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断罪された悪役令嬢は、恋をした罪で治療される ~恋は、治らない~  作者: 月影 すずり


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25/25

第25話(最終話) 恋は、治らない

 治療院を出る日、空は驚くほど静かだった。


 雲は薄く、風もない。

 世界は何事もなかったかのように、そこにある。


 アリア・エル=セリスは、門の前で立ち止まった。


 荷物は少ない。

 もともと、この場所に持ち込めるものなど、ほとんどなかった。


「……ここまでだな」


 背後から、ユリウスの声がした。


 彼は白衣を着ていない。

 もう、治療院の医師ではないからだ。


「ええ」


 アリアは、振り返らずに答えた。


「制度は、止まりました」


「凍結、だがな」


「それで十分です」


 完全な正義など、最初から存在しない。

 けれど、連鎖は断ち切れた。


「君は」


 ユリウスが、少し言い淀む。


「……これから、どうする」


 アリアは、少し考えた。


「まだ、分かりません」


 正直な答え。


「でも」


 一拍。


「“治らない”ままで、生きます」


 ユリウスは、小さく笑った。


「それが、一番危険だ」


「ええ」


 アリアも、微笑む。


「だから、選びました」


 沈黙のあと、ユリウスは深く頭を下げた。


「……共犯でいられて、よかった」


「こちらこそ」


 それが、別れだった。


---


 王宮の外れ。

 人目の少ない回廊で、アリアは一人の人物と向き合っていた。


 レオンハルト・ヴァルツ。


 王子の衣装ではない。

 簡素な外套姿。


「……引き止めないのですね」


 アリアが言う。


「引き止める資格はない」


 彼は、静かに答えた。


「君を断罪したのは、俺だ」


 沈黙。


「王位継承権は、放棄しました」


 それは、報告だった。


 謝罪ではない。

 取引でもない。


「そうですか」


 アリアは、驚かなかった。


「後悔は」


「している」


 即答だった。


「だが」


 一拍。


「君を愛したことだけは、後悔していない」


 空気が、わずかに震える。


 アリアは、目を伏せた。


「……それは」


 少しだけ、声が揺れる。


「治療対象ですね」


 レオンハルトは、苦く笑った。


「そうだな」


 だが、否定はしない。


「だから」


 アリアは、顔を上げる。


「それ以上、近づかないでください」


 残酷なほど、静かな言葉。


「私たちは、

 “正しさ”の中では、

 一緒にいられません」


 レオンハルトは、何も言わなかった。


 言えなかった。


「でも」


 アリアは、最後に付け加える。


「あなたが、迷ったことは」


 一拍。


「無駄ではありませんでした」


 それで、十分だった。


 彼女は、踵を返す。


 振り返らない。


 振り返れば、また選ばれてしまうから。


---


 数か月後。


 王都では、小さな変化が起きていた。


 恋を理由に、即座に断罪される者はいない。

 治療院は、静かだ。


 完全な改革ではない。

 だが、“当たり前”は揺らいだ。


 アリアは、地方の街にいた。


 名を変えず、隠れもせず、

 ただ一人の女性として暮らしている。


 夜、窓辺で星を見る。


 胸に、痛みが残る。


 誰かを想う感情。

 失われなかった感情。


「……治らないですね」


 小さく、笑う。


 それでいい。


 恋は、病ではない。

 消すものでも、管理するものでもない。


 ただ、人が人である証だ。


 世界は、まだ正しくない。

 制度も、残っている。


 それでも。


 次の悪役令嬢は、生まれない。


 少なくとも、

 恋をしただけで、

 断罪されることはなくなった。


 アリアは、空を見上げた。


 星は、静かに瞬いている。


 ――恋は、治らなかった。


 それで、この世界は、

 ほんの少しだけ、

 正しくなった。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


この物語は

「悪役令嬢ものを書こう」と思って始めたはずが、

気づけば

“正しさって、誰のためのものだろう”

という問いを書いていました。


恋をすると、弱くなる。

独占したくなる。

嫉妬してしまう。


それは確かに、面倒で、危うくて、

時には誰かを傷つけます。


でも同時に、

それはとても人間的な感情でもあります。


もしそれらをすべて

「病だから」「正しくないから」と切り捨ててしまったら、

残るのは本当に“幸福な社会”なのか。


アリアは英雄ではありません。

世界を革命的に変えたわけでもありません。

ただ、自分だけが壊れる役を引き受けることを拒んだ人です。


それでも、

彼女が立ち止まったことで、

次に断罪される誰かはいなくなりました。


それだけで、

少しだけ世界は前に進めたのだと思っています。


恋は、治りません。

でも、治らないからこそ、

人は迷い、選び、責任を持てるのだと思います。


この物語が、

誰かの「好きになってしまった気持ち」を

少しだけ肯定できていたら、

それ以上に嬉しいことはありません。


最後までお付き合いいただき、

本当にありがとうございました。


またどこかで、

物語の中でお会いできたら嬉しいです。

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