一日目
目覚まし時計の音で目が覚めると、少し頭痛がした。あまりよく眠れていなかったのか、頭がぼーっとする。
昨日はベッドに倒れてそのまま寝てしまったらしい。きれいにタオルケットを被っていたけど、昨日の出来事はやっぱり夢だったのかな。
「おはようございます」
夢じゃない、よな。
俺は声のした方を振り向くことなく頭を抱え込んだ。
そして違和感を感じる。部屋の中に香ばしい匂いが漂っているのだ。
部屋の中央にあるテーブルに目をやると、トーストと目玉焼き、そしてコーヒーが並べられていた。何故か二人分。
「早く食べないと冷めちゃいますよー。あなたが起きる時間に合わせて作ったのですから」
そこでようやく真夜中にやってきた死神に目を向けた。着てきたゴスロリはそのままでエプロンをつけてキッチンに立ち、そして機嫌良さそうに笑っていた。
「ええーっと、何してるの?」
「ああ、冷蔵庫の中身を使わせてもらいました」
「いや、じゃなくて……」
「先に顔でも洗ってきたらどうですか?」
当惑しているところに笑顔を向けられて、なんだか何も言えないまま洗面所へ向かった。鏡を見るとひどい寝ぐせにうっすらとクマ。自分の顔にげんなりしつつ、顔を洗ってとりあえずテーブルに着いた。「お口に合うかわかりませんけど」と俺と同じようにテーブルに着いて不安そうに俺の顔色を覗う死神。
どういう展開なんだこれは。こいつは一応俺の命を奪いに来たようなもんで、何故そんな奴と朝の食卓を囲まなければならんのだ。
「目玉焼き、お嫌いでしたか?」
うっ……。くそ、そんな潤んだ瞳は反則だ。
「嫌いじゃ……ないけど」
俺がもじもじ目を泳がせていると、死神は「では……」とエプロンをまさぐり黒ぶちメガネを取り出しそれをかけた。そしてちょこんとお辞儀して、
「お召し上がり下さいませ。ご主人さま」
そう言ったあと、にっこり笑った。長い黒髪がはらりと落ちた。
えーっと、これはあれか、メガネメイドのつもりなんだろうか。いや、絶対そうだ。俺に何と言って欲しいんだ。
「あ、あの……」
「やはり服もメイド服の方がよかったですか?」
「いやいや、そういう問題じゃなくて何してんの?」
「……あなたは不思議な人ですね。私のデータによると大半の人間がこれで『萌え~』と言って転がりまわると……」
随分と不服そうな顔だ。一度そのデータとやらを見せてもらいたいもんだな。
「俺が聞きたいのはどうして朝食の準備をしているのかってこと!」
「私が調理師免許を持っているからです」
「えっ、ちょ、調理師?」
死神の世界にもそんなもんがあるんだ。
「嘘ですよ?」
「……あっそ」
しかし、理由はどうあれ目の前に朝食が用意されてあるのだから頂かない手はない。家で食べる朝食というのも随分久しぶりだな。
いつの間にか、何故こいつと食卓を、なんて思っていたことはすっかり忘れていた。
「あっ、こら。いただきますは?」
俺がトーストに手をつけようとすると、子供をしつけるような目で怒られた。それが何だか気恥かしくて小声で「いただきます」と呟いた。それが本当に怒られている子供のようでまた恥ずかしかったりした。
そしてトーストを一口。カリッという歯ごたえと香ばしさでもう一口と食が進む。
「いかがですか? 目玉焼き」
「うん、まだ食べてないってわかってるよな?」
「乙女心がわかってませんね」
食べてないものをうまいなんて言えばバカにしていることになると思うのは俺だけか? それに乙女心って。たしかに見た目は女の子だけどさ。
「死神なのに腹が減ったりするのか? ちゃっかり自分の分まで作って」
「別に食べなくても平気ですが、この方が雰囲気が出るでしょう?」
死神はそう言って、目玉焼きをトーストの上に乗せて落ちないように器用に食べる。どこか嬉しそうに。第三者からこの光景を見ればそれは仲睦まじい同棲カップルの食事シーンに見えるかもしれない。雰囲気ってそういうこと?
