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8話 偶然と待ち伏せは紙一重


「あれ、すごい偶然だ」


朝陽がまだ眠い目を擦り、刺さった指先に悶えているやや前方には白瀬紬が立っている。立てば芍薬とは良く言ったもので、まさに凛とした気品のある佇まいだ。通行人らも通り過ぎる度に振り返っている。


「おはよう白瀬さん」

「お、おはようございます」


無視するという選択肢は当然ない。となると、第一声はやはり挨拶だった。


一方で彼女は、どこか硬い声に表情。朝陽は慌てて辺りを観察した。幸い知り合いは誰もいない。


視線を戻せば、前髪を指先で直す彼女はやや上目遣いに見上げている。他の連中にすれば、垂涎ものの光景だろう。なんだか、かえって見てはいけないものを見た気がして視線を逸らす。


「む」


顔が不満そうに歪んだのを認める。朝陽に心当たりこそないが、良くない予感だけはたしかにあった。


「ええっと、どうしたの?」

「目、逸らしたでしょ?今日どこか変……かな」

「あ、そういうことか。いや全然変じゃないよ」

「よかった」


顔を綻ばせた彼女に、今度は逸らさずに見た。目を逸らしたのは彼女の方だ。


「……見すぎ」

「ええ、見ても見なくてもダメじゃん」

「あのですね、ちょうどいい塩梅というものが……」

「朝からお説教?僕もずいぶん偉くなったのかもなあ」

「……なんでお説教で偉くなるんですか。そもそもお説教でもないけど!」


朝陽は曖昧な笑顔をもって返事とした。当然紬は納得できず不満そうに頬を膨らませたが、いっそう笑みを深めただけだった。


「さ、遅刻する前に行こうよ」

「まだ話は」

「そういえば」


紬の抗議を遮るように、朝陽が言う。


「もしかして、僕のこと待っててくれたとか?」


途端に真っ赤に顔を染めた彼女を見て、何となく確信めいたものを得た。


「なんてね」

冗談だよ、と添える。


「その、たまに、この時間の電車に乗る時……見かけたから」


ぱちりと何度か瞬きする。てっきり話はこれで終わると思ったし、まさか彼女から肯定されるとは思わなかった。上手く言葉が出ない。ややあって、先に口を開いたのは紬だった。


「べ、別に待ちぶせしてたとかじゃないよ!?その、たまたま今日はこの時間になったから……」

「分かった!分かったから、落ち着けって」


真っ赤な顔はさらに赤くなり、目元にはうっすらと涙さえ溜まって見える。これはまずいと慌てて止めた。こんなところを周囲見られたら、相手が誰であれ変な誤解を受けかねない。


「皮肉のつもりもなくてさ。単純に一緒になるのって初めてだろう?だからもしかしたら、僕を見かけて待っててくれたのかなって」


紬はキュッと睨む。窮鼠猫を噛むとは言うが、たしかに現状この小動物感漂う彼女をこれ以上怒らせるのはまずいだろうと、直感で理解していた。


「この話、もうやめよっか」

「そうだね」


ようやく機嫌の良さそうな笑みで頷く紬を見て、安堵の息を吐いた。




「普段通学中ってどうやって過ごしてんの」

「んー、音楽聴いてスマホで読書、とかかな。朝陽くんは?」

「だいたい一緒かな。でも僕は漫画なら電子でもいいんだけど、紙じゃないと文字が入ってこなくてさ」

「あー、それ分かるかも。だから私も漫画ばっかり読んでるもん」

「紙の本は持ち運び面倒だもんね。何冊も持てないから、今はこれじゃないなってとき困るんだ。ってなんで笑ってるの?」



並んで電車を待つ彼女は、くすくすと楽しそうに笑っている。特段面白い話をした覚えはなかったが。妙に照れくさくなり、前髪をくしゃくしゃと乱雑に下ろした。



「だって朝陽くん前もそんなこと言ってたんだもん。懐かしいなって」

「そうだったっけ。まいったな、僕が昔からどうも変なこだわりあるのバレちゃったね」

「これは変なこだわりには入りませーん」

「それはありがとう」


タイミング良く電車が目の前を通る。風圧に浮いた前髪を抑えながら、電車の走行音に負けないよう声を張る紬がひどく微笑ましい。朝陽はほとんど聞こえない言葉に、満足気に頷いた。


開いたドアに、お先にどうぞと促す。気品のある会釈をして彼女が乗り込んだ。その後ろについて、そのまま隣に並んだ。


こうして並ぶと背が低いな。

今さらながらそんなことを思った。頭ひとつ分ほどか。たしか前は同じか、むしろいくらか彼女の方が背が高かったはずだ。時の流れを感じる、と言えば呑気すぎるなと笑った。









学校の最寄り駅に近づくにつれ、だんだんと見慣れた制服に身を包んだ姿が多くなる。その中には当然、紬に視線をくれるものもいた。それとは反比例するように、二人の会話も減っていく。


事前にそう決めたわけではない。自然と素知らぬ振りをするようになったのだ。それは功を奏したのか、視線を感じつつも誰ひとりとして声をかけてくるものはいなかった。どうやらたまたま隣を確保できた幸運な男として認められたらしい。


最後には電車の揺れる音と、学生の楽しげな会話だけが響いている。普段ならとっくにイヤホンでオリジナルのプレイリストを選ぶ時間だ。誰と話すでもない今日は、どうにもそんな気にはなれなかった。


ただ、変わらずそこにある肩と体温がどうにも嬉しかった。




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