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9話 デートと振り返りとメッセージ



「へー、それじゃあデートまでかましてきたって感じなんだ」

「で、でーと……。って違うからね!?べつにそんなんじゃ……」

「一般的に高校生にもなったらさ、男女が二人きりで遊びに行くって。十分デートの範疇だと思うけど」

「もうっ、からかわないっ!」


紬は正面に座る友人、楓に対して顔を赤くしながら抗議をする。もっとも赤く染めた理由は怒りだけではないが。


肝心の楓は、別にからかってないけど、と呟いた。その声を紬は聞こえないふりで誤魔化した。



「それにしても紬がそんなに大胆なことするなんてね」

「大胆って?」

「だってあの集団の誘いをドタキャンして、その上であの香坂朝陽とデートに。これだけ聞いたら紬のことだと思わないもん」


楓はニヤリと笑う。今度こそ、十中八九からかっていることは間違いなかった。抗議しようかと思ってみるが、言葉にして並べられると本当に自分のことのような気がしなかった。紬は口先を尖らせむくれることでしか抗議の意を示すことができない。


抗議しようかと思ってみるが、言葉にして並べられると本当に自分のことのような気がしなかった。


全部夢だったのでは。そこまで考えて頭を振る。スマホを見れば、交換した連絡先にアカウントがある。少なくとも夢ではないことはたしかだ。今この瞬間さえ夢だというなら、もうそれはどうでもいい。


「あの子たちからはなにか言われた?」


あの子たちとはつまり紬がドタキャンしたグループのことだ。


「ううん、なんにも」

「そう、何もなくて良かったね。てっきり嫌がらせまでいかなくても、文句言われるくらいのことはありそうなもんだけど」

「急に断ったことに関しては、ほんとうに私が悪いから言われても仕方ないけどね……」


紬自身、驚くほど何も起こらないことにかえって動揺したものだ。誘いをくれた女子の集団からは、また次にタイミングの合う時に、のような話で終わった。


もちろんこれは、そもそも紬のことはエサとして見ていただけというのが大きいが。紬が参加の意を示し、それに釣られて目当ての男子を誘えた時点で、紬の最大の役目は終わっているのだ。結局彼女達は彼女達で当初の目的は十分達成できたらしいということは、噂でちらりと聞いた。


そしてあの図書室での男。彼に関しても、翌日の朝は少しだけ視線を感じることはあったが、それ以外特に何もない。どうやら朝陽との関わりについても吹聴するようなことはなく、紬は安堵した。


そうあれ以降何事もなく。


「そうなの!何事もなさすぎるの!」

「連絡先の交換まではしたけど、ろくにメッセージなんかはなし……と。なるほどね」

「……どう思う?」

「どうって?」

「その、全然連絡とか来ないのは」

「あんまりSNSで話すとか好きじゃないタイプかもよ」

「……私から送ったりしてみていいかな」

「やったら?」

「き、緊張する……」

「じゃあやめたら?」

「だってえ、私もメッセージでやりとりとかしてみたいもん……好きなもののお話とかしたいもん」


とぼけたような顔をする友人に、紬は軽く睨みつける。しかし、それすら可愛いの域を出ないわけで、楓は鼻で笑った。


それから少し真剣な顔をして

「香坂朝陽……だもんねえ相手は」と呟く。


濁す楓に、首を傾げた。はっきりとした物言いを好む友人にしては珍しい反応だ。その名前に、あの鼻筋の通った容姿を思い出した。そして次に、紅でも塗ったかのような色艶のいいあの唇を、ほんのりと思い浮かべたあたりで頭を振った。


