第1話 その断罪は、愛から始まった
この世界では、
恋は「美徳」ではありません。
誰かを強く想うこと。
失いたくないと願うこと。
それらはすべて――
社会を乱す“病”として、治療の対象になります。
これは、
断罪された悪役令嬢が
「正しく治されていく」物語です。
そして同時に、
その正しさが、
どれほど多くのものを壊してきたのかを
知ってしまう物語でもあります。
※シリアス寄り/恋愛重視
※ゆっくり真実が明らかになります
大理石の床は、やけに冷たかった。
素足に伝わる感覚が、まるで自分がもう「ここに属していない」ことを教えてくるみたいで、アリアはわずかに息を整えた。
――落ち着きなさい。
何度も自分に言い聞かせた言葉だ。
ここは王城の大法廷。幼い頃から何度も訪れ、式典や祝賀の席で拍手を送ってきた場所。その中央に、今日は「被告」として立っているだけ。
視線が突き刺さる。
貴族たちの好奇と安堵が混じった目。
平民席からは、囁き声が波のように広がっている。
「――これより、アリア・エル=セリスに対する断罪治療裁判を執り行う」
その声が響いた瞬間、法廷の空気が一段冷えた。
声の主を、アリアは見上げる。
壇上に立つ青年――レオンハルト・ヴァルツ第二王子。
整った金髪に、曇りのない蒼い瞳。
かつて、彼女が未来を共にするかもしれないと噂された人。
その瞳が、一瞬だけ揺れた。
けれどすぐに、王子としての仮面が戻る。
「被告アリアは、聖女候補エリナ・リュミエールに対し、継続的な精神的圧迫を与えた疑いがある」
ざわめきが広がる。
アリアは唇を噛んだ。
反論の言葉は、喉の奥で絡まり、形にならない。
圧迫?
――ただ、話しかけただけだ。
作法を教え、迷っていた彼女に助言をした。それだけ。
「被告は自覚なく優位性を誇示し、結果として周囲に不安と歪みを生じさせた」
それは罪なのだろうか。
努力して身につけた知識も、立ち居振る舞いも。
レオンハルトは続ける。
「よって、被告を《治療対象》と認定する」
治療。
その言葉が、胸に落ちる。
「これは罰ではない」
彼の声が、少しだけ柔らかくなる。
「心の歪みを正し、被告を――本来あるべき姿に戻すための措置だ」
アリアは思わず彼を見つめた。
その目に宿っていたのは、確かな苦悩だった。
冷酷な裁定者ではない。
まるで、愛しい人を救おうとする人の顔。
――どうして、そんな目をするの?
問いかけは、声にならなかった。
「被告、何か申し開きは?」
形式的な問い。
答えは、もう決まっている。
それでもアリアは、一歩前に出た。
「……私は」
声が震えた。
それでも、背筋を伸ばす。
「誰かを傷つけるつもりは、ありませんでした」
法廷は静まり返る。
「もし、それが罪だというのなら……私は」
何を言えばいい?
正しい言葉が、分からない。
レオンハルトと目が合う。
彼は、ほんのわずかに首を振った。
――言わなくていい。
そう、言っているみたいだった。
「……以上です」
アリアは口を閉ざした。
「判決を言い渡す」
王子が告げる。
「被告アリア・エル=セリスは、即日身分を停止。治療院へ移送され、段階的な断罪治療を受けるものとする」
木槌が鳴る。
その音が、何かを完全に終わらせた。
拘束の魔法陣が淡く光り、足元に広がる。
警吏が近づき、アリアの腕に手を伸ばす。
その瞬間だった。
「――アリア」
小さく、しかし確かに、彼女の名を呼ぶ声。
レオンハルトだった。
公式記録には残らない、私的な呼び方。
婚約の話が出た夜、彼がそう呼んだのを思い出す。
「大丈夫だ」
彼は、誰にも聞こえない声で言った。
「必ず、元に戻る」
――何が?
自分?
それとも、この世界?
問いを投げかける前に、アリアは連れ出される。
法廷の扉が閉まる直前、振り返った彼女の視界に映ったのは。
安堵の表情を浮かべる貴族たちと、
そして――涙を浮かべながらも微笑む、レオンハルトの姿だった。
その微笑みが、なぜか胸を締めつける。
これは罰じゃない。
治療なのだ。
そう、彼は言った。
ならどうして、
こんなにも――
胸が、痛むのだろう。
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