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断罪された悪役令嬢ですが、恋を病気として治療される世界が間違っていると思います 〜愛するほど壊されるなら、私は悪役のままでいい〜  作者: はねださら


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第2話 治療院という名の場所へ

 揺れはほとんど感じなかった。


 馬車は王城の裏門を抜け、舗装の整った道を淡々と進んでいく。

 窓には薄い結界が張られており、外の景色は曇ったガラス越しのようにぼやけていた。


 逃げ場はない。

 それを、わざわざ言葉にする必要もないほどに。


 アリアは膝の上で指を組み、静かに呼吸を整えていた。

 感情が暴れないように。

 “治療前”から問題を起こさないように。


 ――私は、治される側なのだから。


 そう思うと、不思議と胸の奥が空白になる。


 王城を出てから、どれくらい時間が経ったのか分からない。

 やがて馬車は、ひときわ高い白壁に囲まれた建物の前で止まった。


 重厚な鉄門。

 飾り気のない外観。


 ここが《王立断罪治療院》。


 治療、という言葉から想像していた温かさは、どこにもない。


「――降りてください」


 警吏の声に従い、アリアは馬車を降りた。

 足を地につけた瞬間、わずかな眩暈がする。


 名前を呼ばれない。


「被験体三二七号、こちらへ」


 番号。

 その呼び方に、胸がひくりと動いた。


 三二七号。

 それが、今の自分。


 案内された建物の中は、異様なほど静かだった。

 足音が反響し、まるで自分の存在だけが浮き彫りになる。


 白い廊下。

 白い壁。

 白い扉。


 ――綺麗だわ。


 そう思ってしまったことに、アリアは小さく驚いた。

 以前の自分なら、無機質だと感じただろうに。


「ここで待っていてください」


 小さな個室に通され、扉が閉まる。


 室内には簡素な椅子と机、そして寝台。

 窓はなく、天井の魔導灯が淡く光っている。


 独房、という言葉が浮かぶ。

 だが、どこにも檻らしさはない。


 だからこそ、逃げ場がない。


 ――レオンハルト様。


 無意識に、その名を心の中で呼んでいた。


 どうして。

 今は、思い出してはいけないはずなのに。


 扉がノックされる。


「失礼します」


 入ってきたのは、白衣を着た青年だった。


 年は、そう変わらない。

 少し柔らかい栗色の髪に、穏やかな灰色の瞳。


 彼はアリアを見ると、一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……あ」


 すぐに姿勢を正し、形式的な表情に戻る。


「私はユリウス・ノイン。

 本日から、あなたの治療を担当します」


 治療。

 その言葉を、淡々と口にする。


「痛みはありません。

 恐怖を感じる必要もない」


 ――嘘だ。


 なぜか、そう思った。


「……私は」


 アリアは、椅子から立ち上がりかけて、やめた。


「質問しても、いいですか?」


 ユリウスは一瞬迷い、それから頷いた。


「範囲によりますが」


「この治療が終われば……私は」


 “元に戻る”のだろうか。


 あの法廷で、レオンハルトが言った言葉。


 ユリウスは、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。


「社会生活に支障がない状態にはなります」


 答えになっていない。


「……王子に、会えますか?」


 その言葉が、自然に口をついて出たことに、アリア自身が驚いた。


 ユリウスの表情が、はっきりと曇る。


「面会は、原則禁止です」


「原則、ということは」


「例外は、ありません」


 きっぱりとした否定。


 なのに彼の手は、微かに震えていた。


「……そうですか」


 胸の奥が、きしりと音を立てる。


 怒りでも、悲しみでもない。

 名前のつけられない違和感。


「では、最初の処置に入ります」


 ユリウスは淡々と説明を始める。


「感情鎮静のための簡易魔法です。

 記憶や人格に影響はありません」


 “簡易”。

 その言葉に、なぜか寒気がした。


 寝台に横たわるよう指示され、アリアは従う。


 天井を見つめながら、深呼吸。


 ユリウスの手が、額に触れる。


 ――冷たい。


「力を抜いて」


 低く、優しい声。


 魔力が流れ込む。


 じんわりと、頭の奥が温かくなり、

 同時に、何かが遠のいていく感覚。


 法廷の喧騒。

 視線。

 ざわめき。


 そして――


 レオンハルトの顔。


 胸が、きゅっと締まる。


「……っ」


 思わず、声が漏れた。


 ユリウスの動きが止まる。


「大丈夫です」


 彼はそう言ったが、

 その声は、どこか必死だった。


 アリアの意識は、ゆっくりと沈んでいく。


 完全に眠る直前、

 誰かの声が聞こえた気がした。


 ――壊したく、ない。


 それが誰の言葉だったのか、

 考える前に、意識は闇に溶けた。


 目を覚ましたとき、胸は不思議なほど静かだった。


 痛みも、怒りもない。


 ただ、ぽっかりと穴が空いたような感覚。


 ――何か、大切なものを忘れた気がする。


 けれど、それが何だったのかは、もう分からない。


 これが、治療。


 ならばきっと、正しいのだろう。


 そう思おうとした瞬間。


 なぜか、涙が一筋、頬を伝った。


 理由も分からないまま。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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