「いったい、何がしたいんだ?」
「私は無から生み出されました。それからここに来るまでの間、いろいろとこの国のことを調べてきました。そして、私も少し人間らしいことがしてみたいと思ったのです。私がこの姿で生み出されたからこそ、こういう感情が沸くのかもしれませんけど」
少し寂しそうな笑みを浮かべながらそう言った。
生み出された、か。まぁ、死神が人間のように生まれるとは思わないけど。昨日も人間離れしたことを見せられて、何もないところから生み出されたなんて聞いても驚きはしない。逆にそれらしい、なんて思う。
それよりも、気になることがあった。
「死神にも、感情があるんだな」
死神は俺を一瞥して、すぐに視線を落とした。
「そうでない者もいます。私はこういう姿ですから。それでも感情というものがはっきりわかるわけではありません」
「他にもいろんな死神が?」
「存在します。私は一億千六百万三千八十九番目に生み出された個体です。ただ、他の個体との面識はありません。今現在、私と同じような存在がどれだけいるのかもわかりません。だから、私はあなたと交わした会話が初めての会話でした。嬉しかったんですよ?」
本当に嬉しそうな満面の笑みを向けられて思わず赤面してしまう。何も知らない、純心無垢なその笑顔は死神というよりむしろ天使のようだった。
調子狂うよな。俺はなに顔赤くしてんだか。
そのまま嬉しそうにエッグトーストを頬張る死神を眺めながら朝食を済ませた。
片付けを済ませ、制服に着替える。夏服の真っ白な開襟シャツにグレーのズボン。女子は同じ色のスカート。鞄を傍らに置いて、一年経ちだいぶ色褪せてきた学生靴を履こうと玄関先に立った。
「では、行きましょうか」
「は? まさか学校までついてくる気か?」
「当たり前です。言ったでしょう。私はあなたを監視するためにやってきたのです」
……そうだった。天使の笑顔に騙されるところだったがこいつは死神なんだ。そして、その死神に憑かれてしまった俺は……死ぬ。
そうだ、そうだよ。俺は死ぬんだった。そんな大事なことが、頭の中からどっか行ってた。こんな時にまで学校なんて行ってる場合なのか? 俺が死ぬまで一週間しかないんだぞ。俺が、死ぬまで……死ぬ?
「う、うわああああああああああっ!」
急に怖ろしくなり、頭を抱えてその場にうずくまった。
きっと死神はどこまで行っても追いかけてくる。逃れられない。どうすればいいんだ。俺はどうすればいいんだ! 夢なら、夢なら覚めてくれよ!
「学校へは行かなくていいのですか?」
現実。こいつが目の前にいることが現実。滲み出る汗。地に足をつけている感覚。息苦しい呼吸。全てが本物。全てが現実。
死神は興味深そうに俺を観察するように見ている。今も震える俺のことを記録してるんだ。こいつらにしたら俺なんてただのモルモット。可哀想にとでも嘲笑ってやがるのか?
そんなの、惨め過ぎるだろ。悔しいだろ。こんな実験でモルモットになるために生まれてきたんじゃない。
観察対象として死ぬ俺。死の恐怖に狂わされていく俺。そんなのゴメンだ。
誰が――誰が思い通りになるもんか!
俺は死神を睨み、立ち上がった。
「学校に行く」
少し目を丸くさせた死神を一瞥して、部屋をあとにした。
俺はこの一週間、何も変わらずに過ごしてやる。実験なんて意味がなかったと思わせてやる。一週間後、突然事故に遭って死ぬ。突然心臓麻痺で死ぬ。突然カミナリに撃たれて死ぬ。俺は突然死んでやる。死の宣告なんてまるで気にしてないように、突然死んでやる。
たとえそれがちっちゃな抵抗だろうとも。
学校へは平坦な道のりを徒歩で十五分。まずはその途中にあるコンビニでパンを買い、表ですぐに食べた。いつもと違ったのは時間が少し遅いから行き掛けに見かける生徒の顔が違うくらいだ。あとはいつも通り。
いつも通りに教室に入り、いつも通りにクラスメイトに挨拶する。いつもの時間に担任が教室に入って来て、いつも通りに出席を取る。ハゲた担任が女子の夏服をいやらしそうに眺めることだっていつも通りだ。何も変わらない。
たった一つを除いて。
一時限目の準備をしようと鞄から教科書を取り出した時、教室に学校生活に不釣り合いな格好をした奴が入って来た。そいつは困ったように右手の人差し指を口に当て、教室内をキョロキョロと見回している。真っ黒いウェーブ髪がゆらゆら揺れる、死神のゴスロリ少女。そいつが教室に現れた。
「な、何してんだ!」
死神に向かって叫ぶと、教室内の視線が一斉に俺に集中する。そんなこともお構いなしに俺はそいつを凝視していた。
「ど、どしたん?」
と隣の席の池田。こいつは一年の時から仲の良い男友達だ。
「お前、あれ見て何も思わないのかよ!」
俺は死神を指差しながら言った。すると指差した先、教室の入口に一番近い席に座っていた南さんが「え? 私?」と自分を指差した。
「南さんがどうかしたん?」
「は? お前、あいつが……」
死神の存在を訴えようとすると、死神は周りの目も気にせずこちらに向かってツカツカと歩いてくる。クラスメイトの視線は相変わらず俺に固定されたままだ。
そしてそいつは、俺の目の前までやってきて、やれやれと、口にした。
「最初に言ったでしょう。人間で我々に干渉できるのはあなただけなのです。周りの人間には私の姿は見えていませんし、この声も聞こえていません」
「なっ……!」
ありえる。こいつなら、そんなことだってありえる。
「おいおい渉、お前大丈夫か? 暑さで頭ん中おかしくなったんじゃないん?」
どうやら本当に池田には見えていないらしい。よく考えればそうか。こんなゴスロリの格好した奴が学校内をうろついていたら騒ぎになるに決まってる。
「授業始まる前に保健室行った方がいいんじゃね? 先生には言っとくから」
