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三日目

「起きて下さい。七時ですよ」

 今日は目覚まし時計じゃなく美月に起こされた。なぜならば美月の奴が俺の目覚まし時計を壊しやがったからだ。昨日あの後、テレビに見はまっていた美月は、とあるダンスユニットのダンスを見よう見真似で踊り、その際に、狙ったかのようなソバットが目覚まし時計にヒット。目覚ましは望んでもいないダイブを余儀なくされ、壁に激突。その肢体は砕け散り、「ジリン」と最後の言葉を残して逝ってしまった。ベッドの片隅には形見のベルが寂しく置かれている。

「はぁ……」

 それを見て大きく溜息を漏らした。

「き、今日もいい天気ですよぉ?」

 美月はカーテンを開けるが外は俺の心の涙が形となって現れていた。

「雨だな」

「と、時計ならここに」

 今度はロードを突きつける。

「俺の命が減ってる……」

「あ……ち、朝食でも作りましょうか!」

「昨日全部使っちまったよ」

「そうだっ! テレビで明るいニュースでも!」

『大変ですっ! 世界大恐慌が訪れる可能性が出て来ました! 繰り返します! 世界大――』

 プツッとな。

「俺の命の前に世界が終わるかもな」

 それならっ! と美月は部屋中で慌ただしく何かを探していた。

「いーよ。壊れちまったもんは仕方ないし」

 美月はしゅん、とうなだれる。申し訳ないとでも思ってるのか? わがままの限りは尽くすのに。

 構っていたらまた学校まで走ることになるので早々に支度する。雨も降ってるし。

 行き掛けのコンビニでパンをプリンを買い、美月にプリンを渡すと「えへへ」と幼さを強調させて笑う。そんな顔されると憎めないんだよなぁ。

 そして登校中、見たくもなかったが猫が車に轢かれた死骸を見てしまった。目玉が飛び出て、頭は原型を全く留めないくらいに潰されていた。そこから目を逸らし、歩き出したところで、ふと思った。

「なぁ、俺って、どんな死に方するんだ?」

 一応傘の中で隣を歩いていた美月は足を止め、少しだけ間が空いたあと、答えた。

「……わかりません」

 感情の込められていない声だった。

 自分の死に方がわかっているのなら、ある程度覚悟できるかもと思っていたけれど。猫には悪いが、あんな死に方はしたくないな。

 考えると、悪寒が走った。考えるまい、自分の死に際のことなんて。



 今日は池田にいろいろ聞かれることもなく、ごくごく普通に一日が始まった。

 ただ、美月の様子が少しおかしかった。妙におとなしい。授業中もずっと何かを考えて、いや、悩んでいるようにも見えた。そのおかげで先生によそ見をするなと怒られてしまったけれど。

 でも、なんとなく気になったんだ。

 結局美月は午前中には話しかけてくることはなく、どこを見ているのかわからないような、ぼーっとした目をしていた。

 それは、昼休みを迎えても変わらなかった。

「わーたーるー!」

 昼休み、池田を昼食を食べていたところに天使のスマイル明日美がやって来た。

 そうだ、美月のことなんかより明日美のことを考えないと。残された時間だって限られているんだから。

「昨日、一人で『ルブラン』に行ったんだってー?」

 明日美は腰に両手を当て、栗色の髪を揺らし眉をひそめて言った。不満そうだ。

「行くなら誘ってくれてもよかったのにー」

 言いたくても言えないもどかしさを感じたけれど、やっぱり話すわけにはいかず「衝動的に」なんて下手な誤魔化しをするしかなかった。

「ね、今日も行かない?」

 これは嬉しいお誘い。今度は俺が奢ってやらないとな。なんて思いながら、

「あ……いや……」

 俺は『もちろん』そう言うつもりだったのに何を口籠ってるんだ。さぁ、言うんだ。

「今日はちょっと……」

 おいおい、どうして俺は断るようなこと口走ってるんだ? 美月と同じで俺までおかしくなっちまったのか?

