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断罪された悪役令嬢は、恋をした罪で治療される ~恋は、治らない~  作者: 月影 すずり


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第23話 断罪の再定義

 その夜、レオンハルト・ヴァルツは眠れなかった。


 王宮の私室。

 豪奢な天蓋付きの寝台に横になっても、瞼の裏に浮かぶのは一つの光景だけだった。


 ――私は、後悔していません。


 扉越しに投げられた、あの一言。


 責めるでもなく、縋るでもなく、

 ただ事実として告げられた言葉。


「……後悔していない、か」


 呟きが、空気に溶ける。


 それは、彼が一度も口にできなかった言葉だった。


 レオンハルトは、ゆっくりと起き上がり、机に向かう。

 引き出しを開けると、古い書類が一束、整然と収められていた。


 ――断罪記録。


 婚約破棄。

 社交界での糾弾。

 治療院への移送。


 すべて、自分の署名がある。


「……正しかったはずだ」


 それが、これまでの答えだった。


 アリアは、感情を抑えきれなかった。

 嫉妬した。

 独占しようとした。


 それは、この国では「病」だ。


 だから、治した。

 救った。


 ――そう、信じていた。


 だが。


 治療院が止まった。

 断罪が発生しなくなった。

 秩序は、崩れていない。


 むしろ――静かすぎる。


「……本当に、守っていたのは何だ」


 書類の一枚を取り出す。


 患者三二七号。

 アリア・エル=セリス。


 最終段階。

 だが、完了せず。


 その文字を見つめていると、胸の奥が締め付けられた。


 彼女は、従っている。

 制度を否定していない。


 それでも、壊している。


 ――感情を、持ったまま。


 コンコン、と控えめなノック。


「入れ」


 扉が開き、第一王子が入ってくる。

 相変わらず感情の読めない顔だ。


「……まだ起きていたか」


「兄上こそ」


 第一王子は、机の書類に目をやり、すぐに察した。


「三二七号の件か」


「……はい」


「迷っているな」


 断定だった。


 レオンハルトは否定しなかった。


「兄上は、どう思われますか」


 第一王子は、少し考え、静かに答える。


「制度は、優秀だ」


 予想通りの言葉。


「恋を制御することで、内乱は減った。

 貴族同士の私闘もなくなった」


「……それでも」


 レオンハルトは、言葉を選ぶ。


「失ったものは、ありませんか」


 第一王子は、目を細めた。


「情は、統治に不要だ」


 即答。


「王族が個人の感情を優先すれば、国は傾く」


 正論だ。

 かつての自分なら、迷いなく頷いていた。


「だが」


 第一王子は、続ける。


「制度が止まるなら、修正は必要だ」


 その言葉に、レオンハルトは顔を上げた。


「修正、ですか」


「ああ」


「三二七号を完全治療する。

 それで順番は再開する」


 それは、あまりにも合理的な答えだった。


 ――彼女を、消せばいい。


 その一言を、王子は口にしない。

 だが、意味は同じだ。


「……それが、正しいと」


 第一王子は、レオンハルトを見据えた。


「正しさとは、結果だ」


 静かな声。


「国が安定するなら、それが正義だ」


 沈黙が落ちる。


 レオンハルトの脳裏に、過去の光景が蘇る。


 断罪の場で、アリアが見せた微笑み。

 震えない背筋。

 逃げなかった瞳。


 ――私として、見てくださいますか。


 あの問い。


「……兄上」


 レオンハルトは、ゆっくりと立ち上がった。


「私は」


 一拍置く。


「自分の断罪を、正しいと思っていました」


 第一王子は、黙って聞いている。


「ですが今は」


 胸に、手を当てる。


「それが、私自身の恐怖だったのではないかと思うのです」


 初めて口にする、本音だった。


「彼女の感情が、怖かった。

 自分が、選ばれることが」


 だから。


「病だと、決めつけた」


 第一王子の表情が、わずかに変わる。


「……王子」


 低い声。


「感情に流されるな」


「流されていません」


 レオンハルトは、はっきりと言った。


「責任を、取ろうとしているだけです」


 第一王子は、少しだけ考え、言った。


「なら聞こう」


「……何を」


「お前は、何を差し出す」


 その問いは、重かった。


 王族が制度を否定するなら、

 必ず代償が必要だ。


 レオンハルトは、迷わなかった。


「王位継承権です」


 部屋の空気が、張り詰める。


「……正気か」


「正気です」


 即答。


「私が断罪した者を、私が救えないなら、

 王族でいる資格はありません」


 第一王子は、長く弟を見つめた。


 やがて、静かに息を吐く。


「……愚かだ」


 だが、その声には、わずかな苦さが混じっていた。


「だが」


 一拍。


「それほどの覚悟なら、

 会議で発言する権利はやろう」


 レオンハルトは、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 第一王子は、扉へ向かいながら、最後に言う。


「覚えておけ」


「制度を壊す者は、英雄にはならない」


 扉が閉まる。


 レオンハルトは、独りになった部屋で、静かに息を吐いた。


「……それでいい」


 英雄になど、なりたくない。


 ただ。


 あの断罪が、間違いだったのなら。


 それを、正し直すのは――


「断罪した者の、義務だ」


 翌朝、王宮会議が招集される。


 議題は一つ。


 **患者三二七号を、どうするか。**


 そしてそれは同時に、


 この国が、

 「正しさ」をどう定義するかを

 問う場でもあった。


ここまでご覧いただきありがとうございます。


あと数話で完結となります。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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