友達を気遣う池田のもっともな意見に軽く返事をして、クラスメイトの心配そうな目と変人を見る目に送りだされて教室を出た。
廊下の角を一つ曲がって教室のどよめき声が遠のいたとき、廊下の大きな鏡に目を向けた。足音は二人分。鏡に映るのは俺一人。鏡だけ見て歩いたら足音が襲ってくるようで怖い。
落ち着きを取り戻そうと、顔を洗うためにトイレに寄った。
「どこまでも着いて来る気か?」
「監視役ですから」
またそれか。プライバシーも関係なしかよ。
「いいのですか? 普通に学校にいて」
お前がいること自体普通じゃないって。
「いいんだよ。俺なんか監視してても無駄だぞ。俺は何も変わるつもりはないからな。他の仕事でもしてろよ」
「これが私の唯一の仕事ですから」
ちっ、勝手にしやがれ。
しかしながら監視監視と言って付き纏われるのもおっくうだ。トイレの中にまでくっついてくるんだからな。やっぱり、死神には人間の常識なんて通用しないのか。
「もっと人間らしくしてみたらどうだ? せっかくこっちにいるんだし」
顔を洗って、鏡を見る。死神は映っていないから独り言を言っているようだ。振り返り死神を見ると、少し困ったように人差し指を唇に当てていた。さっきと同じ仕草だけど、困ったらやる癖なんだろうか。
「もっと人間らしく、ですか」
「そう、人間らしく…………お前、名前は?」
「名前……私自身に固有の呼び名はありません。一億千六百万三千八十九番目に生み出されたということくらいしか、私を特定できることはありません」
「それならお前の名前! 名前は……」
生み出されたのが一億……えーと、聞いたばかりなのに全然わからねぇ。名前……。
俺は思いついた、と言うより前から知っていた名前を、あろうことかこいつに。こんな、死の宣告をもたらした奴なんかに。
「お前は『美月』だ。俺はそう呼ぶからな」
「みつ……き……?」
勢いだったのかもしれない。実はやけくそだったのかもしれない。思い通りにはならないと、ただそんな抵抗の一環だった。
「美月……私は美月なのですね」
美月は嬉しそうに名前を呟き、目を細めた。
「別に喜ばせるために名前をつけたんじゃないからな」
「ツンデレですか?」
「本心だ! なんで俺がお前を喜ばせなきゃならん!」
「お前じゃなくて美月と呼んで下さい。そもそもあなたがそう呼ぶと言ったのですから」
こいつ……むかつく。
トイレの中だったから花子にでもすればよかったかな、そんなことを思いつつまた保健室へ足を進め始めた。美月は機嫌良さげに俺の隣を歩いている。
これじゃ本当に喜ばせるために名前をつけたみたいじゃねえか。しかもツンデレとか。
「美月はなんか偏った知識を持ってるよな。ツンデレとか、メイドとか」
「最近の日本の文化についてデータで学んだだけですが?」
「そのデータを否定はしないが間違っていると思うぞ?」
「データを間違いと言う前にあなたの日本語がおかしいでしょう。肯定か否定かどちらかにして下さい。この一週間で日本語を勉強し直したらどうです?」
「…………イラッとした」
「奇遇ですね。私もです。データに間違いはありません」
お互いに足を止め、睨み合い、火花が散った。他人からこの様子を見れば俺が一人でサイコキネシスでも使おうかと念を込めているように見えるかもしれない。そんな傍から見た自分を想像して痛々しくなり、足を進め始めた。
「勝ちました」
後ろでぼそっと呟いた美月に憤慨を覚えたが、自分は大人だと言い聞かせて進む。
保健の先生は留守にしていて、保健室には誰もおらず、患者ノートにクラスと名前を書いてベッドに横になることにした。実際具合も悪くないし風邪を引いているわけでもない。ただちょっと寝不足気味なだけだけど、クラス中に俺がおかしかったことを見られているのでこのまま休んでもよかろう。サボりとでも何でも言ってくれ。
エアコンも程良く効いている保健室独特の静けさと薬品の匂いで気持ちがどこか落ち着き、ベッドに横になると急に眠気が襲ってきた。肌触りの悪いシーツも今は気にならない。
「あの……」
休ませてはくれないのだろうか。
「何だよ、見てわかると思うけど、俺は休もうとしてるんだ」
美月はそれに対して少し口を尖らせたが、姿勢を正して真面目な口調で話し出した。
「お尋ねしたいことがあるのですが」
「早く済ませてくれよ?」
美月は頷いて、不思議そうに聞いてきた。
「何故……私の名前は美月なのですか?」
それは……どうしてだろうな。よりによってこいつなんかに『美月』なんて名前。
「俺が聞きたい」
「……意味がわかりません。もう一度お尋ねします。どうして私の名前は――」
「どうだっていいだろ。特別な意味なんてないよ」
美月の言葉を自分の言葉で遮ると、美月は「そうですか……」と寂しそうに呟いた。
そんな顔されるとこっちが悪いことした気になるじゃないか。理由なんて、本当に何もないんだ。
「そんなに気になるのか?」
「いえ……ただ、人間は名前に意味を持たせるものとありました。『美月』という名前にも意味があるのかと思っていたのですが、私に『美月』と名付けた理由は特になかったのですね。……すみません、少し期待していたようです」
自嘲気味に、寂しそうに笑う美月を見て、思わず胸が締め付けられた。こう、乙女的に言えば、きゅんって感じに。守ってやりたいような、そんなか弱い女の子の表情だった。
「あ……いや……」
そして、不覚にも可愛いって思ってしまった。俺は美月の顔を見ることができず、視線はあてもなく彷徨う。悟られまいと平静を装うが、美月は首を傾げて不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「どうしたの?」
の、の? ご、語尾が変わってますけど美月さん?
