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【貴族学園の不文律】

ある伯爵令嬢様が、一通の手紙で唐突に婚約を解消した理由。

掲載日:2026/07/29


【手紙#1】


 偉大なる父祖の武勲の元に栄えるルコント男爵家のローラン様へ。


 あなたとの婚約を解消いたします。


 レジーヌ・ド・ラ・ルナンより。



【手紙#2】


 太祖に連なる栄光の元に栄えるルナン伯爵家のレジーヌ様へ。


 いきなりこんな手紙を送ってくるなんて、どういうつもりだ?

 お互い、まだ貴族学園に通う学生の身分だぞ。

 一方的な婚約解消は認められない。

 少なくとも君のお父上、ルナン伯爵が認めなければならないが、彼は私のことを気に入ってくださっている。そうだろう?


 とにかく、会って話がしたい。

 君が実家に帰ってから一ヶ月だ。

 学園に戻ると予定していた日から、もう一週間も経つぞ。

 まだ戻ってこないのか?


 ローラン・ルコントより。



【手紙#3】


 偉大なる父祖の武勲の元に栄えるルコント男爵家のローラン様へ。


 私が学園都市に戻ることは、もうありません。

 父は病状の悪化に伴い、隠居いたしました。

 よって長子の私が家督を継ぎ、ルナン家の当主となりました。

 婚約解消は当主としての判断です。

 新しい婚約者もおります。


 レジーヌ・ド・ラ・ルナンより。



【手紙#4】


 太祖に連なる栄光のルナン伯爵家のレジーヌ様へ。


 お父上のこと、大変だったな。

 いずれ私もお見舞いに参じたいと思う。

 また、伯爵家当主としての判断ならば、立場の弱い男爵家としては認めるしかないが……、急すぎる!

 それに、理由もわからん。いつもの短気か?

 君はいつも、すぐに悪いかんしゃく(・・・・・)を爆発させてしまうからな。

 その調子では、新しい婚約者とやらとも上手くはいかんだろう。

 今一度、考え直したほうがいいと思うがね。


 ローラン・ルコントより。



【手紙#5】


 偉大なる父祖の武勲で栄えるルコント男爵家のローラン様へ。


 理由ですか?

 「人魚の深酒亭」

 「魅惑の妖精館」

 「茨絡む女帝座」

 「赤い秘密亭」

 「叫び鴉の館」

 以上です。


 レジーヌ・ド・ラ・ルナンより。



【手紙#6】


 太祖に連なるルナン伯爵家のレジーヌ様へ。


 店名を列挙されてもよくわからない。

 学園都市にあるサロンの名前だろうか?

 見目麗しい女性がお酒を注いでくれる店があると聞いたことはあるが……。


 まさか、私がそのような店に通っているとでも?

 実に面白い妄想だ。言いがかりはよしてくれ。

 勘違いだったと認めてくれるならば、この侮辱は寛大に許してあげよう。


 ローラン・ルコントより。



【手紙#7】


 父祖の武勲のルコント男爵家のローラン様へ。


 貴族学園の学生騎士団クラブ・デ・シュバリエの先輩に連れられて行って、そこから夢中になったのでしたっけ。

 その先輩に聞いてみましょうか。学生騎士の皆様にも。

 あなたがどれほどサロン通いを繰り返していたのかを。


 それと……、いくつかの店にはツケがありましたね。

 いつ頃からか、催促がなくなったのではないですか?

 どうしてだと思います?


 レジーヌ・ド・ラ・ルナンより。



【手紙#8】


 ルナン伯爵家のレジーヌ様へ。


 あの、レジーヌ。

 本当に、本当にごめんなさい。

 行きました。認めます。行きました。

 そして、もう二度と行きません。信じてください。

 立て替えてもらったお金も返します。すぐには無理だけれど……。


 でも、三つ目と五つ目のお店……その二つには行っていないよ。これは本当だ。

 名前も聞いたことがないサロンだよ。

 とにかく、誠心誠意謝る。申し訳ありませんでした。

 しっかりと反省したとも。もう君を悲しませるようなことはしない。

 だから、機嫌を直して戻ってきてくれないか?

 いつもみたいに仲直りしよう。ね?


