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断罪された悪役令嬢ですが、恋を病気として治療される世界が間違っていると思います 〜愛するほど壊されるなら、私は悪役のままでいい〜  作者: はねださら


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第6話 正しいヒロイン

 その日、治療院に来客があると知らされたのは、朝の診察が終わったあとだった。


「面会ですか?」


 アリアの問いに、ユリウスは一瞬だけ言葉を選ぶ。


「……正式な面会ではありません。

 短時間の挨拶、という扱いです」


 挨拶。


 その曖昧な言葉に、胸の奥がわずかに動いた。


「相手は?」


「聖女候補、エリナ・リュミエール」


 その名を聞いた瞬間、

 アリアは自分の中に、はっきりとした感情が湧かないことに気づいた。


 ――ああ、そう。


 それだけだった。


 以前なら、胸がざわついたはずの名前。

 羨望か、警戒か、あるいは焦り。


 今は、どれもない。


 応接室は、治療院にしては柔らかな雰囲気だった。

 白い花が飾られ、光も少しだけ温かい。


 そこに立っていた少女は、

 思っていたよりも小柄だった。


「……アリア様」


 エリナは、アリアの姿を見つけると、

 深く、深く頭を下げた。


「お会いできて、光栄です」


 その声は、震えていた。


「どうぞ、お顔を上げてください」


 アリアは、自然にそう言った。


 自分の声が、ひどく優しく聞こえる。


 エリナはゆっくりと顔を上げる。

 澄んだ瞳が、真っ直ぐこちらを見ていた。


「……本当に、お元気そうで……」


 安堵が、はっきりと伝わってくる。


「私……ずっと、心配していました」


 その言葉に、嘘はない。


 だからこそ、胸の奥が少しだけ、冷える。


「ご心配をおかけしました」


 アリアは微笑んだ。


「こうしてお会いできて、私も嬉しいです」


 それが、正しい返答だと分かっている。


 エリナは、ぎゅっと手を握りしめた。


「……あの」


 一歩、近づく。


「私のせいで……

 アリア様が、治療を受けることになったのではないかと……」


 その言葉に、アリアは目を瞬いた。


 ――ああ。


 この子は、自分を責めている。


「違います」


 即答だった。


「あなたのせいではありません」


 それは、真実だった。


 少なくとも、アリアはそう思っている。


「でも……」


「本当に」


 アリアは、エリナの目を見て言った。


「この治療は、必要なものだったのでしょう」


 その瞬間。


 エリナの顔が、ぱっと明るくなる。


「……よかった」


 涙ぐみながら、微笑む。


「私……怖かったんです」


「何が、ですか?」


「もし、私の存在が、

 誰かを壊してしまうものだったら……って」


 壊す。


 その言葉が、静かに胸に落ちる。


「でも、アリア様が、

 こんなに穏やかになられたのを見て……」


 エリナは、はっきりと言った。


「治療は、正しかったんだって」


 その言葉は、

 祝福のように、優しかった。


 同時に、

 アリアの中の何かを、確実に押し潰した。


「……そう、ですね」


 声は、揺れなかった。


「皆が、安心できるなら」


 それで、いい。


 エリナは、涙を拭いながら頷く。


「殿下も……本当に安心していらっしゃいました」


 その名を聞いても、

 胸は、わずかに痛むだけだった。


「アリア様が、戻ってきてくださって……

 この国は、きっと大丈夫です」


 この国。


 個人ではなく、

 世界の話になる。


「……エリナ様」


 アリアは、少しだけ間を置いて言った。


「もし」


 言葉を選ぶ。


「もし、あなたが……

 誰かを強く想ってしまったら」


 エリナは、きょとんとした。


「想う、ですか?」


「はい。

 独占したい、とか……

 失いたくない、とか……」


 エリナは、少し考え込んでから、首を振った。


「それは……良くないことですよね?」


 迷いのない声。


「私、そういう感情は……

 抑えられると思います」


 その答えを聞いた瞬間。


 アリアの胸の奥で、

 はっきりと、何かが軋んだ。


 ――抑えられる。


 それは、正しい。


 この世界では。


「……ええ」


 アリアは微笑んだ。


「きっと、素晴らしい聖女になられます」


 エリナは、心から嬉しそうに笑った。


 その笑顔は、清らかで、眩しくて。


 アリアは、目を逸らした。


 面会が終わり、

 エリナが去ったあと。


 応接室には、静けさが戻る。


「……先生」


 アリアは、隣に立つユリウスに声をかけた。


「彼女は、とても良い方ですね」


「……ええ」


 ユリウスの返事は、重かった。


「この世界に、必要な人です」


 アリアは、そう続けた。


 それが、正論だと分かっているから。


 ユリウスは、拳を強く握った。


「……アリア」


 彼は、低い声で言った。


「あなたは」


 言いかけて、止まる。


「……いいえ。

 今の言葉は、忘れてください」


 アリアは、首を振った。


「いいえ。

 聞かせてください」


 ユリウスは、苦しそうに息を吐く。


「あなたは……

 とても、上手に治っています」


 それは、褒め言葉のはずだった。


 なのに。


「ありがとうございます」


 アリアは、礼儀正しく答えた。


 その完璧な返答に、

 ユリウスは、目を伏せた。


 部屋に戻ったあと、

 アリアは、一人で考えていた。


 エリナは、正しい。

 レオンハルトも、正しい。

 治療も、正しい。


 誰も、間違っていない。


 なのに。


 ――どうして。


 胸の奥が、こんなにも、空っぽなのだろう。


 窓のない部屋で、

 アリアは静かに目を閉じた。


 その心に、

 小さな疑問が芽生えていることに、

 まだ、気づかないふりをして。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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