また人差し指を唇に当てる仕草でさらに距離を詰めてくる。どうにかすると鼻先が触れてしまう距離まで俺と美月の顔が近付いた。
こいつ、まつ毛長いな。死神のくせに、女の子のいい匂いがする。
「ねぇ、顔真っ赤だよ?」
な、ななな何だこれは! そんなに可愛く言わないでくれ!
このままだと俺は……俺は……!
その華奢な体を抱きしめようかと肩に力が入って、
「お兄ちゃん」
と呼ばれて一気に力が抜けた。
お兄ちゃんって、こいつまた……。
「美月、俺には確かに可愛い妹がいてそれなりに大事にしているつもりだ。がしかし、俺の中に妹萌えという概念は存在しない」
「……本当に面倒くさい人ですね」
「何でこんな唐突にそんな要素を絡めてくるんだよ!」
「お礼ですよ。名前の。萌えたでしょう?」
美月は揶揄するようにくすくすと笑う。たしかに最後の〝お兄ちゃん〟さえなければ……いやいや自制できたはずさ。
「もういいだろ。昨日あんまり眠れてないんだから休ませてくれよ」
「暇ですよね、私」
「知るか」
美月に背を向けて毛布にくるまりそのまま目を閉じた。
「名前、ありがとうございました」
その言葉に少し反応してしまったが、毛布から片手だけを出してヒラヒラと手を振り返事をした。直接見ちゃいないが美月は笑っていたような気がする。
目が覚めたのは何度目かわからない学校の鐘が鳴ったとき。随分時間が経っていたのか保健室に差し込む日射しの加減がだいぶ変わっていた。エアコンの効いている保健室の中でも汗ばむ暑さ。そんな中でよくも眠れていたものだと自分に感心しつつ備え付けの時計で時間を確認すると、さっきの鐘は昼休みが始まる鐘だった。
さすがに一日中寝てるのはまずいよな。
食料の調達に購買部へ向かうべくだるい体を起こした。早く行かないと大好物のカリカリピザトーストが売り切れてしまう。乱れた制服を直し、上履きを履いて保健室を出ようとしたとき、俺の手がドアに触れる前にそのドアが開かれた。
「あっ、渉、起きたんだ」
安堵の溜息をついて現れたのは隣のクラスの藤村明日美。その両手にはカリカリピザトーストが二つ、大事そうに抱えられていた。
「よ、よう明日美。どうしたんだ?」
「どうもこうもないよ。池田くんから渉の様子がおかしかったって聞いて飛んできたら当の本人は気持ちよさそうに寝てるじゃない。起きる様子がなかったからこれだけは買ってきてあげたの。困るんでしょ、これ食べられなかったら」
明日美は両手でぐいぐいっとカリカリピザトーストを押しつけてくる。
「あ、ああサンキュ。わざわざ悪いな」
「別に具合悪そうには見えないね。ま、良くなったんなら池田くんも心配してたし、教室に戻りなよ。あたしはお昼の約束してるから、じゃあね」
と明日美は慌ただしく出て行った。言うだけ言って、相変わらずだな。
「お礼は駅前のパフェねー!」
また慌ただしく戻って来て、二カッと笑いお礼を強制されられる。
「おいおい、あそこのパフェって高いだろ……」
「文句言わない! じゃあね!」
今度こそ行ってしまったようだ。ま、これもいつものパターンか。前々から明日美には振り回されていたんだよな。
「献身的な方ですね。寝てる間に何度かみえられましたよ」
……こいつみたいに。
「どっから湧いて出た。美月」
起きたときにはいなかったはずなのに、俺の後ろから話しかけてきた。振り返ると、思いっきり睨まれる。
「湧いて出たとは失礼な。私は虫ですか。この一週間で人に対する礼儀を勉強し直したらどうです?」
「お前は人じゃないだろ……」
今は付き合ってられん。まだ温かいうちにパンを食べないと。
ベッドで食べるのはいささか行儀がよくないので、先生愛用の椅子を借りる。
「先程みえられた、栗色のミディアムショートの髪で可愛い花のヘアピンをつけた、少し強気に見える大きい目をした可愛い女性はどなたですか?」
俺の代わりに紹介をありがとう美月。ついでに言えば成績優秀で運動は少し苦手。明るくて誰とでも気兼ねなく話せる笑顔が素敵な同級生だ。そんな明日美は、