 ローラン・ルコントより。



【手紙#9】


 ルコント男爵家のローラン様へ。


 仲直りはしません。

 新しい婚約者がいると伝えたはずです。

 彼は高名なトランティニャン商会の跡取りでもあります。

 大伯母に紹介していただきました。

 ローラン。あなたと違って、誠実で、実直なお方です。


 あなたにはわからないと思うけれど、伝えるべきことは伝えました。

 次はもう、返事を書きません。

 あなたへの手紙をしたためることは、とても疲れてしまって、手が重たく感じてしまうほどです。

 今まで大変お世話になりました。

 さようなら。


 レジーヌ・ド・ラ・ルナンより。



【手紙#10】


 ルナン伯爵家のレジーヌ様へ。


 わかった。

 そういうことなら、婚約解消を受け入れる。

 もう会うことはないだろう。

 幸せになってくれ。


 ローラン・ルコントより。



 ●



 ルナン伯爵家の館には、()当主自慢の書斎がある。

 重厚なウォルナット材で作られた執務机では、一人の少女が手紙を眺めていた。

 レジーヌ・ド・ラ・ルナン伯爵令嬢である。


「幸せに、ですか」


 椅子に座って呟くレジーヌに、机の側に立つ老女が嬉しそうに笑いかけた。


「やっと受け入れてくれたのね! 浮気者の男爵を捨てられてよかったわ!」


 レジーヌの大伯母だ。彼女はにこにこと上機嫌に微笑みながら、レジーヌの肩を強く叩いた。


「トランティニャン商会は大金持ちよ! 跡取り息子はぼんくらの馬鹿だけれど、向こうは伯爵家の血筋を奪えればそれで満足なわけだし、レジーヌに酷いことはしないでしょう。よかったわね!」


 椅子に座るレジーヌは震えた。

 そして、手枷(・・)のつけられた手を強く握りしめる。


「大伯母様の借金のせいではありませんか……!」

「黙りなさい! あたくしだって借金したくてしたわけじゃありませんの! いつもあたくしの手札だけ弱いのだから仕方ないのです! まったく、あの馬鹿な甥っ子が、あたくしへの送金を打ち切るから……!」

「ギャンブルで借金をこしらえたのも、それが故にお父様から縁を切られたのも、大伯母様の自業自得です! こんなこと、もうおやめください!」

「うるさいって言っているでしょう! この……!」


 大伯母のしわだらけの腕が翻り、レジーヌの頬を強く叩いた。

 机に繋がれた手枷、足枷のせいで、逃げることもできない。


「……ふう。でも、馬鹿な甥っ子が倒れてくれて助かったわ。あたくしがルナン伯爵家の長老として、年若い当主を導くっていうお題目ができたもの」


 レジーヌは涙を堪えながら、じっと俯いて痛みが過ぎ去るのを待った。

 そうだ。この大伯母は、父の病状悪化を良いことに実家に舞い戻ったのだ。長年勤めていたメイドや執事、護衛を勝手に追い出し、代わりに数人の悪漢――おそらくはトランティニャン商会に雇われた傭兵――を館に招き入れ、レジーヌを当主の椅子へと縛り付けた。文字通りに。


「ようやく、あたくしにも運が回ってきたのね。これで借金は帳消し――どころか、これからはトランティニャン商会の金でギャンブルができるわ! これからは勝ちまくるに違いないの! これまでずっと負けてきたんですから!」


 そんな、狂ったとしか思えない大伯母の計画の障害となったのが、許嫁であったローラン・ルコント男爵令息であった。

 学園都市で共に過ごし、公然とダンスパーティーにも参加していた。彼との関係をきちんと終わらせ、それを公表したあとでなければ、トランティニャン商会の跡継ぎとの婚姻を進められなかったのだ。


「……私はどうなるのです?」


 レジーヌが、声を絞り出すようにして問いかけた。

 口の中が痛い。頬を切ったらしい。


「余計なことはさせません。一生、この館で過ごしなさい。出ることは許さない。そして、トランティニャンの子を産みなさい。男の子をね。ああ、いっそ、逃げられないようにしたほうがいいかしら。子が産めさえすればそれでいいものね。手足の腱を切って、喉を潰して舌を抜いて、それから――」


