第9話
今回、挿絵機能を試験的に使っています
手描きは苦手、作成ソフトもまだ不慣れなため
AAで作成の上スクショや○つけをしたものです、ご容赦ください
~ 帝都より西南・郡都『ウォリカサル』 ~
帝都から西南に300里。中くらいの行政区分【郡】の都であるウォリカサルの街に、飛翔艦『エノソーリャ』号は係留していた。
長居の予定は無い。朝方に出くわした鳩の群れ。それを視認した船長が、急遽停泊を本日の予定に差し込んだからである。本来であれば、このさらに200里ほど先の郡都に向かう筈であったそうなのだが、『伝書鳩の大群』ともなれば話は別だ。
何故か。伝書鳩を使役し用いるのは"貴族/統治者"であるからだ。それもあの数である。
それ程一斉に情報が動きまわる事態、それが西で起こったという事。
「完全で無くても良いから情報を仕入れてくる」
「数刻、船で待っていてくレ。もし万が一、積み荷の売買交渉があったラそのリストを使エ」
そう言い残して、血相を変えた船長・ク=シグとクレイグの二名が街へ消え、一刻は経つだろうか。
レオンとギルベルトも、今までのようにアカデミーの服を着ている訳にはいかないので、船長が用意してくれた旅装束に着替えていた。着古してあるチュニックであるが、その上に少し高めの鞄付きベルトと、厚手の革手袋にブーツ。船員と言われても何ら違和感はあるまい。服装の方は、だが。
問題があるとすれば、二人の顔面か。それがエリーザの感想だった。
(―― "適齢期"のマダム連中から引っ張りだこになりそうね、彼奴等)
自慢では無いが、彼女自身、己の顔立ちは社交場においても眼を惹くであろうという自負がある。生まれ育った『実家』で培った価値観であるし、『武器』として駆使するものであるから、そういう美意識も身につけている。
身内親類の男共の顔は、都でも十二分に通用する。何だったら相当良い所の女とも"お相手"願えるだろう。そういう基準の連中ばかりだった。中身が伴っていない奴が多かったけども。
で、あのレオンとギルベルトという魔術師は、余程上等な部類だと思う。
(これで"船員で~す"って、無理がある気がするのだけど)
何が言いたいか、と問われれば簡単な話で ――
※※※
「これは、どういう状況ゥ?」
戻って来たク=シグと、クレイグ両名は船着き場に繋がる道が妙に混んでいる事に困惑していた。
それもいい年したご婦人から、10代前半らしき少女まで。それをそのまま反転させたように、そこそこの男性から少年までも。興味本位で来ている者達ばかりだが、結構な人だかりである。まるで新装開店する話題の店に群がるミーハー客のような。
嫌な予感がする。
群れをかき分けながら進んで、船着き場へ出るやその答えはすぐにわかった。
眼前に入って来た光景は、『エノソーリャ』号から降ろした積み荷をさばいている三名が、顔をやや引きつらせながら対応している姿であったから。よく見れば、男共がエリーザの前に並び、女性陣はレオンとギルベルトにという流れ。
特に少し歳を重ねた、マダム一歩手前の女性陣。彼女らが妙に熱量が高かった。
クレイグからしてみれば、己の弟とその親友はそういう層にウケる顔をしているらしいという、知りたくも無い事実を知らされる感覚でもあり、口の中に珈琲豆の粉を生でぶち込まれたような気持ちになる。
一方、エリーザも状況としては苦境と言うべきか。レオンらより若い男子達に声をかけられるわ、中には同じ年頃の女子まで混ざっているわ。そうでいて、妙齢の女子に対して男性の抱く感情なぞわかりきった話であるからして、レオンやギルベルトが相手の動きを見て間に割って入ったりしていた。
