第22話 王宮召喚
王宮の廊下は、治療院とは違う静けさを持っていた。
音が、消されている。
絨毯が足音を吸い、壁は声を反響させない。
ここでは、感情そのものが余分なのだと、空間が語っている。
アリア・エル=セリスは、その中央を歩いていた。
拘束はない。
だが、自由でもない。
「――患者三二七号、入場を」
扉が開く。
玉座の間。
だが、華美ではない。
ここは裁きの場であり、議論の場だ。
正面に国王。
右に第一王子。
左に神官長。
そして、その少し後ろ。
レオンハルト・ヴァルツが立っていた。
視線が合う。
だが、言葉は交わされない。
「アリア・エル=セリス」
国王の声は、低く、よく通った。
「貴女をここに呼んだ理由は分かるか」
「はい」
アリアは、迷いなく答えた。
「私が、制度を止めているからです」
ざわり、と空気が揺れた。
即答。
否定も、弁解もない。
「……自覚はあるようだな」
第一王子が、淡々と言う。
「治療最終段階にありながら、完了を拒否し続けている。
結果、次の断罪が発生しない」
「拒否はしていません」
アリアは、静かに言った。
「私は、治っています。
ただ――消えていないだけです」
神官長が、顔をしかめる。
「それが問題なのだ。
感情は、秩序を乱す」
アリアは、その言葉を遮らなかった。
遮る必要がなかった。
「神官長」
ゆっくりと視線を向ける。
「恋は、秩序を乱しますか」
「当然だ」
即答だった。
「独占、嫉妬、執着。
それらは争いの火種だ」
「では」
アリアは、一歩踏み出した。
「それを消してきた結果、この国は本当に平和になりましたか」
沈黙。
答えが出ない沈黙。
「治療された方々は、暴れません。
逆らいません。
疑いません」
声は穏やかだ。
「でも――何も選びません」
国王が、初めて口を開いた。
「それでよい。
統治とは、そういうものだ」
アリアは、国王を見た。
「では、陛下」
はっきりと。
「人は、道具ですか」
空気が、凍った。
その問いは、この場の前提そのものを突いていた。
「……言葉を選べ」
第一王子が警告する。
「選んでいます」
アリアは、引かなかった。
「恋を病と定義したのは、
人を管理しやすくするためです」
レオンハルトの指が、わずかに震える。
「人が誰かを特別に想うと、
命令より、その人を優先する」
一拍。
「だから、排除した」
神官長が、声を荒げる。
「冒涜だ!」
「事実です」
アリアは、視線を逸らさない。
「治療院に残る記録は、
“成功例”しかありません」
「失敗は、最初から記録されない」
第一王子が、目を細める。
「……貴女は、何を望む」
「制度の廃止ではありません」
それは、意外な答えだった。
「ただし」
アリアは、はっきりと言った。
「新たな断罪を、止めてください」
会議が、ざわつく。
「悪役令嬢は、役割です」
言葉が、静かに落ちる。
「私が、最後になります」
レオンハルトが、思わず一歩踏み出した。
「アリア――」
だが、彼女は振り向かない。
「恋を病と呼ぶ限り、
次は必ず生まれる」
「それを止めるには、
“治らない例”が必要です」
国王は、長くアリアを見つめた。
「……それが、貴女だと」
「はい」
即答。
「私は、悪役令嬢です。
でも、それは罪ではありません」
一拍置いて。
「この国が作った役割です」
沈黙。
長い沈黙。
やがて、国王が低く言った。
「……結論は、持ち帰る」
それは、即時処刑でも、即時肯定でもない。
だが。
制度が初めて、
一人の“患者”に足止めされた瞬間だった。
「下がれ」
アリアは、静かに一礼し、踵を返す。
扉が閉まる直前。
「アリア」
レオンハルトの声が、初めて届いた。
彼女は、立ち止まらない。
だが、ほんの一言だけ返した。
「――私は、後悔していません」
恋をしたことも。
断罪されたことも。
扉が閉まる。
王宮に残された者たちは、
ようやく理解し始めていた。
正しさは、
問い返されると、
こんなにも脆い。
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