「え? 何か用事?」

「ちょっと寄るところがあって……」

 話してるのは俺か? 俺なのか? 怪奇現象だ。断る理由なんて何もないだろうが。

 美月が何か悪戯しているものと思って美月を見るものの、相変わらずぼーっとしていて何か力を使っている様子はない。

「そっか、じゃあまた今度ね」

 えっ、ちょっと待っ……。

 それは言葉としては出て来ず、明日美は残念そうに戻って行った。

 何やってるんだよ。自分が信じられない。寄るところは精神病院か?

「珍しい。何の用事?」

 池田が物珍しそうに聞いてくる。「ちょっとな」そう答えるしかできなかった。

 雨のおかげで湿気を含む暑さがジメジメと鬱陶しくあるものの頭がおかしくなるような暑さじゃない。俺は顔を洗って気持ちを落ち着かせようとトイレに向かった。

 誰もいないトイレ。そこで数時間ぶりとなる美月の声を聞いた。

「明日美さんのお誘いを断るほどの用事とは?」

「……用事なんてない」

 言いようのない気持ちだった。でも、声は落ち着いていた。後ろの美月はまた指を唇に当てているのか、気になって振り返ると、そうじゃなかった。

 美月は俺の気持ちのように何とも言えない表情をしていた。困惑、というのが一番近いだろうか。美月は、ただぼーっと立ち尽くしていた。

「なぁ、今日のお前おかしいぞ?」

「そうです、私、おかしいのです」

「ん、そ、そうだろ? いつもなら例の癖でも飛び出しているハズなんだけどな」

 美月は俺を見上げたが、その目は本当に俺を見ているのかわからなかった。

「私は……」

 美月のか細い声は、男子生徒三人の談笑の声によってかき消された。俺は慌ててトイレを出て教室に戻る。それからは池田が放課後の予定を興味津々で聞いてきたので、美月と話しをすることが出来なかった。

 授業中に話せばいいかと思っていれば、手が届く範囲に美月がいなくて、落ち着いて話せるときは結局放課後になってしまった。



 雨は上がり、アスファルトが夏の独特な雨の匂いを醸し出す中、俺と美月はとぼとぼと帰路についていた。

 なんだかなぁ。昨日までの美月ならパフェだのプリンだの騒いでいたと思うんだけれど、こう、一言も話さないままついて来られると気持ち悪いと言うか落ち着かないと言うか。二人だけの空間で無言っていうのは騒がしいよりもいたたまれない。

 そろそろ人通りも少なくなる住宅地で、俺は口を開いた。

「今日一日、一体どうしたんだ?」

 足並みを美月に合わせて、歩きながら聞いた。

「……わからないのです」

 わからないって、俺と同じ症状か? 伝染病だな。人間用と死神用のワクチンが必要だ。

「あなたの最後が」

 そこで美月は俺を見つめた。とても真剣で、俺は足を止めてしまう。

「俺の……最後?」

「そうです。何故今まで気がつかなかったのか」

「意味がよくわからないんだけど」

 たしかに今朝わからないって言っていたな。それで何に気がついたんだって?

 俺が聞くより先に、美月は真剣な眼差しはそのままで話し出した。

「あなたの最後がわからないというのがおかしいのです」

 わからないことがおかしい? つまり、わからないといけないってことか。美月は俺の最後を知っていなければならないと?

「人の寿命は生まれた時にすでに決まっています。それはどんな方法を用いたとしても変えられません」

 それが何の関係があるというんだ?

「我々の仕事はどういう仕事だと思いますか?」

「そりゃ死神って言うくらいだから、人を殺すことなんじゃないのか?」

「間違いではありませんが、正確には〝肉体〟と〝ゼン〟を切り離すことです」

「〝ゼン〟?」

「あなた方の言う魂と呼ばれるものが〝ゼン〟に当たります。〝ゼン〟というのは生命エネルギー、すなわち、肉体の原動力です。それが〝ゼン〟が肉体を離れることによって、この世において『死』を迎えたこととなるのです」

 だから何を言いたいんだ? 死神様のことを説明してんのか?