「あァ~、しくじっタ。彼奴等のルックスならこうなるカ」
ク=シグは少し困ったように頭を掻いた。本業が上手い事いくのは有り難い限りだが、これではすぐに発つ訳にもいかないのが頭の痛いところである。
三名から向けられる、((( 早く助けろ!! ))) という圧に負け、二人も濁流をかき分けていく事にした。
※※※
~ 帝都より南西部・上空にて ~
しばらくして、
「……うえっ、べたべたする」
「ごめんねギルベルトさん」
「いいよいいよ、大丈夫」
とんだ災難であったが、一刻程度で乗り切った。すでに夕方である。
船が少し軽くなったことを喜ぶべきなのかも知れない。降ろした後は、経験者であるク=シグが見繕って積み荷を買ったりして、その積み込みでくたくたになる。まだ体力が有り余っている年長者二名を、若造三名は少し羨ましく思う。
そしてアクシデントもあった。
やはりというか何と言うか、どさくさに紛れてエリーザに"悪戯"を試みた悪漢が伸ばした手を、ギルベルトが庇った。
その悪戯が、所謂『下』のものであった事。べたついた手で触られたのだ。
「大丈夫じゃねぇじゃん、死んだ魚の目しやがって」
「……イカ臭い……イカ臭いよぉ」
「ったく、石けん作るか?」
「おねがいします」
ギルベルトは半泣きだ。倍ほどの年齢の男性のアレが腕につけばこうもなる。
ちなみに、そいつはレオンが思いっきりぶん殴った。しばらくというか、今後は硬いモノを喰えなくなるだろう。
そんな珍騒動が過ぎて、あっという間に夕餉の時間になってしまった。
船内のテーブルに、焼いた豚肉と山羊乳チーズが並ぶ。「良いチーズがあっタ、流石に我慢できンかっタ」とは船長の談。
「三人ともお疲れさん」
「「「 ―― いただきます 」」」
ベーコンを頬張る三名を見ながら、ようやく話を切り出せると、クレイグは良いながら腰掛けた。
「食べながらでも良いが、呑み込んでからの方が良い話をするぞ」
チーズを飲み下した三名が頷いて、クレイグはその様子を見てから続ける。
「日中の伝書鳩の件だが、思った以上に大事だった」
この街に急遽立ち寄ったのも、そのためだった。
「伝書鳩って、県令以上で無いと使用禁止だったっけ」
「正解だ。民間で使えるとすりゃ、御上から認可された大商人か、同じく許可された私塾の大先生くらいだな」
「あれ程の数ガ動いたって事ハ、その誰もが一斉に飛ばさなキャいけねぇ大事件。
まずは俺等でも顔合わせ出来そうな人に、片っ端から当たってた」
そう言うと、ク=シグはテーブルの真ん中にこの『帝国』がすっぽり収まっている地図を広げた。
「帝都から300里、今俺達がいるのはこの地点」
そう言うと、地図内で『帝都』と記載された黒点を指さした後、そこから南西部の黒点を指し示す。
「帝都で、西の方は"ぶちまけた武器庫"と伝えたと思うが、俺の知る限りではまだこの範囲だった」
今度はクレイグが、地図の西方にやや大きめの丸を描く。一つの州が丸々収まってしまうような大きさだった。これでも驚嘆ものであるが、そんな二人が血相を変えた程という事実を三名も思い出し、顔が青くなる。
「事態が飲み込めてきたようでなによりだ」
そう言うと、説明するために買っておいたのか、赤と青で塗られた"小さい旗"を取り出した。ポーンの駒を、その円の中に立てていく。
官軍側を青、現在巷を騒がせる叛乱地域には赤を立てて。ほぼ北東と南西に二分されるような並びであった。
「これまで、起こるとしても叛乱の規模は数千、多くて二万といった所だった。