 大伯母が恐ろしいことを言おうとした、そのときだった。


「て、敵襲ー! 敵襲だ!」


 屋敷の庭で、誰かが叫んだ。大伯母の連れてきた悪漢だ。

 大伯母はぎょっとして、慌てて窓に駆け寄った。


「なんだい、あの騎士どもは!? どうして……!?」


 騎士。椅子に座るレジーヌに窓の外は見えないが、騎士が来ているらしい。

 先ほど敵襲と叫んだのは、では、大伯母の連れてきた傭兵か。

 レジーヌは俯いて……、ほっと安堵の息を吐いた。


 よかった。伝わった(・・・・)のだ。


 外から、わあわあと喚声が響いてくる。金属がぶつかりあう剣戟の音もするし、何かが破裂するような音もする。これは銃声だろうか、とレジーヌは不安に思う。

 でも、それもすぐに止んだ。

 ややあって、書斎の扉が勢いよく開き――。


「助けに来たよ、レジーヌ!」


 ――長身痩躯の騎士が、飛び込んできた。


「ローラン様……!」


 学生騎士にして、レジーヌの婚約者。

 ローラン・ルコントその人であった。

 大伯母が目を剥いて「なんで……!」と叫ぶ。


「なんで……ッ! どこから情報が漏れたの!?」

「あんたが大伯母だな? ……手紙だよ、婆さん」


 ローランは懐からいくつもの手紙を取り出した。

 大伯母が歯ぎしりをして、ローランを睨み付ける。


「妙なことは書いてなかったはず! あたくしがちゃんと確認したのですから! レジーヌに書かせたのですから、筆跡だって! 夜の店で遊び呆けるような、馬鹿な男爵には何も察せられないはずでしょう!?」


 そうだ。手紙は全て、大伯母の監視の下で書かされた。

 重たい手枷のつけられた、レジーヌ自身の手で。


「うん。僕には正直、なんにもわからなかった。でも、手紙には『あなたにはわからないだろうけれど、伝えるべきことは伝えた』と書いてあったし、レジーヌがなにか普段と違うことだけは、わかったから。だから――」


 ローランが、ゆっくりと執務机に近づいてくる。

 大伯母は体を硬くした。


「――僕は生徒会に行ったんだ。わからないことがあったら、生徒会書記に相談してみると良いって、学生騎士団の先輩に教えてもらってさ。あ、先輩達には今も手伝ってもらっているよ。荒事になるかもって言ったら、全員付いてきちゃって」


 ローランは苦笑した。


「ともかくね、『悩み事は貴族学園で一番賢い書記さんに相談して解決するべし』みたいな不文律があって――いや、そんなこと今はどうでもいいか。とにかく、サロン(・・・)だったんだ。レジーヌが伝えたかったことは」


 また一歩、ローランが執務机に近づく。


「近寄るんじゃない!」


 大伯母が執務机の上の万年筆を握りしめて、レジーヌの顔に突きつけた。


「『茨絡む女帝座』と『叫び鴉の館』……この二つのサロンを、僕は聞いたことがなかった。先輩達も知らない店だったんだ。学園都市に存在しない。まるっきり架空のサロン。この二つが、レジーヌのメッセージ」


 ローランは足を止めて、レジーヌを優しく見つめた。


「……茨絡む女帝は君だ、レジーヌ。囚われの女主人となった君自身を暗示していた。では、叫び鴉は? 書記さんが教えてくれたんだ。鴉が鳴く理由はいくつかあるけれど、そのうちの一つは――助けを呼ぶためなんだって。つまり」


 ローランの手が、腰のサーベルの柄をそっと掴む。


「囚われた君が、助けを呼んでいる。それが答えだ」


 次の瞬間、サーベルが抜かれ、電光石火で閃いた。

 しなる金属の刃が、大伯母にはとても反応できない速度で万年筆を切断したのである。……一閃はまた、大伯母の手指も傷つけていた。

 大伯母は絶叫して白目を剥き、床に崩れ落ちて手を抱えた。ぽたぽたと血が絨毯に滴り落ちる。


「……その手じゃ、もうトランプ遊びはできそうにないね」


 言い捨てて、ローランは机を飛び越えた。

 手枷、足枷をつけられたレジーヌを、まずはそのまま――抱きしめる。


「お待たせ、レジーヌ。遅くなってごめん」

「よいのです、ちゃんと来てくれましたから。……ありがとう、ローラン」



 ●



 翌月。

 レジーヌはローランに誘われて、学園都市内の庭園を二人で散歩していた。

 事件の事後処理も大方終わって……久しぶりに一息つける、というタイミングであった。


 犯人達への沙汰は、あっさりと下った。

 大伯母は離島の修道院に送られた。残りわずかな余生をそこで過ごすことになるだろう。トランティニャン商会は、大伯母から伯爵家との縁談を持ちかけられ、傭兵を貸し出しただけだったため、いくらかの罰金だけで済まされた。