「小学校からの腐れ縁だよ」
「恋人ですか?」
「そんなんじゃない。そんなこと、俺のデータでも見ればいいじゃないか」
カリカリピザトーストを一口。うん、やっぱりうまい。チーズとピザソースの量が絶妙だ。飲み物もあれば嬉しかったな。
「親や妹のように、明確な事実があることしかわかりません。その他交友関係はおおよその範囲を超えてわかることはありません。それと、データに記してあることは結果であり、その行動を起こした理由については、予測するしかありません」
「もぐ……よくわからないな」
「そうですね。たとえば、あなたがコンビニのデザートコーナーで散々悩んだ末にショートケーキを買ったとします。それについてはあなたがショートケーキを買ったという事実しかわかりません。あなたが理由を口に出していれば別ですが、他のデザートを買おうか迷っていたのか、そもそもデザート自体買うことを悩んでいたのか私にはわかりません」
ふむふむ、俺が納得していると、
「それを踏まえてお尋ねしたいことがあります」
またか。そんな疑問に思うほど波乱万丈な人生は送ってないつもりだけどな。データにはきっと俺のことが事細かに書かれてあるんだろ。仮に殺人犯して隠れてたとしてもそれもバレバレなんだろうよ。
「食べながらでいいなら」
「行儀がよくありませんが、まぁいいでしょう」
貴重な昼休みだ。そう言うな。
「あなたがこの学校を志望した理由です」
「ぶふっ!」と思わず噎せた。
「そんなに驚くような質問ですか?」
「ごほっ……、ぐっ……い、いや、なんで?」
「あなたの行動にいくつか不可解な点がありまして。ただの興味ですが」
美月はまたどこかからデータらしいレポート用紙の束を取り出した。俺の様子を一瞥して、データに目を落とす。
「あなたもご存じの通り、この学校は県内でも有数の進学校です。実に卒業生の九十五パーセントが進学しています。それなりに勉学に励んでいないと入学は難しい。そして、この高校に学生寮はなく、一部の補助金が出るとはいえ、遠方からだと家庭の負担が大きいものになります。よって、生徒の九割は近辺に住む生徒が占めています」
「へ、へぇ。よく調べたな」
「あなたの中学の成績はお世辞にも良いと言えるものではありません。しかし、ある時を境に熱心に勉強するようになりました。それと同時に父親にこの高校に行かせてくれるように懇願しています。お金がかかりますからね。あなたの実家からこの高校までは、不可能ではありませんが通うには難しい距離。アパートなどを借りる方が好ましい」
「だ、だから?」
美月は俺を一瞥してまたデータに目を戻した。
「当時の担任、友人にも嘲笑われるような発言を受けていますが、あなたは自分の意思を貫き通し、見事に受験を突破してこの高校に通っています。しかし、まるでそれがゴール地点だったかのようにこの高校では勉学に励む姿を確認できていません。あなたこの高校への志望動機を友人はおろか家族にさえ『なんとなく』としか伝えていない。私は何があなたを突き動かしたか興味があるのです」
「だ、だからなんとなくだよ。受験を乗り切るのが目標だったっていうか、そこで燃え尽きたんだなぁ、た、多分」
美月は俺の態度が気に入らないのか、じぃーっと疑いの眼差しで俺を見る。
「そうでしょうか?」
データをしまい、俺の目をまっすぐにみつめてきた。
「あくまでも推測の範囲では、これまでのあなたの行動を見る限り勉強が好きではありません。むしろ嫌っているようにも思えます。そして自分で話していた通り、妹を、それに家族を大事にしているようですね。そんなあなたが家族に負担をかけてまで、嫌いな勉強をしてまで『なんとなく』といった理由でこの高校を目指すのでしょうか?」
あなたはあれですか、どこかの名探偵ですか? いい推理力してんな。でもな、いくら美月が相手だろうと、本当の理由を話すのはさすがに……恥ずかしい。
「私の見解では先程の明日美という女性が深く関わっているものと」
ドッキーンだよ、ほんとにもうドッキドキだよそれ!