二万でも大事だが、都に報が届く頃には鎮圧される事も多かったんだ。現にお前等 …… 聞いた事無かったろ?」
レオンとギルベルトは、無言で頷くことで返答する。
「だが、今回街へ出てみたラ、やはり鉄を扱う商人や食品問屋の連中が慌ただしかったヨ。
官軍に卸したいって事デ、上等な武器を積んで無いか直接聞かれタ」
「聞いてみれば、気分が落ち込む程の話が飛び出てくるもんだ」
そうして、クレイグはその円を擦って消した後、再度書き直す。三名の顔が、どんどん引きつっていく。
その範囲は、先ほどの円を1.5倍程度に広げたサイズになっていた。
天を仰いだクレイグが、ゆっくりと、かつハッキリと言い放つ。
「賊軍は、各地方の報告を合わせると ―― 総勢二十万だそうだ」
「「「 はぁっ!!? 」」」
食堂内が、大音量で揺れる。
「『親征』する官軍レベルじゃん! どこからそんな数字が湧くんだよ!!」
「そんなのこっちが聞きてぇヨ! でもどの筋からもこのアホみたいな数字しか出なかったんだヨ!!」
「まぁ、馬鹿げた数字だし、言ってしまえば国家の危機という奴だが……不幸中の幸いとはこの事だ。
俺等の目標、目的地に向かうにはむしろうってつけとも言える」
意味がわからない。そう視線で三人は訴えかけるが、"こういう場数"は圧倒的にクレイグの経験値が上だ。
度肝を抜かれる若造3人とは対照的に、落ち着き払っている。
「まぁ聞け。このような大規模となれば、大軍が通れる土地を通過するのが当たり前だよな?」
そう言うと、地図上にいくつか色を分けた上で、描画具にて円を描いていく。
平野を青色、やや標高が低めの山地を黄緑、標高の高い山岳地を茶といった具合に。深い緑は、人の住む地域では無く、実質的に【ハイエルフ】達の居住地とされている場所。赤は帝国随一の霊峰で人が立ち入りなぞ物理的に出来ない場所。
そうやって色が付いていけば行く程、解ってくる。
地図を読める者が見れば、自分達は大軍をそれ程気にしなくても良い立場である事がわかるのだ。
「あ、ホントだ。」
「……あぁ、そういう事か。南の三州を跨ぐコースをとるって事?」
帝国の西、海と河川による水運の要所にあるカイロニア近辺から、帝国北半分にかけての平野部。
そこしか大軍は通過できない。一方、自分達が向い経由しようとしているのは南側のコース。
高低差こそあれ、道中は山岳地帯と森林、川や山で陸地が寸断される。
軍が通るにせよ、山地に慣れた一部の連中だけだ。
「その通り。北部は平野で地続きばかりなのに比べて、南はこのとおり天嶮が行軍を阻む。
それだけじゃない。通りづらいという事は、補給も受けづらいんだ」
「それこそ【飛翔艦】を大量に抱えでもしてなけりャ、このルートを大軍が通るなんぞ無理ダ」
ク=シグも、大軍の事はさして気にしていないようだった。
「それニ、都でも見ただろうけド……こういう艦はケアに骨が折れル。
俺様は『シグレ』に助けられてっから良いガ、叛乱軍に人材がどれ程いるカ」
「南側を奇襲するだけの艦が運用できるとは、今の所思ってない。
備品や兵士をせこせこ運ぶだけの数は元々存在しないしな」
悪いニュースと、良いニュース、というべきなのかもしれない。
しかしながら、とんでもない時期に、夢にも思わなかった事へ首を突っ込んだのだなと痛感していた。
あのまま何も知らず、何も起こらずに都へ留まっていたとしたら、どうなっていたろうか。
ふとそんな事をレオンは考える。
官軍はこれから立ち上がるだろう。それがそのまま、叛乱を鎮圧してめでたしめでたしか?
それとも官軍が腐りきって真面に機能せず、雪崩の如く都にまで戦渦が迫るのか?
