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断罪された悪役令嬢ですが、恋を病気として治療される世界が間違っていると思います 〜愛するほど壊されるなら、私は悪役のままでいい〜  作者: はねださら


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第5話 会えない恋人

 治療院に戻ってから、三日が経った。


 アリアは、規則正しい生活を送っていた。

 起床、検診、軽い処置、読書、散歩、就寝。


 何も問題はない。

 感情の波もない。

 医師たちの評価は、概ね良好。


 ――順調です。


 その言葉を聞くたび、胸の奥がわずかに冷えるのを、

 アリアはもう、気にしないようにしていた。


 机の上に置かれた申請書を、静かに見つめる。


 《面会申請》


 文字は、整っている。

 震えも、迷いもない。


 以前の自分なら、

 この紙を前に、何度も書き直しただろう。


 けれど今は、一度で十分だった。


「……これを」


 アリアは、ユリウスに差し出した。


 彼は書類に目を落とし、すぐに内容を理解した。


 そして――

 ほんの一瞬、目を伏せた。


「王子殿下との、面会申請ですね」


「はい」


 声は、驚くほど落ち着いている。


「理由を、聞いても?」


 形式的な問い。


 アリアは、少し考えた。


「確認したいことが、あります」


「確認?」


「……私が、何を失ったのかを」


 ユリウスの指が、紙の端を強く押さえた。


「それは、必要ありません」


 即答だった。


「治療の過程で、過去に固執することは、

 回復を妨げます」


「……でも」


 アリアは、言葉を探す。


 どうして会いたいのか。

 何を確認したいのか。


 はっきりとは、分からない。


 ただ。


「会わなければ、前に進めない気がするんです」


 ユリウスは、長い沈黙のあと、首を振った。


「……申請は、却下されます」


 淡々とした声。


 医師としての判断。


「理由は?」


 問い返した自分の声が、

 少しだけ、硬くなったのを自覚する。


「王子殿下は、治療の“原因”に該当します」


 原因。


 その言葉が、胸に落ちる。


「再接触は、症状の再発リスクが高い」


「……症状、ですか」


 アリアは、静かに繰り返した。


「私が感じていたものは、

 症状だったのですね」


 ユリウスは、答えなかった。


 答えられなかった、のかもしれない。


「分かりました」


 アリアは、申請書を机に戻した。


 破ることも、握り潰すこともなく。


 ただ、置いた。


「では、この話は終わりにしましょう」


 その態度が、

 ユリウスの胸を刺した。


「……アリア」


 彼は、思わず名を呼ぶ。


 医師としてではなく、

 一人の人間として。


「……本当に、平気ですか」


 その問いに、アリアは少しだけ微笑んだ。


「はい」


 嘘ではない。


 泣きたい気持ちも、

 怒りも、湧いてこない。


 だからこそ――


「平気であることが、

 少しだけ、怖いですが」


 ユリウスの顔が、強張る。


「それは……」


「大丈夫です」


 アリアは、彼の言葉を遮った。


「正しく、治っていますから」


 その夜。


 アリアは、久しぶりに夢を見た。


 夢の中で、誰かが笑っている。


 金色の髪。

 蒼い瞳。


 自分に手を伸ばし、

 何かを言おうとしている。


 ――声が、聞こえない。


 近づこうとすると、

 透明な壁が立ちはだかる。


「……どうして」


 問いかけても、

 答えは返らない。


 目を覚ましたとき、

 胸の奥が、きゅっと締めつけられていた。


 理由の分からない、痛み。


 ――夢、か。


 そう思おうとして、

 枕元が濡れていることに気づく。


 涙。


 いつ流したのか、分からない。


 翌朝。


 診察室で、ユリウスは記録を取っていた。


「夜間、情動反応は?」


「ありません」


 即答。


 だが、彼はペンを止めた。


「……夢は?」


 一瞬の沈黙。


「……見ました」


 ユリウスの喉が、かすかに鳴る。


「内容は?」


 アリアは、首を横に振った。


「覚えていません」


 嘘だった。


 けれど、説明する言葉がない。


「そうですか」


 ユリウスは、記録に何かを書き足す。


 《夢見:軽度》

 《再発兆候:経過観察》


 その文字を、

 アリアは静かに見つめていた。


「先生」


「はい」


「もし……治療が、完全に終わったら」


 問いは、慎重だった。


「私は、もう夢を見なくなりますか?」


 ユリウスの手が、止まる。


「……見る必要が、なくなります」


 必要がない。


 それは、祝福なのだろうか。


「分かりました」


 アリアは、そう答えた。


 診察室を出るとき、

 彼女は一度だけ、振り返った。


 ユリウスは、俯いたまま、動かなかった。


 その背中に、

 アリアは、なぜか謝りたい気持ちになった。


 ――ごめんなさい。


 何に対してかは、分からない。


 ただ。


 会えないことが、

 “正しい判断”だとされる世界で。


 それでも、

 会いたいと思ってしまう何かが、

 まだ、胸の奥に残っている気がした。


 それが恋なのかどうか、

 もう、分からないまま。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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