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断罪された悪役令嬢は、恋をした罪で治療される ~恋は、治らない~  作者: 月影 すずり


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第14話 善意のひび割れ

 最初の違和感は、

 本当に些細なものだった。


 昼下がりの礼拝堂。

 柔らかな光がステンドグラスを透かし、床に色を落としている。


 エリナ・リュミエールは、いつも通り膝をついて祈っていた。


 ――正しく在るために。


 それが、彼女の祈りだった。


 呼吸を整え、心を空にする。

 誰かを妬まない。

 誰かを欲しがらない。


 聖女候補として、当然の心得。


 なのに。


 祈りの途中で、ふと、

 ひとつの顔が脳裏に浮かんだ。


 金色の髪。

 蒼い瞳。


 第二王子、レオンハルト。


「……」


 エリナは、慌てて首を振る。


 これは、ただの尊敬だ。

 感謝だ。

 王家に仕える者として、当然の感情。


 ――そうでなければならない。


 だが、胸の奥が、

 ちくりと痛んだ。


 その痛みの理由が分からず、

 エリナは、祈りを早めに切り上げた。


 礼拝堂を出たところで、

 彼女は一人の人物に気づく。


「……アリア様?」


 治療院の外套を羽織ったアリアが、

 柱の陰に立っていた。


 柔らかな微笑み。

 穏やかな佇まい。


 以前と変わらない――

 はずなのに。


「お邪魔でしたか?」


 アリアが、そう尋ねる。


「い、いいえ!」


 エリナは慌てて首を振った。


「ちょうど、祈りが終わったところです」


 その言葉に、

 アリアは、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「……そう」


 声は、優しい。


「最近、眠れていますか?」


 唐突な質問。


「え?」


「夢を、見たりは?」


 エリナは、一瞬言葉に詰まった。


 ――どうして、そんなことを。


「……少し」


 正直に答えてしまう。


「理由は分からないのですが、

 胸がざわつく夢を……」


 言い終わる前に、

 自分で自分を戒める。


「でも、問題ありません。

 聖女候補としての務めに、支障は……」


「あります」


 アリアは、静かに言った。


 断定だった。


「……アリア様?」


 エリナは、戸惑いを隠せない。


「エリナ様」


 アリアは、彼女の目をまっすぐに見た。


「もし……もしです」


 言葉を選びながら、続ける。


「誰かを、

 少しだけ特別に感じてしまったら」


 胸が、どくりと鳴る。


「それは、悪いことだと思いますか?」


 エリナは、反射的に答えた。


「……いいえ」


 その答えに、自分でも驚く。


 だが、すぐに言い直した。


「いえ、でも……

 特別視は、公平さを欠きます」


「公平さ」


 アリアは、繰り返す。


「それは、誰のための公平ですか?」


 問いが、胸に刺さる。


「……皆のため、です」


「では」


 アリアは、静かに続けた。


「あなた自身は?」


 エリナは、言葉を失った。


 自分自身。

 その視点を、持ったことがない。


「……分かりません」


 絞り出すような声。


 アリアは、微笑んだ。


 けれどそれは、

 以前の“優しい微笑み”とは違った。


「それでいいんです」


 そう言って、

 エリナの肩に、そっと手を置く。


「分からなくなった、ということは」


 一拍置いて。


「――始まっている、ということですから」


 その言葉に、

 エリナの背筋が、ぞくりと震えた。


「……何が、ですか?」


 アリアは、答えなかった。


 代わりに、穏やかに礼をする。


「ごめんなさい。

 少し、先走りました」


 そう言って、踵を返す。


「アリア様!」


 思わず、エリナは呼び止めた。


 アリアが振り返る。


「……私」


 胸が、苦しい。


「私、間違っているのでしょうか」


 その問いは、

 かつて、アリア自身が抱えていたものだった。


 アリアは、少しだけ目を伏せる。


「いいえ」


 はっきりと、言った。


「あなたは、何も間違っていません」


 それが、

 一番残酷な答えだと知りながら。


「この世界が、

 あなたを“正しく使おうとしている”だけです」


 エリナは、理解できない。


 だが、胸の痛みだけは、確かだった。


 アリアが去ったあと、

 エリナはその場に立ち尽くした。


 胸に手を当てる。


 さっきよりも、

 鼓動が、はっきりと分かる。


 ――これは、何?


 祈りでは消えない。

 理性でも抑えきれない。


 その夜。


 エリナは、治療院を訪れていた。


「軽度の情動変調ですね」


 診察台の向こうで、

 記録官セラフィーナが淡々と言う。


「過度ではありません。

 ですが……」


 一瞬、言葉が途切れる。


「……念のため、経過観察を」


 その言葉を聞いた瞬間。


 エリナの脳裏に、

 なぜかアリアの姿が浮かんだ。


 優しい声。

 静かな瞳。


 ――始まっている。


 その言葉が、

 胸の奥で反響する。


 一方、治療院の回廊で。


 ユリウスは、

 新しい診療記録を手に立ち尽くしていた。


 《情動変調:軽度》

 《対象:エリナ・リュミエール》


 その文字を見つめ、

 ゆっくりと目を閉じる。


「……始まったな」


 呟きは、誰にも聞かれない。


 そして同時に。


 アリアは、自室の窓辺に立ち、

 夜空を見上げていた。


 星は、変わらず輝いている。


「……間に合う」


 それは、願いではない。


 決意だった。


 次の悪役令嬢を、

 この役割に、

 絶対にさせないための。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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これからもどうぞよろしくお願いします!

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