう、そんなのどうでも……なんだって?
「お前、今どうでもいいって言ったか?」
さすがにどうでもはよくないぞ。
「私が考えていたのはあの皿うどんというもののことです。とろりとした餡にパリパリと歯応えの良さそうな麺。なぜ私の分がなかったのですか」
……にゃろう。また食いもんのことか。たしかに俺の勘違いだったけどよ。
「作ってやらんでもない」
「えっ! 本当ですか!?」
見たことか満面の笑み。
「しかしそれだと明日のプリンはない。どちらか選べ」
美月は呆気に取られた顔をしたあと頭を抱えてうずくまった。そして「うーんうーん」と人生の岐路に立たされているかのように悩む。
「一晩中やってろ。俺は寝るからな」
明日は、小夜と遊んでやろう。
それにしても美月が申し訳ないと思っていたことには正直驚いた。目の前のこいつを見ると本当にそうなのか疑ってしまうけれど。風呂場でも美月は、たしかに落ち込んでいたからな。
そしてやっぱり、美月も可哀想な奴だと思う。死神っていっても、笑って、泣いて、怒って、喜んで、人間そのものじゃないか。そして、外も内も女の子だ。
神様か閻魔様か知らないけれど、上の世界ってのも、残酷なんだな。
四日が過ぎた。
本日は記録、報告共に不可能な状況に陥る。