「どうしてかなぁ? っていうか明日美の名前知ってたんだぁ」
「あなたの友人ですからね」
「知ってるならそう言えよー。意地悪だなぁ、美月はー」
「明らかな動揺。間違いなさそうですね」
美月は満足そうに何度か頷く。自分の推理が当たってご満悦なのか。こっちは逃げ出したいってのに。
「あー、喉乾いた。飲み物買いにいくわー」
と美月に背を向けて出て行こうとすると、思いっきりシャツの襟を引っ張られた。当然、喉がひっかかるわけで。
「ごはっ! こ、殺す気かよ!」
「殺す気ですが?」
こいつが言うと冗談じゃなくなるんだよなぁ。美月は「これを」と言って牛乳を差し出してきた。いつもいつも物をどこにしまってやがるんだ。
「こういうこともあろうかと先程くすねてきました」
どういう状況を想定してたんだこいつは。牛乳少しぬるいし。
「あなたの行動が変化したのは明日美さんとのある会話の前後からです」
ふっ、ピンポイントだぜこのやろう。
「あなたは明日美さんとの会話のあと、すぐに担任へ進路相談を持ちかけています。その時期のあなたの成績を考えるとバカげた話しです。その時の明日美さんとの会話の内容。簡単に言えば、明日美さんがこの高校に推薦入学したという話しでした。間違いありませんね?」
「さ、さぁ、どうだったかなぁ?」
「間違い……ありませんよね?」
「……はい」
こ、怖え。いつでもあんたなんか殺せるんだよって目だったよこいつ。いや、死ぬより恐ろしい目に遭わせてやろうかとでも言っているようだった。
「そこにあなたを突き動かす何かがあった。あの時期からの合格など奇跡と言うより他にありません。その奇跡を起こすほどの力は何だったのですか?」
「……………きたかった……んだよ」
「すみません、もう一度」
「あ、明日美と同じ高校に行きたかったんだよ!」
ああ、とうとう言っちまった。誰にも話したことのない俺のちっちゃな志望動機。美月だってほら、死神だっていうのにこんなに驚いた顔をして。笑えばいいさ、くだらないって笑ってしまえばいいんだよおおお!
「それは何故ですか?」
こ、こいつ、そんなことまで俺の口から言わせるつもりか。こうなったら言ってやる。ここまで来たら言ってやるさ!
「あ、明日美が……好き……だから」
小声で言う俺はやっぱりちっちゃかった。だって恥ずかしいよね。人を好きだとか、好きだとか、好きだとか。顔、赤いんだろうな。
「そうですか」
なんとまぁあっさりと一言で片付けやがった。ここまで散々理屈めいたことぬかしてきたくせに一言かよこらぁ! と言いたくても言えないほど、俺は縮こまっていた。
「私にはわかりません」
美月はまた人差し指を唇に当てて言った。
「好き、とはなんなのですか?」
その表情はとても真剣で、冗談を言っているようには見えない。俺の熱も一気に冷め、頭をかきむしりながら答えた。
「難しいな。好きっていうのはその人のことを格好いいとか可愛いとか思ったり。それだけじゃなくて、その人と一緒にいたいとか、守ってやりたいとか、大事にしたいとか、そんな気持ち、かな、多分。俺にもよくわからないけど、そんな気持ちなんだと思う。お、俺は明日美と一緒にいたかったから、頑張ったんだ」
「なら……私には永遠にわからない気持ちなのかもしれませんね」
そう言った美月の表情はとても寂しそうで、何度か見たその顔はとても脆く見えた。
「そ、そんなことないだろ。そのうちわかるさ」
何を慰めみたいなこと言ってるんだ俺は。
「我々はあなた方にとって常に奪う側ですから。常に一人ですし」
美月が死神ということを再認識する一言だった。こいつも可哀想な奴かもしれないな。俺の仕事が終わっても命を奪い続けていかなければならないのか。人が悲しむ顔しか見ないのだろう。美月は感情がある分、辛い仕事なのかもしれないな。
辛い? ははっ、そんなことあるわけないか。もともとそんな仕事するために生み出されたんだから辛いなんて思わないよな。死神にとっては当たり前のことなんだから。ただ、美月は笑ったり怒ったりはするけど、悲しい気持ちも好きな気持ちも、ずっとわからないのかもしれない。
俺も、美月とどうしてこんな話しをしているのかわからないな。
こいつのせいで死ぬのに。水先案内人がそばにいて、そいつのおかげで、気付かないうちに気が紛れてる。とても変な感覚、変な気分だ。
それ以降、美月は黙り込んで何かを考えているようだった。きっと自分が理解できない感情についてだと思う。
それから教室に戻ったが美月は沈黙を保ったままだった。池田が心配そうに体調のことを聞いてきたが、「ただの夏バテ」と言うと「ただのサボりか」と返される。それが嫌味に聞こえないのが俺と池田の関係かな。
「わたるー! パフェー!」
放課後、HRが終わると同時に明日美がどんな辛気臭さも吹き飛ばすかのような笑顔を振りまいて教室にやってきた。昼休みに美月とあんな話しをしていたせいか、明日美の顔を見るなり顔が熱くなる。
「相変わらずお熱いこと」
池田が毎度のようにからかい口調で言う。
「そ、そんなんじゃないって」
俺がそう言うと池田は面白くなさそうに鼻を鳴らした。池田にも、明日美にも、とにかく俺が明日美を好きってことを悟られるわけにはいかない。
「わ・た・るー!」
俺のそんな気も知らずに、明日美は女子にあるまじき行為、ボディーアタックを俺の背中に仕掛けてきた。明日美の形のいい胸が俺の背中に当たる。いや、あくまでも推測の範囲ですが。俺の心臓は破裂寸前。美月よ、今ならば死を受け入れられる。
「な、何すんだ!」