「人間が認識している『死』を肉体が迎えたあと、我々が本当の『死』を与えるのです」

「美月、懇切丁寧に説明してくれているところ悪いが、まるで話しが見えないんだけど」

 美月は思いっきり顔をしかめて大きな溜息をついた。

「つまり、我々は人殺しなんて人聞きの悪いことをしているわけではないと」

「う、うん。まぁ聞く限りはそうだな」

「…………」沈黙。

「…………」沈黙返し。

「今はそういう話しじゃないでしょう!」

「お前が結論づけたんだろうが!」

 思わず叫んでしまった。子連れの奥さまがお子様に「見ちゃだめよ」の定型文。変なのは美月なんです! って言ってもわかってもらえないんだもんなぁ。

 美月はやれやれと首を横に数回振って、続きを話し出した。

「肉体から〝ゼン〟を切り離す時、我々はその場にいなければなりません。そのためには肉体がどこでどうやって最後を迎えるか事前に知っておく必要があるのです。それは私とて例外ではありません。だから私にはあなたの最後が見えないといけないハズなのです」

 なるほど、俺からその〝ゼン〟を切り離さないといけないから美月には俺の最後がわからないとおかしいと。

「どうやって最後のことを知るんだ?」

「頭に流れ込んでくるハズです」

 便利な機能だな。でも、何かさっきから違和感がある。なんとなく、はっきりしないで、曖昧で。ハズってなんだよ。自分の仕事のことくらいはっきりわからないと……て、仕事?

 …………そうか。

「美月、お前の仕事はなんなんだ?」

「何をいまさら。私はあなたの観察役と言ったでしょう」

「それだけか?」

「そうです。私の仕事はそれだけ…………あっ」

 美月は猫が驚いたときのように目を大きく見開き、すぐに考え込むようにうつむいた。

「いや……しかし……一人の人間に我々が二個体もつくなど……」

「ありえないって?」

「その……ハズです……」

 美月は自信なさげに弱々しく口にした。

「さっき言ってたよな。寿命はどんなことしても変わらないって。なら、お前の持ってるロードはどうなんだよ。俺の寿命を無理矢理縮めたんじゃないのか?」

「そういうことになりますが……」

「なら例外ってことだろ。俺もお前も。何を悩んでいたのか知らんがそれだけのことだろ」

「そんな単純に……」

「俺にとっちゃありえないことが起きてるんだ。そっち側でありえないことが起きても不思議には思わないけどな」

 美月はしばらく考える素振りを見せる。単純ならそれでいいさ。美月がここにいること自体が大きな不思議だ。これ以上驚くことはないし。

「あなたは単純でいいですね。そういうことにしておきましょう」

 美月は相好を崩して、小さく笑った。

 何の解決にもなってないんだろうけど、とりあえずの一件落着。

 何となくほっと胸を撫で下ろし、コンビニでプリンを一つ。美月は無邪気に笑いながらそれを食べ終わると、指を立てて「もう一つ」。俺も気分がスッキリしていたせいか、ついついもう一つ買ってやった。

「あなたは不思議な人です」

 プリンを頬張りながら、美月は自分の常套句を吐いた。

「唐突だな。単純なことか?」

「認めるんですね?」

「違っ……! 何なんだよ……」

 美月は目を細めて、ニヒルな笑みを浮かべて言う。

「私なんかに構ってないで、明日美さんと『ルブラン』に行けばよかったのに」

「は? 誰がお前なんかに構って……」

 ……お、おいおいマジかよ。美月の言葉を心底否定できない。落ち着いて考えろ。どうして俺はここにいる。本来なら明日美と放課後デートをしていて、美月がパフェ食べたいって駄々をこねるのを必死でなだめていたハズだ。

 それがどうした。今いるのはいつものコンビニ前で、目の前には嬉しそうにプリンを頬張っている美月。昼休みに明日美の誘いをどういうわけか断って、美月と話さないとって思いながら話せないまま放課後になって。『私なんかに構ってないで』だと?

