4話 初恋の呪縛
初恋はいつですか。そう問われれば、胸を張って中一の秋だと答える。
初めて彼を見た時、神々しいとかそういう大げさで陳腐な表現しか思い浮かばなかった。今になって振り返れば、恋とかそんな漠然と憧れていたものがようやくこの時輪郭を捉えた気がする。
奪われままの初恋は、今でも囚われたままでいる。
「へえ、それでようやく香坂と話せたって」
対面に座る友人、楓が興味があるのかないのか曖昧な声で言う。
ここでの香坂とは、つまり香坂朝陽のことである。
「いつぶりよ。もしかして中二くらいからなんじゃ」
「卒業式の日には喋れたもん」
「一言二言でしょ」
「話せたことには変わりないもん」
そう、と呆れたように言う。朝陽と疎遠になったのは何故だったのか。それは紬には分からない。けれどだんだんと話すことが減っていき、廊下ですれ違っても目すら合わなくなったことを覚えている。
てっきり自分が何かをしてしまったと、紬はそう考えていた。だから昨日、朝陽がわざわざ間に入って助けてくれたことも、その後自然と会話をしてくれたことも。全てがたまらなく嬉しかったのだ。
「私としては最近めっきり名前も出さなくなったから、吹っ切れたんだとばかり」
「それができればどんなに楽か……」
「そんなに魅力的かね、あいつ」
「どこをどう考えても!魅力しかない!」
「声でか……」
周囲の視線に、慌てて身も声も潜める。もしかして浮かれているのかもと思った。
しかしそれにしてもだ。魅力が分からないなんて言う方が、紬にとっては分からない。忘れることができれば、それがどれだけ楽なのか。今でこそそのような考えは捨て、片思いをそれなりにエンジョイしているが中学生だった頃はひどく悩むこともあった。
「そりゃ容姿は流石なもんだけど」
「浅いんだよねえ」
ちっちっち、と口を鳴らす。楓は不満そうに顔を顰めた。
「そりゃあ最低なヤツだとは思わないけど。そんないいヤツとも思わないよ」
「な、なんかそれを言われると……。でも優しいけど」
「優しいヤツは急に人を避けたりするかね」
「なにか事情が……」
「なんにせよ、そこまで飛び抜けたいい人ってことはないじゃん」
今度は不満そうに唇を尖らせるしかないのは紬の方だ。彼女は間違いなく朝陽を優しいと評するが、不可解な点もあることもたしかなのだ。穏やかな彼がまるで別人のような冷たさで……。
「高校に入ってもまあ、なかなかのおモテっぷりでいらっしゃるし」
「それは言わないで……!聞きたくないもん」
「何をいまさら……。だいたいモテるって言えば今はあんたの方が、でしょ」
「うっ、でも……私のなんてただの高校デビューですので……」
モテる、と言われると嬉しくないことはない。けれど実際は、押せばイケるとでも思われているのか、軽薄な告白がほとんどを占めているように感じるのだ。彼らが本心から、誠実に告白してくれている可能性は当然ゼロではない。しかし、そのような気持ちは紬には欠片とて感じられないものが大半だ。
それに……昨日のような体験までする必要があるというなら。高校デビューなんてするんじゃなかったかも。漠然とした後悔が過ぎった。
「だいたい高校デビューだって……」
「香坂のため、でしょ?」
「朝陽くんのためって言うのは思い上がりだよ。可愛くなって、自信を持てればって思っただけで」
昔もそうだった。抜群の容姿で目を引く彼の隣は、時おり居心地が悪かった。それを変えたくて、精一杯の努力をしたつもりだった。それも求めていない結果を生むだけだったが。もっとも、その告白のおかげでまた朝陽と話す機会を得ることができたのだから、巡り巡って目的を叶えたとも言えるのかもしれない。
「ほかに気になった人とかいないの?それこそ香坂より人気のある」
「いないよ」
食い気味な声に、楓も口を閉じる。小さくも明確な意志を持った声だった。
「昨日ね、ちょっとだけ話してさ。やっぱり好きだなあって」
雰囲気はあの頃のままで。二人きりの時間は、ひどく穏やかで幸福な時間だった。
「だって今日まで諦められなかったんだもん。もうね、叶う叶わないじゃなくて楽しもうって。振り向いて欲しいわけじゃないの。ただ、前みたいに友達として」
「そう。じゃあ私は見守らせてもらうことにする」
「ありがと」
友人の呆れたような表情のなかに、少しの穏やかと喜色が滲んでいるように思えた。
小学校からの仲だ。きっと何もかも見透かされているのかもなと思い、紬はもう一度笑顔でありがとうと告げる。
「でもさ、どうすんの?」
「なーに?」
「香坂から好きだって言われたら」
「ふぇ?」
「なに、そのマヌケな声」
一度大きく咳払いをする。突拍子のない質問に動揺したせいだ。声が裏返ったのは。
「ど、どうするって……!?」
「いやあんたもずっと可愛くなったし。それに昔仲の良かったあの子がモテ始める……とかで気になり始めるとかあるじゃん」
笑わず真顔の楓に、紬も頬を締めた。
「そ、そうかな?」
「まあ」
「そ、そりゃあ好きだって言ってくれたら……」
「うわあ」
「なに!?」
「顔、ニヤケすぎ」
バッと頬に手を当て顔を逸らす。自分がどんな顔をしているか分からず、まともな顔をしている自信もない。
「そんな顔は男どもに見せれないわ。妬けるねえ、香坂のやろう」
「か、からかわないで!」
「ふっ、可愛い可愛い」
「もうやだあ……」
「それよりさ、どうするのよ」
「だ、だからあ!その、付き合うよ……?だ、だって私も好きだもんっ!」
「おー」
「そういうリアクションやめよ!?」
潜めた声はだんだんとボリュームが上がっていく。とうとう楓に「これ以上は場所を変えよう」と言われるまで続いた。
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