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理の翻訳(ワールド・コンパイル)〜無能職の翻訳士、古代の理を読み取ったら神話レベルの仲間ができたのだが〜  作者: さくらば
1章

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3話 決意

『翻訳士』――およそ三百年前にはすでに世界言語が統一された現代では、無用の存在。埃を被った図書館の奥底で、先祖たちの他愛もない愚痴を掘り返すだけの「役立たずジョブ」。

 戦闘能力が向上するようなステータス恩恵も一切ない 。つまり……冒険者として不適合。


 その事実がもたらした現実は、カインにとってあまりにも残酷だった。


「……父さん、今日も剣を教えてくれないの?」


  春の息吹が頬を撫で始めたある日。庭先でカインが恐る恐る声をかけると、かつては誇らしげに息子の素振りを眺めていた父・ファルクは、冷淡な言葉を投げた 。


「時間の無駄だ。そんな暇があるなら、翻訳速度をあげる訓練でもしておけ。それがお前の『道』だろう」


 最も身近な壁である両親の変化。それが、カインを深く打ちのめした。


 広場に行けば、そこにはファルクから熱心に剣を教わるジルとエリス、そしてステップの伝授を受けるバンズの姿があった 。かつてカインが主役だったはずの場所に、もう彼の居場所はなかった 。


 それでも諦めきれず、カインは己の努力のすべてを懸けてジルに勝負を挑んだ。 だが――結果は、凄惨なものだった 。


 背中を地面に打ち付けられ、肺から空気が漏れる。 ジョブの補正を受けたジルの身のこなしは、カインが死に物狂いで磨き上げた技を、赤子の手をひねるように凌駕していたのだ 。


「……」


 ジルは何も言わなかった。ただ、土を噛むカインを、憐れみを含んだ瞳で見下ろしていた 。言葉をかける価値すらもうないのだと、その沈黙が雄弁に語っていた 。


「カインくんー、もう諦めたらどうっすかぁ? 無駄っすよ、無駄!」


 シーフのジョブを得て見違えるような俊敏さを手に入れたバンズが、薄ら笑いを浮かべて周囲を駆け回る 。


「今の僕ちんにすら、木剣一本当てられないんじゃあ、お話にならないっすよ」


 これが、神の与えた「ジョブ」という名の絶対的な理。カインは、 絶望の淵に沈んでいた。もう、光すらみえないほどに……。だが、微かに届いた震える声は、確かに希望のように輝いていた。


「……まだだよ、カインくん! 私、信じてるからっ!」


 声の主は、 エリスだった。


「カイン君が誰よりも努力してたのも、夢を諦めないのも、私が一番知ってるから……!」


 彼女の励ましは、今のカインにとって、暗闇に灯る唯一の道標だった 。


(俺は、どうすればいい……?)


 悩み抜いた末、カインはひとつの結論に達した。

 戦闘能力が向上しない枷をはめられたまま、どうやってあの大空へと羽ばたくか 。 その答えは、自分に与えられた唯一の武器を極めることしかなかった。


「……母さん、お願いがあるんだ。なんとかして、有益な古書を何冊か取り寄せてほしい」


 翌朝、カインは母・リーザに深く頭を下げた。顔を上げた瞳には、昨日までの迷いは消え、静かな決意が宿っていた 。


「お金は、いつか必ず、出世払いで返すから」


 それからというもの、カインは昼夜を問わず己を追い込んだ。リーザが奔走して取り寄せてくれた古書を机に広げ、ランプの淡い灯りの中で目を凝らす 。


  狂ったように読み漁るうち、翻訳能力は飛躍的な向上を見せた 。ページを一瞬見ただけで内容を現代語へと変換できる「超速読」の領域に達したのだ 。


 そして幾日か過ぎたある日、カインは奇妙な違和感に気づく 。 「言葉の中に、景色が見える」のだ 。 意味を絞り出すように凝視すると、他愛のない一文が、暗闇で光を放つ宝石のように輝いて見えた 。理屈ではない。短い一文の裏側に、作者の本当の想いや情景が、ぎっしりと詰まっているような感覚 。


 だが、カインは理解していた。


「ああ……これは、翻訳のやり過ぎか。疲れが溜まっているみたいだ。休息が必要かもな」


 半人前の翻訳士が、寝る間を惜しんで特訓したことで、興奮状態が収まらなくなったようだ。カインはそう判断したのだが……果たしてその理解は正しいのか。

 結局のところ、カインの判断が全てなのである。誰にも相談できないことなのだから。


 仲間たちが村の全面的なサポートを受けて急成長する傍らで、カインは誰にも見られず、孤独に古書という名の底なし沼の中で己の牙を研ぎ続けた 。 いつか必ず、あの高みへ至るために。


 ――。


 そして、現在。


 歓声の余韻だけが微かに残る大通りで、カインはゆっくりと目を開けた。

 パレードの馬車はとうに通り過ぎ、英雄となった幼馴染の姿はもう見えない。


 18歳。無職。かつての神童は、今や古書の解読すらクビになった正真正銘の無用者だ。だが、カインの瞳の奥に宿る闘志の炎は、あの日から一秒たりとも消えてはいない。


 古い羊皮紙の匂いが染み付いた両手を強く握り締め、顔を上げる。


「失うものなんて、最初から無かったじゃないか」


 カインは踵を返し、街の中心へと向かって歩き出した。目指す場所はひとつ。かつて「お前には無理だ」と両親に否定され、門を叩くことすら許されなかった場所。


 カインの足取りは、不思議なほど軽かった。


 やがて、重厚な石造りの建物の前に辿り着く。入り口には、剣と盾を交差させた紋章が掲げられている。


『冒険者ギルド』


 カインは迷うことなく、その重厚な木の扉に手をかけ、力強く押し開けた。

お父さん、サッカー選手になりたいから、サッカー教えて!

学年で断トツ運動神経の悪いお前がなれるわけないだろう! そんなことより、勉強しろ! お前のやるべきことをやれ!


……とか言われているわけじゃないですか。実際、運動神経のよい幼馴染に対抗できないわけで。かつては、楽勝に勝てた相手ですよ?屈辱じゃないですか? でも、ぐうの音も出ないわけです。反論のしようがない。

そんな過去があって、さらに役立たず的な職からも放り出されたカインに残ったものは、かつての夢だけだったわけです。立て! 立つんだカイン!


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