第16話 選ばれる順番
治療院には、順位がある。
表向きには存在しない。
だが、確かにある。
アリアは、書庫で見た記録の番号を、頭の中で並べていた。
三〇一号。
二九八号。
二九五号。
そして、
三二七号。
――私。
数字は、連続していない。
だが、欠け方には規則があった。
「……先生」
診察室で、アリアはユリウスに声をかけた。
彼は、書類に目を落としたまま、返事をしない。
「悪役令嬢は、
無作為に選ばれているわけではありませんね」
ペンが、止まる。
「……何を根拠に?」
「順番です」
アリアは、静かに言った。
「感情が強い順ではない。
問題行動が多い順でもない」
ユリウスの肩が、わずかに揺れた。
「……では、何だと」
「“抑えられる人”から」
その言葉を口にした瞬間、
診察室の空気が変わった。
「叫ばない人。
暴れない人。
理解しようとする人」
アリアは、淡々と続ける。
「自分が悪いのだと、
思ってしまう人」
ユリウスは、ゆっくりと顔を上げた。
「……それは」
「私です」
はっきりと言った。
「マルグリットも、
きっと、そうだった」
沈黙。
肯定だ。
「……悪役令嬢とは」
アリアは、言葉を選びながら続ける。
「“悪くなれる人”ではなく、
**“悪を引き受けてしまえる人”**です」
その定義が、
部屋に深く沈んだ。
「だから、順番がある」
アリアは、机の上の記録を指す。
「最初に、
一番我慢強い人」
次に。
「一番、理解しようとした人」
最後に。
「一番、
“誰かを想ってしまった人”」
ユリウスの指が、
ぎゅっと握られる。
「……それが」
掠れた声。
「世界を守る方法だと、
私は教えられてきた」
「ええ」
アリアは、頷いた。
「だから、この制度は長く続いた」
誰も、声を上げなかったから。
「先生」
アリアは、まっすぐに見つめる。
「エリナ様は、今どこですか」
問いは、鋭い。
「……祈祷後の経過観察です」
予想通りの答え。
「番号は?」
ユリウスは、答えない。
それ自体が、答えだった。
「……まだ、
番号は付いていませんね」
アリアは、静かに息を吸う。
「だから、
間に合う」
彼女は、決定的なことを口にした。
「エリナ様は、
まだ“悪役令嬢”になっていない」
ユリウスの顔が、歪む。
「……アリア」
「私は」
アリアは、一歩踏み出した。
「この順番を、壊します」
宣言だった。
「私が、
最後になります」
空気が、張り詰める。
「……それは」
ユリウスは、声を絞り出す。
「あなたが、
完全な悪役令嬢になるという意味だ」
「ええ」
迷いはない。
「役割を知ったまま、
引き受けます」
そして、
静かに付け加える。
「ただし」
ユリウスを、見据える。
「“治りきらない”まま」
その言葉に、
ユリウスの目が大きく見開かれた。
「……正気か」
「正気です」
アリアは、穏やかに答える。
「感情を完全に消したら、
私は“次”を止められない」
だから。
「怒りも、
嫉妬も、
愛も」
一語一語、噛みしめる。
「全部、
ここに残します」
胸に、手を当てる。
「それが、
悪役令嬢の完成形です」
ユリウスは、
その言葉を聞いて、理解した。
――この人は、
もう救われる側ではない。
「……共犯だな」
低く、言う。
「はい」
アリアは、微笑んだ。
「先生がいなければ、
できません」
ユリウスは、しばらく沈黙した後、
ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
それは、
医師としての敗北だった。
「だが、約束しろ」
「何を?」
「……必ず、
終わらせると」
アリアは、静かに頷いた。
「終わらせます」
この順番を。
この役割を。
そして――
この世界の、
“正しすぎる仕組み”を。
その瞬間。
遠くで、鐘が鳴った。
新しい診察の合図。
だが今回は、
アリアの胸が、揺れなかった。
順番は、分かった。
だからこそ、
もう迷わない。
彼女は、
自分の番号を思い出す。
三二七号。
最後の番号にするために。
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