2話 さらなる目撃と乱入
「好きです、付き合ってください」
静寂にそんな声が響く。朝陽は思わず眉をひそめた。図書室という自身の穏やな日常の一部である空間を侵食された気がしたからだ。
ここでやるなよ……と。喜色から打って変わって鬱々としてくる。
今日はひどく人も少なく、今ではおそらく自分以外には誰もいないはずだった。部屋の端の方で読書に熱中しているうちに、誰かが来たのだろう。それ自体はいい。実際隣に座られでもしない限り気が付かないことはザラにある。
告白なんていうイベントをするなと言いたいのだ。どうやったって会話の生まれるイベントで、成功なんかした日には、テンションも上がって声も大きくなるだろう。
せめてほかに誰かいないかは確認するだろ、ふつう。
誰に聞かせるでもなく心の内で愚痴を吐く。こういうのは無人の図書室が相場だろう。
一度雑念が入ってしまったからか、妙に集中力が戻らない。隠すことなく嘆息した。
パタンと栞を挟んだ本を閉じる。この告白が終わったら再開しよう、そう決めて席を立つ。告白現場には近づかないようにしつつ、ほかに本を探そうと考えたからである。
「ごめんなさい」
告白の返事が聞こえた。密事を盗み聞きをしているようで、背中がソワソワして仕方ない。しかしこれは不可抗力であろう。ましてこちらは被害者とも言える立場のはずだ。そう言い聞かせた。
「えっと、どうしてもダメかな」
「え?は、はい」
「まいったな……」
まいったなってなんだ粘るな……、と呆れとも感心とも思える感想を抱いた。感心が残ったのは、ある意味では尊敬もできるからだった。
告白を断れる想像すらしていないらしい。少なくともそれは朝陽には全くない発想だった。告白は両想いを確信してからするものだ、と友人が言っていた。どうやらそれは本当だったらしい。こんなのは博打だ。
反面、告白を受けた女子生徒には同情した。断っても退かない相手はどうも厄介だろう。
「彼氏とかはいないんだよね?」
「それは、いないですけど……」
「じゃあお試しみたいな感じでもいいからさ」
「ごめんなさい……。そういうお付き合いはできません」
「別に何かするわけじゃないから。ただもう少し俺のことを知ってもらえればきっと」
「その、無理ですごめんなさい」
だんだんと男の語気が強まっていく気がした。押しの強い男に自信が加わったタイプだ。面倒ごとの予感がするにつれ、朝陽はますます眉をひそめる。面倒に関わるつもりはないという自分の信条と、見て見ぬ振りをすることへの罪悪感。この両者に挟まれているからだ。
それから加えて、この声に聞き覚えがあったせいだ。朝陽は小さく舌打ちをした。
キャッという小さな悲鳴と、ガタンという本棚の揺れた音がする。
ガシガシと頭を搔いた。
「あの流石にまずいんじゃないですか」
手首のあたりを掴まれ奥の方へ追い詰められたような絵面の女の子とその状況を生み出している男。
朝陽が声をかける。結局勝ったのは見て見ぬ振りへの罪悪感であった。
俯いて顔を逸らしていた女の子とそれを強く見つめる男を交互に見た。先に目が合ったのは男の方であった。人がいるとは思わなかったのか、いるのは知っていたが話しかけられると思わなかったのか。いずれにせよ驚いたような顔をした。
「まずその手、離してあげた方がいいんじゃ」
朝陽の声がけで、慌てたように男は女の子から身を離した。今度は彼女と目が合う。文字通り点となった目に少しだけ口元が緩む。
男は何度か彼女と朝陽のほうを見ては、「ごめん」と小さく呟くように言った。それから彼女の反応も待たずに、駆けるように逃げ去っていった。
「ここじゃ粘らないのか」
思わず口からこぼすように呟いた。
よほどひどい緊張だったのか、バランスを崩した彼女の手を取って、朝陽が言う。
「それで、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい……ありがとう」
まず少し震えたような声が返ってきた。それでも怯えは引いたのか、表情に深刻さは見えない。朝陽はひとまず安堵した。
「白瀬さんさ、ちょっとは危ないとは思わなかった?」
つい咎めるような言葉を告げてしまったのは、目の前の彼女に思い入れがあったからだったのかもしれない。目の前の彼女はら中学からの同級である白瀬紬。いまのは脳を経由せず、反射で出た言葉のような気がした。
「えっと……ごめん。でもほんとに偶然だったの。その……本を探しにきたら、急にだったから」
どうやら事前にアポがあったわけではなく、飛び込みの告白だったらしい。彼女にとっても予期せぬハプニングであった。それを咎めてしまったのは、たしかに朝陽の浅慮だった。
「それは悪かった。でもいまは偶然僕がいたけど、そうじゃなかったらさ。……ってわざわざ言うことじゃないね、ごめん」
「ううん、ありがと。ほんとにね、ホッとしたから……」
まだ小さい声で彼女が言う。
「それからこの場合は、久しぶり……でいいのかな」
自身を見上げた彼女と視線が重なる。あまりに澄んだ瞳で見つめるものだから、なんだか照れ臭くなった朝陽は目線を逸らし、鼻の頭を指先でなぞった。
俯いた顔を上げ、見上げるように朝陽を向く。
「うん、久しぶり……!」
久々に見た彼女の笑顔は、まだ少し緊張が滲んでいる。それでもあの頃と何も変わらない笑顔に、なんだか胸がいっぱいになるような感覚さえした。
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