「照れちゃってー。かぁいいなぁ、渉はー」
後ろから抱きつかれて柔らかい髪がさわさわと俺の首筋に振れる。その行為が俺にどれだけダメージを与えるか自覚……できないだろうけどわかってもらいたいぃ。
「パフェの約束忘れてないよねー?」
「や、約束した覚えはないけどな」
「じゃあ、行こっ」
おいおい、まったく聞いてないな人の話しを。
いや、まぁ、明日美と放課後デートなんて嬉しい限りなんだけど、今日は妙に照れてしまって二人っきりでいつも通りに振る舞えるか怪しいぞ。
「い、池田。一緒にどうだ?」
「遠慮しとく。自分の小遣い心配しなっせ。それに邪魔しちゃ悪いっしょ」
そんないらぬ二重の気遣いは無用っす。池田ともあろうものが俺の心情を汲み取ってはくれんのか。いや、わかってもらっても困るか。
「わーたーるー!」
すでに教室の入り口まで向かっていた明日美が叫ぶ。クラスメイトも毎度のことだと思っているのか気に留める様子もまるでない。
覚悟を決めねばなるまいな。何の覚悟から知らないが俺は気合いを入れて荷物を手にした。明日美は俺を溶かしてしまいそうなほど眩しい笑顔で俺が隣に来るのを待ち、そして二人で歩き出した。どこからどう見てもカップルが仲良く歩いている見えるんだろうけど、残念ながらそういう関係じゃないし。
ちなみに美月は後からとことこついて来ている。不思議そうな顔だった。照れている俺が不思議なんだろうか。
「明日美、また明日っすねー」
廊下ですれ違う明日美の友達が挨拶する。よく明日美と一緒にいるのを見かける女子だ。
「相変わらずラブラブっすねぇ」
ここに女版池田がいた。明日美も苦労してんだな。
「もう、そんなんじゃないってば。渉はただの友達なんだからぁ」
ああ……罪の意識のない笑顔がこんなに痛いなんて。泣いていいか? そうなんだ、俺のことなんて明日美にはこれっぽっちも男として意識されていないんだ。じゃないとボディーアタックなんて嬉しいコミュニケーションを敢行してくるはずがない。
「渉、早く行こう。あたしが好きなパフェ数量限定なんだからね」
俺は大きな溜息をつきながらも、やっぱり嬉しい明日美との放課後デートに胸を躍らせていた。なんだかんだで、明日美と二人っきりっていうのはいいもんだから。
「萌え~、ですか?」
耳元で、美月がそう囁いた。二人っきりなんかじゃなかった。
「明日美、ちょっとトイレ」
「えーっ。早くしてよ?」
心の中で明日美に土下座してトイレに駆け込んだ。都合良く誰もいない。そしてこれまた後ろをついて来た美月と顔を合わせる。俺は真剣だ。マジだ。
「美月」と呼ぶと「はい」と返事がきた。
「悪いけどこれからのひととき、俺がこの学校へやってきた理由の明日美と過ごす貴重な時間が訪れるんだ。話しかけても答えないし、間違って答えて独り言を言う変な奴とも思われたくない。だからせめて明日美と一緒にいるときは話しかけないでくれ」
美月は一瞬納得のいかない顔を見せたが、閃いたようにポンッと手を叩いて俺の肩に手を置いた。
(これなら大丈夫でしょう?)
(のわっ!?)
頭の中に美月の鼻にかかる声が響いてきた。そして美月は手を離してにこやかに言った。
「私があなたに触れている間は頭の中で会話できます。問題ありませんよね?」
人間らしくしたらどうかと提案した手前、こんな人間離れした特殊能力は遠慮してもらいたいもんだが、あとでいろいろうるさいよりもマシだろうと了解の意を示した。
そして明日美のところへ戻り「悪い、待たせた」と謝ったけども、明日美はぶうっと頬を膨らませてご機嫌斜めのご様子だった。でも「ケーキも注文していいから」と言うと、俺の手を引いて勢い良く走り出した。小さな手が、俺の手を力強く握る。
まさに青春を駆け抜ける男女の構図、なんて浮かれていたんだけど、俺と明日美が人をよけながら走るのに対し、美月が文字通り人をすり抜けながら走る姿を見て気持ち悪くなった。げんなりしつつも、俺がしっかりと明日美の手を握っていた。
駅前のケーキ屋『ルブラン』まで一度も立ち止まることなく走り抜いた俺たちは、息を切らしながらメニューを広げていた。こんな真夏に走り続けること十分。女の甘いものへの執念はすごいもんだ。明日美は運動が苦手という俺の中の明日美データも更新しておこう。
店内は大きな窓際にカウンターがあり、あとはテーブル席が十席ほどある。赤と白を基調としたカフェスタイルだ。駅前ということもあって今の時間は学生や主婦の方々で賑わっていた。
明日美は目的のオリジナルルブランパフェ。それと美月が話しかけてきたせいで追加されたショートケーキとアイスティー。俺はアイスコーヒーを注文した。
店内のよく効いたエアコンで汗が引いてきたかなと思う頃、注文した品がテーブルに並べられた。明日美はなんやかんや詰まったパフェを届くなり嬉しそうに口にする。
ちなみに俺と明日美は向かい合って座り、美月は俺の隣。気にするまいと思うがどうにも不自然。俺にしてみれば三人で、周りから見れば二人なんだから。妙な違和感がある。
「何か無理矢理に奢らせたみたいになっちゃったね」
明日美がパフェとケーキを同時に食べながら言った。フォークとスプーンの二刀流。器用な奴め。
「気にすんな。パンのお礼だし、無理矢理ってわかってて言ってるだろ?」
「てへっ。そう、確信犯!」
ふっ、可愛いぜ明日美。口元についたクリームを拭ってやりたい。が勇気がない。
(すみません)
突然美月が話しかけてきた。一度美月の方を向いてしまうがすぐに明日美に視線を戻す。
(何だ?)