馬鹿な真似をしている。そう思いつつ、最適解を選んだのかもしれないとも考える。
もし、都で動員される嵌めになっていれば、多くの先達達に埋もれてしまうかも知れない。
または、何も為す事が出来ないまま、何かしらでアカデミーを放逐されたまま実家で腐ることになっていたかもしれない。
(これが正解なんだよ。少なくとも今の俺には)
そう思う事で、『二十万』という数字を忘れる事にした。
※※※
~ 帝都南西・郡都『ドゥプロナール』にて ~
レオン等が叛乱の規模に顎の骨を外しかけていた頃、その地点からさらに300里ほど離れた地。
綿織物・絹織物の産地にして、帝都と帝国南部を繋ぐ玄関口にあたる街があった。南部を流れる大河、その支流の一つに隣接しており、南の大人口エリアにも近い。
非常に重要な地点の一つ。そこが今、不穏な空気に呑まれかけている。とは言っても、民衆と軍人達は西の叛乱の事で頭がいっぱいであったが、【郡太守】に限ってはまるで違った。太守という地位に甘んじたと思しき、調度品と装飾品まみれの豪奢な邸宅。
邸宅の来賓室で、一人の男が追い詰められていた。太守を勤める『ナルディ』という男である。
追い詰めていたのは、あらゆる所を『青』で彩っている女だ。
水のようであり、風のようであり、氷のようであり、雪のようにも見える。ただ眼だけは、金属のような輝きと冷たさを持っている。かけている金縁のメガネが如き暖かみは無い瞳であった。
「そろそろ、程よいお返事を伺いたいのですが。太守様」
「じゅ、順番が違うではないか! まずは妻と子を返せ!」
太守は脂汗をかきながら、へたり込んだまま後ずさりしている。そのような不格好で怒鳴っても滑稽なだけなのだが。
「おや、随分と大きな物言いですね。『我々』に大層な態度を取れるお立場だとでも?」
つまらなそうに、女はメガネの縁を撫でる。踏みつけるカーペットの表面に、霜柱が立っていた。
「我々の提示する条件を呑んで欲しい、だけでこの態度?
貴方の妻子も、立場も安泰だというのに、何が不満なのです」
「何もかもだ。妻と娘を誑かし、訳のわからぬ教えを吹き込みおって!
折角万事上手くやってこられたというに」
太守がそう言うと、女はテーブルの上に鎮座していた金杯を、また興味なさげな表情のまま掴む。
「万事? この部屋に満ちる『うなる程ある金目の物』が?
よくもまぁ、【郡】の民からここまで絞り取ったものです」
女は、足を踏みならす。すると、霜柱は瞬く間に部屋へ満ち、太守の脚を絡め取る。
「で、この金で次はどんな地位を買うご予定で?
それが『うまくいく筈』だった事? 貴方の妻も娘も、罪と悔いておりますよ」
「嘘だ! この屋敷にだって、服もアクセサリーにだって喜んでいた!
一体なにを吹き込んだのだ、『タンザナ』!!」
タンザナ。それがこの青い女の名前である。
「成る程、本人だけですか、罪を罪とも思わぬは。金で地位を買い、元手は地位で徴税。
さらに地位を買っての繰り返し。足下に転がる者を見ようともしない」
彼女は、太守の額に右手の指を当てている。
「仕方無いだろう! 金を出さねば出世も出来ぬ世の中になった!
良い暮らしをしたけりゃこうする他無かった」
それ以外を諦めた男の言葉だ。反吐が出る ――
「嗚呼、反吐が出る」
彼女の指先に、淡く青い、しかしてまぶしい光が走る。
「待て! 何をするやめろ、貴様等『黒い月』は ――」
「はぁ~。もういいわ。我慢してたけどもう無理。
その薄汚い口を開かないでくれる?
やっぱり『言う事聞いて貰う』んじゃなくて、『言う事は聞かせる』ものだったわ」
光が強くなっていく。太守は絡め取られた手足をばたつかせるが、動けない。
「 ンンンッ!!? ―― 」
「『乱雑する精神』 ―― アンタの思考を掃き清める。
自分では何も考えなくても良いようにしてあげるわ。……尤も、元にも戻れないけどね」
光が最後に部屋の外にほとばしった時、太守の腕がだらりと下がった。




