2話 残酷な神の理
遠ざかる光のパレードを見送りながら、カインの脳裏には色褪せない記憶が蘇っていた。 思えば、ティム村で育った幼馴染五人はいつも一緒だった。
常に俺様気質で負けず嫌いなジル、強い者の影に隠れて調子に乗る小柄なバンズ、最年長で常に冷静なジャッジ。そして――誰よりもカインの才能を信じて疑わなかったエリス。
――記憶が映す光景は、残酷なくらいに眩しかった。
夏の陽光が、辺境のティム村の広場に照り付ける。その中心で、木剣を構えて対峙している二人の少年がいた。
「……はぁ、はぁっ! 舐めてんのか、カイン!」
鋭い叫び声を上げたのは、派手な金髪を振り乱した少年、ジルだ 。その瞳には、ギラギラとした敵意と、それを上回るほどの焦燥が混ざり合っている 。
対して、黒髪の少年、カインは、まるで凪の湖面のように穏やかだった 。
ジルが地を蹴り、勢いをつけて木剣を振り下ろす 。それは子供の遊びにしては、あまりに重く、執念がこもった一撃だった 。しかし、カインは最小限の動きでそれをいなす 。
背後をとったカインは、すぐさまその剣先をジルの顔元に突き出した 。勝負は、あっさりと決まった 。
実力差があるのは当然だ。カインの両親は、「元Aランク冒険者」である 。その血を引く彼は、若干11歳にして「神童」と持て囃されていた 。
「……ふざけんなよ。おいカイン! もう1回だ! 今のは足が滑っただけだ!」
ジルが顔を屈辱に歪め、再び木剣を握りしめたその時――。
「そこまでだ。ジル、見苦しいよ」
静かだが拒絶を許さない声が響いた。二人の間に割って入ったのは、幼馴染の中で最年長の少年、ジャッジだった 。すでに神から「調停者」のジョブを授かっている彼は、冷徹に言い放つ 。
「何度挑んでも結果は同じだよ。まずは、己の力量差を受け止めないと。……今の君では、彼と同じ地平には立てない」
「っ……! クソが、覚えてろよ!」
ジャッジの正論に言い返せず、ジルは逃げるように広場を去っていく 。
それを見送る間もなく、今度は小柄なバンズが揉み手をするようにカインへ擦り寄ってきた 。
「いやぁ〜、さすがカインさん! ジルみたいなザコ脳筋、カインさんの敵じゃないっすよね! やっぱりこれからはカインさんの時代っす!」
かつてはジルの腰巾着だったくせに、カインの実力が分かるとすぐさま取り入ろうとする 。同い年にも関わらず敬語を使ってくるバンズに、カインは苦笑いするしかなかった 。
「すごい……! すごいよっ! やっぱりカイン君は、特別だね!」
バンズを押しのけるように、肩より少し長い金髪を揺らしてエリスが覗き込んでくる 。彼女の瞳は、カインへの純粋な憧れでキラキラと輝いていた 。
「ねえ、将来はやっぱり二人でパーティーを組んで、世界中を旅しちゃうのかな?」
エリスが期待に胸を膨らませて身を乗り出す 。その無垢な表情に、カインの心は少し跳ねた 。
だが、すぐに現実が高揚感を冷ましていく。カインの夢は、世界最高の冒険者になることだ 。エリスみたいに、か弱く優しい女の子が、この夢についていくのは到底無理だ。スライムすら、まともに倒せないだろう。
「……そ、そうだね。一緒に旅ができたらいいよね」
カインが少し言葉を濁しながら返すと、エリスはパッと顔を明るくして、凄い熱量で迫ってきた 。
「やったぁ! 約束だよ? 私もカイン君に追いつけるように、もっと特訓しなきゃ!」
あの頃のカインは、信じて疑わなかった。
自分は最強の剣士ジョブを授かり、このまま世界最高の冒険者への道を駆け上がっていくのだと。
時は流れ、年明けのとある日。 冷たく澄んだ空気が肌を刺す冬の朝。ティム村の教会には、今年12歳になる少年少女が集まっていた 。
神の啓示当日―― 。 それは、神から天職が授けられる、一生に一度の強制的儀式である 。
列から進み出た小柄なバンズが恐る恐る聖盤に手をかざすと、淡い光が彼の体を包み込んだ 。
「シ、シーフ……? 僕ちんが、シーフ!?」
バンズが感極まった声を上げる 。別名「盗賊」とも呼ばれる、素早い身のこなしが特徴のジョブだ 。冒険者への道が少しばかり開けたことに、バンズの顔は優越感でいっぱいだった 。
続いて進み出たジルが聖盤に触れると、再び光が浮かび上がる 。
「おお、君は剣士だな。その中でも重剣士に属するジョブだ」
神父の言葉に、周囲から歓声に近いざわめきが起こる 。ジルに授けられたのは『重剣士』 。大剣を操る力自慢のジョブであり、冒険者の花形である剣士系だ 。
ジルは満足げに口の端を吊り上げ、カインを挑発する仕草をして列に戻った 。
そして、エリスの番が来た 。 村人たちは、彼女は「薬師」や「農業家」など、優しさが溢れるジョブを授かるだろうと想像していた 。しかし、彼女が聖盤に触れた瞬間、これまでの誰よりも強く、鮮烈な光が彼女を包み込んだのだ 。
「……『戦剣士』」 神父がぽつりと呟いた言葉に、周囲は驚きのあまり沈黙した 。
戦剣士——それは速さと重さを兼ね備え、剣士系の中でも最高峰のバランスを誇るジョブ 。
「カインくん、これで……これで一緒に冒険できるねっ!」
エリスは頬を赤らめ、溢れんばかりの喜びを湛えた瞳でカインを見つめた 。 彼女の夢が、現実に一歩近づいた瞬間だった 。
そして、最後に残ったのはカインだ 。 村中から「神童」と持て囃され、誰もが最強の剣士ジョブを授かると確信していた 。
「カイン、気を張らずに、落ち着いていけよ」
2年前に神の啓示を受けている「先輩」のジャッジが、後ろから声をかける。カインは深呼吸をし、聖盤にそっと手を触れた 。
次の瞬間、聖堂が割れんばかりの黄金の輝きに満たされた 。これまでの誰よりも、エリスの時よりも眩い 。
「おお、これは……なんと素晴らしい! これほどまでの輝き、私は見たことない!」
年老いた村長が、子供のように目を輝かせて興奮している 。世界最高の冒険者を目指すカインに相応しい、輝かしい光だった 。
やがて、光が収まり、宙に文字が刻まれた 。 静寂が教会を包み込む 。 神父はその文字を食い入るように見つめ、そして——石のように固まった 。
「神父様、 これは……」
静寂に耐えかねたカインが問いかける 。 神父は何度も目をこすり、信じられないものを見るかのような表情で、しかし淡々とした口調で、その言葉を発した 。
「カイン……。君は……」
カインの心臓が、早鐘のように打つ。俺は……なんだ。
「君は……」
俺は……。
「君は、『翻訳士』だね」
…… 。
「……え?」
その一言が、神童と呼ばれた少年のすべてを、音を立てて崩れ去らせた。
幼少期の話。よくありますよね。小学生の頃はあんなに「凄い!」と思っていたのに、成長した自分をみて「なんでこんなにダメなんだろう」ということ。カインは、一瞬にして神童から底辺に叩き落されます。
そりゃ、え?ってなりますよ。可哀そうに。
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