6話 デートは勢いで始まる
どんな状況なのよ。いっそ叫んでしまいたい衝動をどうにか抑える。
『ごめんなさい行けなくなってしまって』
紬は慌てて遊びに誘ってくれたクラスメイトらにメッセージを送った。罪悪感と、きっとあの場を目撃した男にあらぬことまで言われているだろうなとという憂鬱、そして同時に平然としたようすで隣を歩く朝陽に心臓の音が高なったりもしている。
「それでえらく怒られちゃって。高校生になってあそこまで怒鳴られると。先生もちょっと引いてたんじゃないかな」
自虐めいた笑みを浮かべながら彼は言う。ここ最近の近況を話すなかで、朝陽の今日の三者面談こそがいまの話題だった。
「だって僕らまだ高校生になったばかりじゃない。それで次は大学だなんだって言われても、って感じじゃん?」
朝陽の嘆きに、紬は「たしかにね」と同意した。
「でもそれと一緒にさ、もう高校生になって半年以上過ぎたんだなって思うとさ、私ちょっとびっくりしちゃうかも」
「三年って長いって思ってたけど。案外あっという間に卒業になるのかもね」
ドギマギしつつも、滞りない会話に安堵する。
あまり会話の得意でない紬にとっては驚くべきことだ。思えば昔から、それこそ初対面のときでさえ、この男とは何故だが緊張することなく話せたものである。
「ああここだ、ここ。こういうの平気?」
朝陽の声に思考が現実に戻る。
行きたいところがあるんだけど、との言葉に頷いて目的地も聞かずについてきた。
気が付けば二人は駅前のゲームセンター前にいた。状況を認識した途端に、ガチャガチャとした喧騒が飛び込んでくる。
「朝陽くんはよく来るの?」
外もうるさいが、中は当然もっと騒がしい。はぐれることのないよう、少しだけ距離を詰めて歩く。
「どうだろう。直近はあんまり来てなかったかな。でも中学の頃はよく行ってたね」
「へぇ。ちょっと意外かも」
「そう?幻滅されてないといいんだけど」
「まさか!その、ギャップ……というか」
「褒め言葉として、ありがたくいただいておきます」
「もうっ、絶対からかってるよね?」
へにゃっと柔らかな笑顔を向けた朝陽に、紬は唇の端を結んで俯く。赤く染った顔を見られたくはないらしい。朝陽はほんのりと染まる耳に目をやった。
「でも知らなかった。朝陽くんがゲームセンターとか来るの」
「思えば中学の頃、僕のことを話す機会ってそんなになかったかもね」
「うん、そうだね」
中学の頃、という言葉に少し肩が跳ねた。それは幸せな記憶であるとともに、ひどく苦い記憶でもあるから。
これからはもう少し自己開示すべきなのかな。
呟くような声だが、この喧騒の中でもはっきりと捉えた。
「実はね。僕クレーンゲームが好きなんだよ。上手くはないんだけど」
「私クレーンゲームってやったことないかも。いっつもねやってみたいなとは思ってたんだけど。あれって難しいっていうし」
「色んなテクがあるって言うよね。とりあえず、最初はあれを取ろうかな」
ゲームセンターの中を喋りながら並んで歩いていると、朝陽はその内のひとつに目をつけた。
可愛らしい馬のぬいぐるみに、紬もついつい顔を近づける。白っぽい芦毛の馬がモデルらしい。
「わあ、かわいい!でもこういうのって難しそう」
「難しいだろうね。けど気に入った。これ狙うよ」
いつの間にか両替を済ませていたらしい朝陽の財布は、数枚の札と小銭で膨れている。高校生、それも一年生の持ち歩く金額にしては少々大きい気がした。
チャリンという音とともに、躊躇なくコイン投入口へと硬貨を入れていく。
アームの位置を細かく調整する仕草に、見ている紬の方がドキドキした。
「えっと、結構使ってるのでは……」
挑戦すること幾度か。ぬいぐるみは何度も持ち上がっては落下を繰り返している。どうやら本当に上手くはないみたいだ、と紬は内心で呟いた。
「え?ああ、そうだね。クレーンゲームの一番のコツって知ってる?」
紬は首を横に振る。朝陽はそれを見て、小さく笑って言った。
「とにかく続けることだよ。お金を入れればそのうちアーム強くなるからさ」
