4話 無用者への洗礼
重厚な木の扉の先では、使い古された武器の錆びた鉄の匂いや、手入れの行き届かない革鎧の脂臭さが入り混じり、独特な空気感を醸し出している。
薄暗い館内には、これから依頼へと向かう者や、一仕事を終えて酒を煽る冒険者たちがひしめき合っていた。
「ですから、無理なんです。いいかげんにしてください」
カウンターの向こう側で、おかっぱ頭の少女――受付嬢のアムルは、心底困り果てたような表情で、カインに理由を説明をしている。
「なんで! 冒険者ギルドは、志のある者なら誰にでも門戸を開いているんじゃなかったのか!?」
カインは身を乗り出し、食い下がる 。だが、アムルは事務的な手つきで書類を整理しながら、冷淡に首を振った。
「何度もお伝えしていますように、『翻訳士』は冒険者登録できないことになっているんですよ。規約なんです」
「身体は幼少期から鍛えている! 戦闘系ジョブの補正がないのは分かっているけど、魔物から逃げ切る自信はあるんだ!」
「そう言われましても……」
アムルはため息をつきつつ、後ろに並んでいる冒険者たちを気に掛ける。カインの我儘にいつまでも付き合ってはいられないのだ。
そのやり取りを、周囲の冒険者たちが見逃すはずもなかった。
「……おいおい、聞いたかよ? 『翻訳士』だってよ」
誰かが、嘲笑の火種をつける。
「おいおい! カビ臭い紙クズを読み漁るのがお似合いの連中が、冒険者になりたいだぁ?」
「貴族様の足でも舐めて、古書の中の愚痴でも訳してりゃいいんだよ、ワンワンってよぉ!」
嘲笑の礫が、容赦なく投げつけられる。庶民の冒険者たちにとって、翻訳士というジョブは、ろくに働かず優雅な生活を送る貴族たちの「道楽の片棒」を担ぐ存在でしかなかった 。命を懸けて日銭を稼ぐ彼らにとって、カインの夢は、聖域を汚す行為にしか見えないのだ。
「おい、そこの紙クズ野郎。聞こえてんのか?」
一人の大男が、カインの肩を強く突き飛ばした。ずしりと獣の襲撃のような衝撃が肩に走り、カインはよろめき床に尻をついた。男の目には、明らかに憤怒の炎が映っている。
「俺たちは命を懸けてんだ。てめえみたいな役立たずが、おままごと気分で来るところじゃねえんだよ。さっさと消えな」
カインの夢を温かく包んでくれるものなどない。そこにあるのは、冒険者たちの嘲笑、憤怒や拒絶のみ。
四面楚歌……。
子供の頃に見ていた夢は、翻訳士業という日常に浸るほど、その灯火は小さくなっていった。今ではもう、赤子の息でふっと消えてしまうほどの微かな光――そう思っていた。
しかし、風前の灯火は、悔しさを反動にして燃え上がった。平穏を失い、路頭に迷うこととなった底辺の人生が、皮肉にも再び夢へ駆ける原動力となったのだ。
(まだ俺は、やるだけのことをやっていない! このまま終われるか!)
突き飛ばされたカインの瞳の奥では、小さな、けれど決して消えない炎が静かに揺れていた。
冒険者ギルドは、能力のない者が、冷やかし半分で登録するところではない。
みな、死と隣り合わせで、この仕事をしているのだ。
怒りを感じるのも無理はない。が、あまりに言葉が過ぎる。
ただ、一番可哀そうなのは、実はアムルさんなのかもしれない。
彼女は、ルールに則っているだけなので、カインが、どれだけ熱をこもったアピールをしたところで、無理というしかないわけで。もう、カインのこれ、営業妨害といっても過言ではない!
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