 美月の言葉が正しいってのか? はは、いやまさか……。

「どうしました?」

 美月の唇に指を当てる癖を見て、自分でも気がつかないうちに笑っていた。

 本当はわかってたんだ。この清々しい気分。今なら明日美の誘いを断ったりはしないだろう。

 美月を放っておけなかった。だけど、断じて認めたくなかった。だってこれじゃ、まるで美月のことを大切にしてるみたいじゃないか。

 こんな、出会って間もない、最大の不幸をもたらした美月のことなんて……。



 スーパーで食材の買い物を済ませ、家に着くなりベッドに倒れ込んだ。今になって明日美の誘いを断った後悔の念が波のように引いては押し寄せる。

「はぁ……」

「と、時計の代わりは私がしますから」

 俺の視線の先には目覚まし時計の形見が置かれていた。

「それはいいんだよ」

「明日美さんのことなら明日にでも」

「明日も明後日も学校休み」

 そう土日の連休だ。週休二日制が有難迷惑。予定はしっかりあるんだけど。

「休みならなおさら一日デートできるじゃないですかぁ」

「そうだな。タイムリミットがかけられてなけりゃあな」

「それは……明日美さんとのこと以外にも大切なことが?」

 さすがに意味はわかるんだな。明日美のこと以外でもやることはある。死ぬことがわかってなかったら、明日美を遊びにでも誘っていたのかもしれないけれど。

「実家に帰るんだよ。学校休みの時くらいしか帰れないからな。最後に顔くらい見せておかないと」

「ついに私とのことご報告に。例え認められなくてもあなたと一緒なら……」

「止めろ。歯止めが効かなくなったかけおちカップルのように言うな。それにお前のことを話して頭がおかしくなったと思われたくない」

「頭は元々おかしいでしょうに」

 そんなことを言った美月に枕アタック。それは見事に美月の顔面にヒット。ざまあみぶぁっ!

 お返しされた。美月はにーんと笑ってほくそ笑んでいる。このくそがき。もういっちょお返し! しようとしたら超能力で体の動きを封じられた。

「てめっ! 卑怯だぞ!」

「ふふ、力を存分に使うことは当然のことですよ。正当防衛です。さぁーて、どう料理して差し上げましょうか」

 ゆっくりと美月が歩み寄ってくる。たかが枕投げなんかに本気になりやがってくそっ!

 またくすぐられるのは嫌だ。あれは地獄の苦しみだ。何とか脱出……ダメだ、全然全く体が言う事を聞かない。こ、このまま好きにされてたまるかってんだ!

「ぷ、プリン!」

 ピタッと、美月の動きが止まった。俺を見上げて、餌を待つ子犬のように尻尾を振る。スカートがひらひらしてるのはほんとに尻尾じゃないよな?

「じ、実家の近くにうまいケーキ屋があるんだけどなぁ。ショックを受けたら場所忘れてしまうかもなぁ」

 ぴくぴくっと、今度は耳が反応する。器用な奴だ。

「ご出発の準備はなんなりとこの美月にお任せ下さい」

 正座して、両手を膝の前に揃えて奥ゆかしく首を傾ける。人間に媚びる死神なんて、なんと滑稽な。

 美月はそれから従順になった。風呂場にも入って来なかったし、晩飯の片付けもしてくれた。いつもこれくらい素直ならいいのに。



 疑問を持ってしまった。

 余計なことを話してしまった。

 食欲というのも、随分と厄介な代物だ。

 我々は高貴なる存在。

 人間に媚びるなど、理解不能な行為だった。

 すでにこの世界に慣れ過ぎているのかもしれない。

 喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、全て不要なものなのだ。

 あってもなくても困らない。

 それが本来の我々なのだ。

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