なんでこんなにカッコつけてるんだろう。紬はちょっとだけ呆れた。
「コツ……とは違うんだけどさ」
「うん?」
「こうやって何度やっても取れない時はね、こうするといいんだ」
朝陽は近くにいた店員に声をかける。おそらくは大学生くらいの女性は、朝陽の顔をちらりと幾度か見ている。紬は少し唇を結んだ。
「ありがとうございます。これでも取れない時は、もう一回頼んでもいいですか?」
「ぜひ!ぜひいつでも言ってくださいね!」
「ありがとうございます」
店員さんのお心遣いというのは本当にあるらしい。かなり景品のぬいぐるみは出口に近いところに配置されている。
「ねえ朝陽くん。これって正攻法なの?」
「うーん、上手いひとは必要ないんだろうけどね。僕みたいに上手くはないけど何回も挑戦する人はね、こうやって調整してもらえるんだ。お店とか店員さんの心次第だけど。一応、グレーなことしてるわけじゃないからね?」
ちょっとだけ複雑だったのは、別にかっこ悪いと思ったとかではない。単純に朝陽の店員に向けた、よそ行きの笑顔にモヤモヤしただけだ。
ガタンという音ともに景品が出口に落ちる。それを抱える朝陽の笑顔は、紬にしてかわいいと言わしめるものであった。
(ずるいんだよなぁこういう顔)
さっきの笑顔とは違う、どこまでも純粋な笑顔。紬の主観に過ぎないが、少なくとも彼女はそう思った。破壊力は当然こちらの方が数十倍は上だ。誰に言うでもないマウントを取った。当然これも彼女の主観に過ぎない。
「こういうのってさ。ほら、やるよみたいな感じでスマートに取ってくれるんじゃないの?」
ついつい語気が強くなった。というのも紬には全く景品が取れないからだ。それを楽しげに見守る朝陽には抗議のひとつでもしたくなる。
「それもいいかもね。でも初めてでしょ?せっかくなら一緒にやりたいなって」
「うう……」
「ごめん、嫌だった?」
「嫌じゃないのが悔しいの!」
「ん?ごめん、よくわかんないや」
「もうその件はいいからっ、コツ教えて」
「ここはね……」
アドバイス、といっても朝陽も決して上手くない。そのうえ先ほどの女性店員は紬のことは気に入らないのか大したサービスもない。その結果、紬は大苦戦中というわけだ。
ところどころで朝陽がコインを追加するのも複雑だった。スマートで、嬉しくもある。しかし、こうも意識して緊張しているのが自分だけであることを突きつけられている気もしてしまう。
クレーンに絶妙に挟まれた景品が浮かび上がる。それからガゴンという音ともに、取り出し口に落ちた。
「あ、取れた!取れたよ!」
「おめでとう。すごいね!」
飛び跳ねてから慌てて平静を装う。はしゃぎすぎた羞恥は数秒遅れで、紬の顔を真っ赤に染め上げた。
「どう?楽しんでもらえそうかな」
「う、うん。でも朝陽くんこそ……私とで平気?楽しい?」
ぷっと吹き出すように笑う。何か変なことを聞いてしまったのかと紬は少しオロオロとしてしまう。それを見て、今度ははっきりと声を出して笑った。
「ごめんごめん。白瀬さんもそういうの思うんだなって」
「思うよ!だって、その……あんまりこうやって遊んだことないし、わかんないことばっかだし」
「十分僕は楽しませてもらってるよ。むしろ付き合ってもらってる側だしさ」
朝陽が屈んで取り出し口から景品を取る。ゲームのキャラクターらしいそれを紬はよく知らない。単に可愛いからという理由で選んだが、どうにも見れば見るほどに愛着が増してくる。
「はい、どうぞ。かわいいね」
「あ、ありがと……」
このかわいいね、はぬいぐるみに対してだ。頭で分かっているそんなシンプルなことにさえ一々反応してしまう。
「煩悩退散、煩悩退散……」
「ん?どうかした?」
「う、ううん!なんでもない、なんでも」
「そう?じゃあ次はね」
次、という言葉がどうしても嬉しかった。紬は少し駆けて隣に並んだ。その距離は最初よりもほんの僅かに近づいた。
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