(その、パフェとやらを食べてみたいのですが……。とてもおいしそうです)
と俺の目の前に出て来てパフェを指差す。もちろんテーブルがあるわけであって、美月の体がテーブルからにょきっと生えているように見える。どうしてか長い黒髪だけがテーブルに広がっていて怖い。
(とりあえず戻れ。不気味すぎる)
そして俺の隣にちょこんと座る。
(あの……パフェを……)
か細い声で話していたが、明日美の方を向いていた俺はその表情を確認することはできなかった。物欲しそうな顔か、不満気な顔か少しだけ興味が沸いた。
(美月、まずこの状況を理解してくれ。パフェは明日美の目の前にあるんだ。そしてお前がスプーンを持つとスプーンが空中浮遊するという超常現象を明日美は目の当たりにすることになるんだ)
「渉?」
明日美が不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。首を傾けて少しだけ上目使い。わざとのようにも思える可愛らしい仕草だぜ。
「何か上の空だね。考え事?」
美月との会話に気を取られてぼーっとしていたみたいだ。「何でもない」と軽く流す。明日美を見ながら美月との会話。難しい作業だ。
「やっぱり具合悪いんじゃ……(明日美さんを席から立たせれば……)」
おいおいやめてくれ。俺の頭は脳内ステレオを処理できるほどハイスペックじゃないんだ。
「大丈夫?(その隙に一口でも)」
「だ、大丈夫大丈夫」
「ならいいけど(了解したということですね)」
「おい、どうしてそうなるんだ」
「えっ? よくなかった?」
あっ、明日美? やらかした!
「いや、違うんだ。大丈夫大丈夫。ははっ……」
(早く席を立たせて下さい!)
(美月! 少し黙ってろ!)
「やっぱり少し変だよ。早く帰った方がいいね」
明日美は困惑している俺の前でさっさとパフェとケーキを平らげてしまい、帰る支度を始めた。
「ほら早く。病人は帰って寝る!」
こうなった明日美は止められない。強引に席を立たされ、支払いも明日美が済ませてしまい、「まっすぐ帰るように」と念まで押されて『ルブラン』の前で別れた。
俺はだんだん遠ざかる明日美の背中を名残惜しく見つめ、見えなくなったところで我が家への道をとぼとぼと歩き出した。美月は帰り道もパフェがどうだのこうだのガキンチョのようにやかましかったが完全シカトを決め込みアパートまで帰って来た。
「パフェー! パフェが食べたいですぅ!」
道を歩いているときも、帰ってきてからもこんな調子だった。終まいにゃ俺の首根っこを掴んでぶんぶん頭を揺さぶる始末。ほんとにタチの悪いガキンチョだ。クソガキだ。
「だあぁ! 大概にしろ! 勝手に食ってくりゃいいだろうが!」
美月を強引に振り払う。ああ、目が回ってる。
「私はあなたのそばを離れるわけにはいかないのです! パフェを用意してください!」
「無茶苦茶言うな。学校じゃ俺が寝てる間に牛乳とかくすねてきただろ」
「それはあなたが眠っていたからです」
「じゃあ俺が寝てから行けよ」
「……そうですね。そうします」
納得……したな。店は閉まってるだろうし、どうやって食べるつもりか知らないけど。忍び込んで食うつもりか? 犯罪だ。
晩飯をあり合わせで済ませると、今度は「寝て下さい。一秒でも早く寝て下さい」と違う駄々をこね始めた。
嘆息しつつ、「お前がうるさいと眠れない」と黙らせシャワーを浴びる。浴室まで入ってきたので一人暮らしだというのに前を隠しながらシャワーを浴びるハメになった。
ベッドに潜り込むと俺が眠るのをじーっと待つ美月。どうやら寝たふりは通用しないらしい。
まったくとんだ死神に憑かれてしまったな。
ある程度騒がしい方が気が紛れるけれども。こいつがいるから考えることであって、こいつがうるさいから考えなくてもいい場合もある。
俺は、死ぬってこと。
こんな実験に何の意味があるのか理解不能。
ある程度は仕方がないことではないのか。
これは危険な実験だ。
被害が及ばないとは言い切れない。
しかし、私は命令を全うするだけ。
それまでは、ただ待つだけ。
こんな疑問を持つことすらおかしなことなのだ。
何も考える必要なんてない。
どうせ無駄なことなのだから。
一日が過ぎた。
『美月』と命名された。
一時、監視対象から距離を置いてしまったことを報告。




