エピローグ
夏休みに入り、俺は実家に帰省していた。明日美も夏休みの間はずっとこっちで過ごすようだ。
結局、あの夜のことは俺にも明日美にもわからなかった。
実はあの夜のことだけじゃなく、それ以前の一週間の記憶が曖昧だった。
あの日、アパートに帰り、だんだんと思い出してきた記憶の中で、一番驚いたことが明日美と互いに気持ちを打ち明けていたことだった。明日美もあの日に思い出したらしく、次の日に学校で会った時にはお互いによそよそしい振る舞いを見せていた。だけどそれもほんの少しの間で、いつも通りの二人に戻るのにそう時間はかからなかった。
二人の間で変わったことと言えば、手を繋いだりするようになったこと。キスもした。明日美とは完全な恋仲になった。
だけど何かが腑に落ちない。明日美と恋人同士になれたことは嬉しい。けれどそこに至るまでに重要な何かがあった気がするんだ。忘れてはいけない、とても重要な、何かが。
どれだけ思い出そうとしても、どれだけ考えてもわからなかった。
夏休みの間は、母さんに家事を手伝わされ、父さんのプラモデル作りを手伝わされ、小夜の宿題を手伝わされた。全部俺がやると言ったことらしいけど本当だろうか。一部嘘が混じっているような気がするんだけど。
夏休みの前に実家に帰ってきたのはあの一週間の間だったから、俺が言ったものだと信じるしかなかった。
明日美とは地元の図書館で宿題をしたり、お互いの家で遊んだり、仲の良かった同級生と遊んだりした。
明日美と小夜の三人で海水浴にも行った。スイカを運ばされて大変だったな。
でも、そんな何気ない日常が二度と訪れないような気がしてたんだ。もう小夜には会えない、家族には会えないなんて、そんなことを思っていたような気がした。
何故か生きていることに喜びを感じて、家族や明日美と過ごす時間を大切にしたい、そう思っていた。
「渉ー、早くしなさーい」
毎年恒例、お盆の墓参り。近くの墓地へ家族総出で出掛けている。
夕方に行って、少し花火をするんだ。
俺は花火セットとバケツ持ち。母さんは線香やらを持っている。
墓地には何人か墓参りしている人がいた。顔なじみで、軽く挨拶を交わして我が家の墓の前に着いた。
墓石を洗い、花を供えて、線香の香りが漂う中で目を閉じる。こんな時に何を思えばいいのかわからない。
俺の墓参りの本番はこっちだから。
本家の横にある小さな墓に目を向けた。
俺が作った小さなお墓。
水を浴びせ、花を供える。
この前も来たな。こんな兄ちゃんの顔見たくないとか言うなよ?
「また来たぞ、美月」
……………………え?
俺、今何て言った?
美月、美月だ。生まれてこられなかった妹の名前で、そしてそれは……美月、美月って名前は……。
「お兄ちゃん?」
小夜が不思議そうに俺の顔を見ていた。気がつくと、何かが頬を伝って地面に落ちた。
「小夜……」
きつく、強く小夜を抱き締めた。
俺は…………生きている。
今も生きているんだ。
「母さん、ちょっと買い物行って来る。すぐ戻るからさ」
俺は近くにある売店まで走った。坂を駆け下りて、息を切らせて走った。
店に着くと、目的のものはすぐに見つかった。
急いで戻らないと。
冷えてる方がおいしいから。
墓に戻って、美月の墓にそれを供える。
「何それ?」
母さんが不思議そうに顔を覗かせた。
「プリン。美月の大好物なんだ」
母さんも父さんも、心配そうな目を俺に向けた。
大丈夫だよ。おかしくなったわけじゃない。
「小夜も、プリン大好きぃ!」
「母さんも父さんも、お参りしてくれよ」
二人とも顔を見合わせ首を傾げたけれど、俺が急かすとしゃがみ込み手を合わせた。
すると、目の前からカサカサと物音が聞こえた。
全員が顔を上げ目の前を見ると、プリンが空中浮遊。そして中身が消えて行く。
母さんも父さんも小夜も、声を上げての大騒ぎ。
俺は、笑っていた。
「まったく、人騒がせな奴だな」
全部、覚えているからな。
お前と過ごした一週間。
毎日が特別だった。
そう、まるで毎日が違う色のような七日間だった。
信じてもらえるかわからない。明日美に話していこうと思う。
不思議な一週間の、出来事を――
まだまだ寝苦しい残暑の残る夜。
そいつは突然やって来た。
「ピンポンパンポーン♪ おめでとうございます! あなたは人間で初の友達に選ばれましたぁ!」
まったく。騒がしくなりそうだ。
(了)
しゃーむです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この作品は、個人的に思い入れがあり、思い出があり、私にとってちょっと特別です。
いたらぬところもあったとは思いますが、愛情を注いで書いておりましたので、その辺は温かい目を向けていただけたら幸いです。
最初、この作品は『セミ』を題材にした作品にしようと思っておりました。一週間の儚い恋模様を描く、感動できる作品のような。
だけど終わってみれば全然違うものになりましたね。
いろんな展開を考えつつ、いろんなラストを考えつつ、こんな感じに至りました。
少しでも楽しんでいただけたのなら、美月も喜びます。
あんまり関係ないんですけど、思い出っていうのがですね、この作品は最初、原稿用紙に書いたものだったのです。パソコンでどうやって小説書くの? って思ってた頃ですね。もちろん今回のは改稿してますけど。必死で書いて、徹夜して書いて、指が痛くなりながらも結局投稿期限に間に合わず、みたいな。その後いろんな人に迷惑かけて、応援してもらって、なんとか最後まで出来上がった作品です。
すいません、おもしろくもない話しを。
あと、感想なんかいただけたら嬉しいです。厳しいお言葉でも構いません。
最後にもう一度、謝辞を。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
お気に入り登録してくれた方、感無量です。本当に嬉しいです。
本当に、ありがとうございました。