表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢ですが、恋を病気として治療される世界が間違っていると思います 〜愛するほど壊されるなら、私は悪役のままでいい〜  作者: はねださら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

第7話 医師の罪

 夜は、治療院にも平等に訪れる。


 魔導灯が落とされ、廊下は最低限の明かりだけを残して静まり返っていた。

 患者たちは皆、規則正しい睡眠に入っているはずの時間。


 そのはずだった。


 アリアは、眠れずにいた。


 目を閉じても、闇の奥で何かがざわつく。

 感情と呼ぶには曖昧で、思考と呼ぶには熱を帯びすぎたもの。


 ――私は、何を考えているの?


 答えは出ない。

 出ないまま、胸の奥が苦しくなる。


 小さく息を吸った瞬間。


 コン、と扉を叩く音がした。


 控えめで、迷いを含んだ音。


「……誰ですか」


 問いかけると、すぐに返事が返る。


「私です」


 ユリウスの声。


 この時間に。

 規則では、ありえない。


「入っても、いいですか」


 一拍の沈黙。


 断る理由は、思い浮かばなかった。


「……どうぞ」


 扉が静かに開く。


 ユリウスは白衣を着ていなかった。

 簡素な服装。

 医師ではない、一人の青年として立っている。


「……眠れませんでしたか」


「はい」


 正直に答える。


「夢を、見た気がします」


 ユリウスの喉が、かすかに鳴った。


「……どんな夢ですか」


「分かりません」


 アリアは首を振った。


「目が覚めたとき、

 胸が苦しかったことだけ、覚えています」


 それだけで、

 ユリウスの表情が、はっきりと歪んだ。


「……それは」


 言いかけて、止まる。


 医師としての言葉が、

 今は、彼の喉を通らない。


「先生」


 アリアは、静かに言った。


「私……本当に、治っていますか?」


 ユリウスは、答えなかった。


 代わりに、拳を強く握りしめる。


「……あなたは」


 低い声。


「とても、上手に壊れています」


 その言葉は、

 あまりにも、正直すぎた。


 アリアは、目を瞬いた。


「壊れて……いる?」


「ええ」


 ユリウスは、顔を上げる。


 その瞳には、迷いも、恐れも、隠されていなかった。


「感情を抑え、

 誰も責めず、

 正しい言葉を選び続けている」


 一歩、近づく。


「それは、この世界が望む“理想”です」


 もう一歩。


「でも……人としては」


 言葉が、震えた。


「壊れている」


 アリアの胸が、強く鳴った。


 それは痛みだった。

 はっきりとした、感情の痛み。


「先生……」


 声が、掠れる。


「そんなこと、言ってはいけません」


 それが規則であり、

 正しさだ。


「……分かっています」


 ユリウスは、苦しそうに笑った。


「だからこれは、

 医師としての言葉じゃない」


 彼は、ポケットから小さな水晶片を取り出した。


 淡く光る、治療用の媒介。


「本来、許可なく使えば、

 即刻資格剥奪です」


 アリアは、息を呑んだ。


「……それは」


「感情抑制を、

 一時的に解除する術式です」


 空気が、張り詰める。


「数分だけ。

 その後の保証は、できません」


 それは、はっきりとした違反。

 罪。


「……どうして」


 アリアの声が、震える。


「どうして、そこまで……」


 ユリウスは、答えなかった。


 代わりに、ゆっくりと彼女の前に跪く。


「……あなたが」


 低い声。


「“平気”だと言うたびに、

 何かが、死んでいく気がした」


 その告白は、

 医師のものではなかった。


「私は……」


 言葉を探す。


「壊す側の人間だ」


 水晶が、淡く輝く。


「だから、せめて」


 彼は、震える手でそれを掲げた。


「壊れたことを、

 あなた自身が知る権利だけは……」


 アリアは、しばらく黙っていた。


 恐怖は、なかった。


 ただ、

 胸の奥で、何かが強く、強く、求めている。


「……お願いします」


 その言葉が、

 自分の口から出たことに、驚いた。


 ユリウスは、目を閉じる。


「……後悔します」


「それでも」


 アリアは、彼を見つめた。


「何も感じないまま生きる方が、

 ずっと、怖いです」


 長い沈黙。


 やがて、ユリウスは頷いた。


「……分かりました」


 水晶を、アリアの胸元にかざす。


「深呼吸を」


 魔力が、流れ込む。


 次の瞬間。


 世界が、色を取り戻した。


 胸が、焼けるように熱い。

 息が、詰まる。


「……っ!」


 涙が、溢れた。


 理由は、分からない。

 ただ、苦しくて、切なくて。


「……レオンハルト……!」


 名前が、叫びとなって溢れ出る。


 胸が、痛い。

 失ったものが、はっきりと分かる痛み。


「……会いたい……」


 嗚咽。


 その姿を見て、

 ユリウスは、歯を食いしばった。


「……くそ……」


 彼は、アリアを抱きしめた。


 強く、壊れないように。


 だが、口づけることはしない。


 それが、彼に残された最後の理性だった。


「……時間がない」


 彼は、震える声で言った。


「すぐに、戻る」


 魔力が、再び流れ込む。


 感情が、引き剥がされる感覚。


「……っ、いや……」


 声が、掠れる。


 だが、世界は再び、静かになる。


 アリアは、崩れ落ちた。


 息を整えながら、

 胸に残る、残滓のような痛みを感じる。


「……今のは」


 囁く。


「私の……恋、ですか」


 ユリウスは、答えなかった。


 答えられなかった。


 彼は、ゆっくりと立ち上がる。


「……忘れてください」


 それは、嘘だった。


 二人とも、分かっている。


 今の数分が、

 もう戻れない一線だったことを。


 扉が閉まる。


 静寂。


 アリアは、胸に手を当てた。


 痛みは、薄れている。

 けれど。


 ――確かに、あった。


 愛は、ここにあった。


 それを知ってしまった夜。


 それが、

 この物語の、終わりの始まりだった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