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プロローグ


 

  ~ ある者の、遙か彼方の記憶において ~


 

 ここへ来て、どれ程の時間が経ったのか、把握できない。


 気がつくと、夜であったことはよく覚えている。

 

 底冷えのする闇と、ちらりと見える月明かり。


 気がついたら、ここにいた。それが全ての始まりだった。


 見覚えの無い場所に、一人。我が身のみ立っていた。


 何故そのような事になったのかは、思い出すまでも無い。


 目を閉じると、すぐにでも思い出すことが出来る、一つの光景。


 自分は、剣を抜いていた。それはハッキリと覚えている事だ。


 刃を交え、死線をくぐっていた。


 八つの国々が争う大乱の世、その末を迎えるための大戦があった。


 "最後の難敵"を、屠った。


 その実感も思い出す事が出来る。何せ"最後の記憶"であるから。


 乱れた政治、乱れた民心。


 荒みきった国土と、塵に等しい命達。


 

 その全てに、終止符を……遂げた筈だったのだ。


 

 『やったぞ』と、言いたかった。


 そう考えた。あの難敵が胸に、我が劔が吸い込まれていった時。


 記憶の中に輝く、あの重ねた手のぬくもりと、誓い。


  『私は、やりきったぞ』と



「私は、やったよ……【レオン】」


 

 そう口にした時だった。覚えているのは断片的だが、この時の空は忘れない。


 忘れようが無い。あの時の、赤くなりかけた空に手を伸ばし ――


 ―― "赤い何か"が宙を飛んでいた。


 見えたモノがなんなのかは、すぐにわかった。


 しかし、理解が及ばなかった。理解したくなかった。


 よく見知ったモノなのに、何故? と、考える事を拒否してしまっていたから。

 

 血だまりなぞ、見慣れてしまった。


 突き立った剣や槍。折れた切っ先と穂先。そのどれもが今や日常だった。



 ―― しかし、己の胸から矢尻が突き出ているのを見るのは、初めてだ。



 どうして、こんなものが見える?


 この矢尻の意匠には、見覚えがある。


 とてもよく知っている家が、造らせている矢だ。


「……構えよ」


 おぉ、聞き馴染んだ声が聞こえる。


「よろしいのですか、主上。あの方は」

「構わん、やれ」


 この十数年、何度も何度も聞いてきた声。


 その、始めて聞く声音。


 士卒の足音が、私を取り囲むように広がっていく。


 思考が追いつかない。状況は解るが、理由も何もかも思い至らない。


 彼らは弓をつがえている。魔法を唱えようとしている。槍を構えている。


 それらは理解出来る。



 それが何故、私の方向を向いているんだろう。



 ついさっきまで、友と呼んでいた相手の顔がちらりと見える。

 その眼は、かつて見たどんな顔よりも怜悧であり、非道く冷たい。ソイツが、攻撃態勢を指示していた。


「……何故だ?」


 これが、私に思い出せる、私自身の最後の言葉だ。


 鋭い痛み。熱さ。冷たさ。痺れる雷。

 そのどれもが、傷口を穿ち、えぐり、蝕んだ。


 (嗚呼、痛いなぁ)


 それは身体の痛みだったのか、それとも心の痛みだったのかは、もう思い出せない。


 気がつけばただ一人、荒野に経っていた。


 持っていた剣と、纏った鎧以外には何も無い。


 状況を解するに、少し時がかかった。


「―― 此処は、何処だ?」

 

 吹きすさぶ煤の嵐と、天を覆うは黒煙の雲。


 今までの出来事が悪い夢だったのかとすら思ったが、あの痛みは『幻痛』では無かった。

 

 全身を襲い来る痛みと、掌や手足に見える血が物語っている。


 どこかで折れたのかは知らないが、胸の矢は傷跡を残して消えていた。


 痛みと友に、意識は纏まってくる。


 頭の中に、今まで湧いたことの無い感情が生まれた。


 やり場の無い、憤懣やるかたないこの気持ちは何だ!?


「―― 裏切ったな!! 私を切り捨てたか!! 許されざる大逆だ!」


 天を仰いで、叫ぶ。


「何故だ、友よ! 私が何をした!?」


 地を大きく踏みならす。


「何が不満か!? これまでの交わりは偽りか!?」


 己の髪をかきむしりながら、歯を食いしばった。


「呪ってやる! 祟ってくれる!! 貴様の子々孫々、末に至るその時に!」


 

 全身を業火の如き痛みと哀しみが駆け巡る中で、声が聞こえる。


 正確には、記憶の中に残っている『古き良き思い出』が ――


『姫様、そのような汚い言葉を使ってはなりません』

『これからのお立場をお考えください。

 貴女様はこれから、私なぞが並び立てぬ人となるのですから』


 何故、記憶の中ですら、()は窘める言葉ばかり使うのか。

 

 こういう時くらい、慰めの記憶が出てきたっていいじゃないか。


 憤慨し暴れていた手足と声が、次第に変わっていく。


 自分は手足を地に叩き着け、地に伏せて、仰向けになったりしている。

 

 いつの間にか、泣きじゃくっていた。幼年の頃以来、こんな事は無かったと思う。


 ない交ぜになっている心もろとも、外に出て行こうとしているようだった。


 きっと、記憶の中へと去って行った()が、そうするべきと自分を導いてくれたのだ。



 ひとしきり泣いた後、ゆっくりと立ち上がる。まだ身体に力は入ってくれる。


 

 頬をぬらす【黒い雨】を見やり、眼下に広がる墨色の大河と、鈍鉄色の草原を見た。


 まだ、私は終わっていない。生き抜いて、我が家に帰ろう。


 「それまで私を見守っていてね、【レオン】」


 美しい思い出よ、導いてくれ。そう願いながら一歩を踏み出した。


 

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