7話 ずっと欲しかったものは
「楽しかったー、ひっさびさにこんだけゲーセンエンジョイしたかも」
凝り固まった背をぐっと伸ばして、気持ちよさそうに朝陽が言う。あれから二人は簡単な小さい景品のあるクレーンゲームやシューティングゲーム、そして締めにレースをやったところだ。
結果はもちろん朝陽の圧勝である。これには紬も、もう少し手加減をするべきではと唸ってみせたが曰く「勝負は真剣にやるから楽しいんだよ」とのことだ。
どこか清々しく、晴れた顔をする朝陽に紬もなんだか絆されてしまった。
夢……じゃないよね。紬はつい思う。
今日一日を振り返って、頭の中でこんな日があればいいなと思い描いた日が訪れたような気分がした。その度に夢か妄想か、と不安も訪れるが手元にあるぬいぐるみが現実であることを教えてくれる。
ぎゅっと少しだけ強く抱き締めた。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
朝陽が言う。紬は胸が痛んだ。この儚げな男は、今日を終えてしまえば再び遠くに行ってしまうような気がして仕方がないのだ。
「うん、そうだね」
いくつかの浮かんだ言葉の中で、一番無難なものを選んだ。もう少し一緒に、また遊べるかとか。聞きたいことはいくつもあった。しかしそのどれもがきっと、彼の笑顔を曇らせる気がした。
欲張っちゃだめだもん。それは紬にとって当然のことだった。
せめてもう一度、あの頃みたいに喋れればそれでいい。もっとを求めればキリがないのだ。自分はそう思っていたはずなのだから。改めて言い聞かせる。
「改めて、今日はありがとね。それと付き合わせちゃってごめん」
「う、ううん!私もね、こうやって過ごせて楽しかったし嬉しかったよ」
「そう、良かった。……あのさ、図書館の彼って」
朝陽の言葉に、紬の顔が少しだけ強ばる。それでも朝陽は言葉を続けた。
「同じクラスとかなの?」
「……うん」
「そっか。さっき教室の外にいた子だよね。僕あの時、あんまり顔見なかったから曖昧だけど」
「うん、気付いてたかもだけど今日ね。ほんとはあの人を含めたグループで出かけることになってたの」
「ああ、まあなんとなく。だからごめんね、白瀬さんには迷惑かけるかもって分かってて誘ったんだ」
「ううん、行きたくなかったのもほんとだし。今日がね、楽しかったのもほんとなの」
言葉のままだった。明日以降のことを思えば、憂鬱はあっても後悔はない。だから、そんな顔をしないで欲しいと思い笑顔を向ける。朝陽は前髪をぐしゃぐしゃと下ろしながら笑った。
二人は並んで帰路を歩む。同じ中学ということもあり、近所とまでは言わないが、同じ地区に住む二人は必然として帰りの道も同じようなものだ。
「今日はありがと、嬉しかった」
先に声を発したのは紬の方だった。ほんの小さな差でも朝陽から今日の終わりを切り出されるよりは、自分からこの時間を終わらせたいと思った。
朝陽はといえば、こちらこそと終始穏やな顔をしたままだ。
「また、話したりできるかな」
裏返った声に、少し頬が染まる。
対して朝陽の方は、目を丸くしたように見開いた。
それから笑って
「当然、いつでもね」と答えた。
「う、うん。それじゃ、ありがと!」
途端に恥ずかしさが上回って、逃げ出すように駆けようとした。それを止めたのは、ぐいっと引かれた右手であった。
「ああ、ごめん。痛くなかった?」
「へ、へいきだよ」
声が上擦る。そんなことはどうでも良かった。手首に添えられた手から、緊張がバレてしまわないかとか、いまの自分がどんな顔をしているかとか。散々に脳が乱される。
「今日、会えてよかった」
朝陽が言う。さっきの輝かしい笑顔とは違う真剣な顔つきのように思える。それがかえって調子を狂わせる。
「う、うん。わたしも」
「そう?良かった。ごめんね、わざわざ引き止めて。言っておかなきゃなって思ったんだ」
今度は小さく笑う。それはまたどこか子どもじみていた気がする。
「それでね、もし良かったらなんだけど。僕ら連絡先って交換してなかったじゃない。だからさ、連絡先、聞いてもいいかな」
「へ?」
間の抜けた声だけが響く。そこにはもう羞恥もなかった。
「だってほら、今日のことで迷惑とかかけるかもでしょ。あの彼だって。だからね、なにかあったら連絡取れた方がいいかなって。ああもちろん、嫌じゃなかったらなんだけど……」
「い、いやじゃない!嫌じゃないよ!」
「ならよかった。QRで平気かな?」
「う、うん……でもほんとにいいの?」
「え?むしろ僕が聞いてるんだけどなあ」
どこかバツの悪そうな笑みを浮かべた。我ながらなかなか無理のある理由を推し並べたが、かえって向こうに謙遜されてしまったせいだろう。
それでも、それからずっと笑顔でいる紬の姿に深く考えることはもう止めた。
「嬉しい……!」
スマホを胸の前に抱え、しみじみと呟く。その姿に、なんだか朝陽の方が気まずくて顔を背けた。
「ありがとう。引き止めてごめんね。それじゃ、また」
「うん、またね!」
もう寂しさはなかった。スマホに新しく加わった連絡先に、頬が緩む。昔一度だけ、クラスグルから勝手に追加しようか悩んだことを思い出した。あの時、そんな勇気はなかったが、もし踏み出していたらどうなっていたのか。そんなたらればを少し考えたあと、首を振った。今日この瞬間、今から頑張ろうと、きっとそれだけが最善だと信じて。家への足取りは驚くほどに軽やかだった。
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