 ……ローランの言うところによると。


「生徒会長様が……つまり、第三王子様が伝手を使って調べてくれたんだ。トランティニャン商会は色々怪しいところもある商会らしいっていうのと、ルナン伯爵家には素行不良の大伯母がいるっていうことをさ。で、ルナン伯爵家はほら、遠縁だけれど王家と血の繋がりがあるから……」

「……不祥事はできる限り隠蔽をしたい、と」

「そういうこと。だから、今回の僕らの行動は……つまり伯爵の館に武装して騎士団率いて突っ込んでいったことは……見なかったことにしてくれるってさ」


 大事にならないのは、レジーヌにとってもありがたいことだった。

 当主を継いだばかりでこんな事件が起きてしまったのだ。伯爵家の当主として、力不足と侮られかねない。

 嘆息するレジーヌに、ローランはやけにもじもじしながら、言った。


「それでさ、レジーヌ。その……お父上が回復するまでは、貴族学園に通いながら、領地と学園都市を行ったり来たりして、当主の仕事もやらなきゃいけないんだろう?」

「ええ。そうですけれど……」


 ローランが、よし、と小さく気合いを入れる。


「ごほん。僕に、君を一番近くで支えさせて欲しい。今の君じゃ、また同じような事件に巻き込まれるかもしれない。僕には……それが、耐えられない。だから、まだ学生の身分だけれど……」


 彼はレジーヌの前に膝をつき、そっと、小さな箱を差し出した。


「……僕と、結婚してくれないかい?」


 箱の中には、光り輝く指輪が収められている。

 レジーヌはまず驚き、次に喜び、ついでに泣いた。

 指輪を手に取り、左手の薬指に嵌めた。それが返事だった。


 二人は庭園のベンチに座った。

 穏やかで、温かくて、ゆったりとした時間が流れていく。

 レジーヌは、そっとローランに寄り添った。ローランは腕を回してレジーヌを抱き寄せる。レジーヌは彼の肩に頭を預けて、


「ねえ、あなた(・・・)。愛しいローラン。結婚するにあたって、私に関することでひとつ、受け入れて欲しいことがあるのです」


 と囁いた。

 ローランは優しく微笑んだ。


「僕の愛しいレジーヌ。どうしたんだい? 君のことならば、なんでも受け入れてあげるよ」

「では――あのね、ローラン。遊びならばと渋々見逃しておりましたけれど、私……あなたが夜のお店に行ったこと、まったく許してはおりませんのよ?」

「あっ」


 顔を青くするローランに、レジーヌはにっこりと微笑んだ。……額に青筋を浮かべて。


「ええと、なんでしたっけ? ……ああ、そうそう。これから、私のいつもの短気が出てしまって、悪いかんしゃくを起こしてしまいますけれど……、受け入れてくださいましね?」



 ●



 ――学生結婚でルナン伯爵家に婿入りしたローランは公私にわたって妻を支え、学園都市でも指折りの愛妻家、妻を救った騎士の中の騎士と謳われたが……。

 ……同時に、学園都市で一番の恐妻家でもあると、もっぱらの噂である。





お読みいただきありがとうございました。


当作品は「貴族学園の不文律」シリーズと世界観を同一にしております。

そちらもご覧いただけると幸いです。

【貴族学園の不文律 ~ある侯爵令嬢様が、ダンスパーティーで婚約を破棄された理由~】

https://ncode.syosetu.com/n2490lm/

2026年8月初頭よりコミカライズも始まりますので、是非。


また、よろしければ、


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等々をしていただけると励みになります。

何卒よろしくお願いいたします。


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夜のお店飲み屋さんだったのかあ 娼館だとおもってました。であればそこまで怒ることないと思うんだけど…若いしね ツケ払いを肩代わりしてもらうってのは情けないこと。これで借りを作ってしまったのは失敗だっ…
今でいうキャバクラ通いしてる婿養子が 嫁に代金払わせてた?かんじ? キャバクラ通いするやつは浮気じゃないからと 中々やめれないし キャバクラ通いからのキャバ嬢と浮気とかあるやつもいるらしいが、、 …
何処を縦読みだ!? と何度も繰り返し読んでしまったじゃないですかー!! 独身時代のちょっとしたお遊びなら、尻に敷く材料にしかならないので男どもは覚えておいたほうがよい。婿入りならなおさらね。
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