「隣のクラスの子たちと喋ることあったけどさ。あんまり連絡とかも返ってこないとか。事務連絡とかだとすぐ返してくれるけど……みたいな?」

「雑談とか用のない会話とか、嫌かな」

「でも男連中が言うには、結構フランクだとも」


もう分からないと、二人顔を見合せ頷いた。


「その、朝にね。偶然、偶然一緒の電車に乗って、みたいなことはあったけど。もしかして、やっぱりあれも迷惑だったりしたのかな……」

「はいはいストップ。ネガティブ入ってるからね。とりあえず連絡してみれば?あれは、草食の受け身タイプっぽいし」

「で、でも返信来なかったら……心折れるよぜったい」








ピコンという通知音とともに、画面が明るくなる。浮かんだアイコンはここ数日目にするようになったものだ。そこに並ぶ白瀬紬の文字列に、少しだけ頬を緩めた。


「なんだか君、今日は機嫌良さそうだね」


眼前に座る真尋が言う。朝陽は「いつも通りだよ」とだけ答えた。


「そう?いつものお面みたいな笑顔とは違う感じするけど」

「普段お前が僕をどう見ているのかだけは、よく分かったよ」


吐き捨てるように言う。それを見て真尋が声を漏らして笑った。いつも通りの友人同士の軽口だった。


「でも最近の機嫌が良さそうってのは本気だけどね。なんかいい事あった?」


いい事と問われ浮かんだのはやはり彼女であった。見た目の雰囲気こそ変わったものの、彼女は紛れもなく以前のままで。それが嬉しかったことは、いくら朝陽でも認めざるを得ない。


「まあ、少しはな」

「へえ」


会話はそこで途切れる。追求がないことに朝陽は安堵する。真尋は揶揄ったりすることはあれど、こうしたある程度のラインを踏み越えない。それが昔から居心地が良かった。


「やっぱり僕、お前のこと好きだわ」

「うわぁ、やめてよ男からの告白なんて」


大げさに引いてみせる真尋に、わざわざ朝陽はウインクまで添えた。


「それ、俺に向けるのは損失だね。女の子ならきゃーきゃー喜んでくれるんじゃない?」

「お前にだけの特別サービスってことにしといてくれよ」

「きついなあ、もう。ああ、それと最近機嫌良さそうだから、ついでに聞くけどさ」

「ん?」

「クリスマス会、行かないか?だって。クラスの女子に君も誘ってくれって言われちゃって」


あからさまに朝陽は顔を顰める。彼にとって最も苦手なイベントの一つであることは間違いなかった。


ちらりと教室を見れば、わずかに残っていた女子と目が合った。どうやら二人の会話は漏れていたらしい。声が大きかったな、と反省をした。真尋の方へと視線を戻せば、肩をすくめるばかりだ。


「……嫌だって言ったら?」

「別に俺はいいけど?ま、クラスのひとがどう思うかは分かんないけど」

「クリスマス会……ねえ」

「誘われた人でさ、特段恋人がいて、とか部活で仕方なくとかじゃないひとは皆来るらしいよ」

「それはさ、暗に強制って言ってないか?」

「さあ?ま、でも悪目立ちはするよねえ」

「同調圧力えぐくないか」


目立ちたくない、不特定多数とは関わりたくない。これを信条にする朝陽にとっては悩ましい問題だ。

どちらにせよ角が立つ恐れがある。


「ああ、憂鬱だ……」

「ってことは返事はイエスでいいね?良かった、俺が文句言われるとこだったもん」

「ふ、真尋くんは僕を生贄にするってことね」

「そんな目しないでよ。壁の花に徹すればいいじゃない」

「僕は男だし、別に誘われ待ちとかでもないから」


はあ、と大きなため息をひとつ吐いた。このひどい憂鬱を忘れたくて、ついさっき来た通知を見る。少しだけ気道の通りが良くなった気がした。


『いまこれを読んでます』に一枚の文庫本の写真。それから随分と可愛らしいスタンプがひとつ添えられている。


思わず口元が緩む。文章だと敬語になるんだな。そんなことを思う。脳裏に浮かんだのは、中学の頃。まだ眼鏡をかけて、少し大人しそうな印象を抱く容姿だった。あの頃の彼女が、どこか視線をさ迷わせながらおそるおそる見上げてくる。そんな姿が浮かんだ。


「あ、また機嫌良さそう」

「たしかに、悪くはないな」


怪訝そうな真尋に、朝陽はわざとらしく笑った。






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