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断罪された悪役令嬢は、恋をした罪で治療される ~恋は、治らない~  作者: 月影 すずり


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第17話 治療成功宣告

 それは、祝福の言葉だった。


「――患者三二七号。

 治療は、最終段階に入りました」


 診察室は、いつもと変わらない。

 白い壁。

 整えられた机。

 静かな魔導灯の音。


 けれど、その言葉だけが、

 異様なほど重く響いた。


 アリアは、瞬き一つせず、

 記録官セラフィーナを見つめていた。


「……最終、段階?」


「はい」


 セラフィーナは、淡々と頷く。


「情動反応は安定。

 執着傾向は、ほぼ消失」


 机の上に、書類が置かれる。


 《治療完了予定通知》


 その文字を見た瞬間、

 胸の奥で、何かが静かに沈んだ。


「……完了、ですか」


「ええ」


 それは、喜ぶべき言葉だった。


 ここにいる誰もが、

 この宣告を目指して治療を受ける。


「これをもって、

 あなたは“治った”と判断されます」


 治った。


 その言葉を聞いても、

 アリアの心は、驚くほど静かだった。


 ユリウスが、壁際に立っている。

 腕を組み、表情を動かさない。


「……おめでとうございます」


 セラフィーナは、形式的に言った。


 その声には、祝福も、羨望もない。


 ただ、事務的な完了報告。


「治療完了後は、

 王都外施設への移送となります」


 移送。


 その単語が、

 ゆっくりと意味を持つ。


「……いつですか」


「一週間後」


 短い猶予。


 アリアは、頷いた。


「分かりました」


 それだけで、

 会話は終わるはずだった。


 だが、アリアは、あえて口を開く。


「……質問があります」


 セラフィーナは、首を傾げる。


「治療完了後、

 私は、何になりますか」


 質問の意図が、

 すぐには伝わらなかったらしい。


「……社会復帰者、です」


「役割は?」


 沈黙。


「……必要に応じて」


 その答えで、十分だった。


 必要があれば、使われる。

 なければ、消える。


 それが、

 “治った人”の行き先。


「……分かりました」


 アリアは、微笑んだ。


 優良患者の、

 完璧な返事。


「ご協力、ありがとうございました」


 セラフィーナは、軽く一礼し、

 部屋を出ていく。


 扉が閉まったあと、

 診察室には、二人だけが残った。


 静寂。


 ユリウスが、ようやく口を開く。


「……思ったより、早いな」


「予定通りです」


 アリアは、穏やかに答える。


「私が、

 “よく治っている”から」


 皮肉ではない。

 事実だ。


「……怖くはないのか」


 ユリウスの声は、低い。


 医師でも、共犯でもない、

 一人の人間の問いだった。


「……怖いですよ」


 アリアは、正直に言った。


 それができるほどには、

 彼女はもう、変わっていた。


「でも」


 窓の外を見やる。


「終わりが見えたから、

 動けます」


 ユリウスは、目を伏せた。


「……エリナの件だな」


「ええ」


 迷いはない。


「私が、

 ここからいなくなる前に」


 一歩、前へ。


「順番を、止めます」


 ユリウスは、苦しそうに息を吐く。


「……彼女は、

 すでに候補に上がっている」


 アリアは、目を細めた。


「番号は?」


「……三二八号」


 その数字を聞いた瞬間、

 胸の奥で、何かがきっぱりと切り替わった。


「……一つ違い」


 次だ。


「先生」


 アリアは、はっきりと言った。


「私が、

 最後の“悪役令嬢”になります」


 ユリウスは、

 その言葉を、否定しなかった。


「……具体的な策は」


「あります」


 アリアは、静かに微笑む。


「この制度は、

 “順番”で動いている」


 なら。


「順番を、

 壊すだけです」


 ユリウスの目が、

 わずかに見開かれる。


「……どうやって」


「私が」


 一拍置いて。


「“治りきらない”と、

 示し続ける」


 感情を残したまま、

 最終段階に立つ。


「そうすれば」


 アリアは、胸に手を当てた。


「次は、

 呼ばれません」


 ユリウスは、沈黙した。


 やがて、

 ゆっくりと頷く。


「……共犯だな」


「はい」


 アリアは、穏やかに答えた。


「でも、これで最後です」


 この役割も。

 この順番も。


 窓の外で、鐘が鳴る。


 夕刻の合図。


 アリアは、立ち上がった。


「……一週間」


 短い。


 けれど。


「十分です」


 彼女は、そう言って歩き出す。


 もう、

 “治るため”に生きてはいない。


 この世界の、

 正しすぎる終わりを、

 終わらせるために。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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