15話 イルミネーション
「へー、ツリーね。もしかして毎年やってたり……」
「ううん、今年からみたい。毎年のイルミネーションにクリスマス感も追加しちゃえ!みたいな?」
「それなら良かったよ。我が街ながら僕は何にも知らなかったのかと」
温暖な商業施設を出て、今はアーケード街を並び歩く。肝心の行きたいところはどこなのか、という話題を出すと紬は若干の俯きとともに答えた。彼女はアーケード近くの大通りで行われるイルミネーションの話をした。なんでも例年のイルミネーションに、クリスマスツリーが加わったらしい。
せっかくのクリスマス、ツリーを見に行きたいというお願いに朝陽も鷹揚に頷いた。
「朝陽くんは、イルミとか行く?」
「うーん、前に真尋とかと見に行ったことあったかもなあ。あとは単純に通りかかるとかさ。でも毎年わざわざ見に行くみたいなことはないかも」
「……とか、ね」
「おっと、邪推は良くないな」
じとっとした湿度の高い視線は、そちらを見なくても分かった。
直感的にこの話を危険に思い、朝陽は慌てて話題を変えることにする。
最初こそ怪訝そうに見つめてきたものの、いくつか話題が変わる頃にはすっかりいつもの調子で上機嫌だ。朝陽は紬のいい意味で単純なところに感謝した。
「それにしてもすごい人だね。僕クリスマスはこの通り避けてたからさ。正直面食らってるよ」
ライトアップのされる大通りは、毎年この時期はカップルで大混雑だということは知っていた。そのため毎年通らないようにしていたが、まさかここまで混んでいるとは。また暗くなり始めたばかりの時刻だというのに、朝陽は自身の想定の甘さを悔やんだ。
「ごめん、こういうの苦手だった?」
「ううん、平気。なんだか場違いな感じがして戸惑っただけで」
通り過ぎていく人も、そのほとんどがカップルたちである。誰もが楽しそうで華やかな空間は、恐らくひとりならとっくに逃げ出していただろう。
ちらりと隣を見れば、こちらも楽しそうにきょろきょろと周囲に視線をやっている。その姿に、朝陽はつい目を細めた。
「なに?」
キッと睨むように朝陽を見る。顔が赤らんでいるのは寒さのせいだけではない。
「なんでもないよ」
「なんでもないのに人の顔、そんなに見ますか?」
「見ちゃダメだった?」
「……いいえ?いいですけど?」
「そう」
満足気に朝陽が笑う。紬は一度顔を背け、それから不満そうに、やや頬を膨らませている。
「クリスマスバージョンって感じで、新鮮だよね」
「やっぱり!子どもみたいだなっていう顔だったもん!」
どうやら先ほどのは、笑われたと思ったらしい。
たしかに周囲を楽しそうに眺める姿は、普段より幼く見えたことは否定できないが。
「クリスマスシーズンってのはともかく、当日に歩くのは僕初めてだから。新鮮で楽しくなるね」
「私も、クリスマスにこうやって歩くの初めてだから。その、楽しいなって。だから浮かれちゃったというか……」
言葉はしりすぼみになり、最後は消え入るようだ。
「どうしたの?」
「子どもっぽいなとか呆れられてないかなっていうのと」
「僕そんなこと言いそうなイメージ?思ってないけどなあ」
「それと、急にすごく恥ずかしくて」
「それってどういう意味で」
「だ、だって周りは、カップル?ばっかりだし。その、なんかさ……もういい、やめよこの話」
バタバタと顔を仰ぐ紬に、かえって朝陽まで顔が赤く染まりそうになる。普段なら何か軽口のひとつでも言えただろうが、どうにもこのクリスマスという雰囲気がそれをさせてくれない。
小さな返事を返すことが精一杯だった。
「綺麗……」
しみじみとした声が響く。通りに並ぶライトアップの中でも、とりわけ目立つのはクリスマスツリー。それを二人並んで見ている。周囲がカップルばかりだとか、いまは何も気にならなかった。
「なんかね、毎年見てるイベントなのに感動しちゃった。変かな」
「奇遇だけど、僕も感動しちゃったよ。変かもね」
「ふふっ、朝陽くんと一緒なら変でもいいかも」
「……嘘だよ、変じゃないって」
目も合わさずに前を向いて行われる会話。そのことに朝陽はホッとしている。いまはどうも顔を合わせられそうになかった。
「あ、雪だ」
先に呟いたのはおそらく紬の方だ。
チラつく雪に、朝陽は手を差し出す。結晶はすぐに溶けて水に変わるが、それで良かった。真似して手を差し出す紬も楽しそうに笑っている。
「ホワイトクリスマスだっけ、こういうの」
「積もってなくてもいいんだっけ?」
「え、そうなの?分かんねえや。でもホワイトクリスマスにしちゃった方が、なんかいいな」
「たしかに。良いこと言うね」
紬は空を見上げて笑う。朝陽は紬に視線をやってから、同じように上を見る。イルミネーションの光が雪の結晶に反射しているのか、やけに幻想的な光景に思える。
普段なら考えもしない言葉だとかが口から溢れそうで、朝陽はむず痒いような妙な気がした。
くしゅんと、ずいぶん可愛らしい音が響いて隣を見た。真っ赤に染まった彼女と、それから時計を見る。たしかにもうすっかり夜と呼ぶべき時間だ。あまり遅くなるつもりはなかったのか、彼女の服装もやや薄いのかもしれない。連れ回したことを反省しつつ、彼女に向き合った。
「そろそろ帰ろうか」
「……まだ早くはないですか?」
「だって寒いでしょ」
「ううっ、それを言われると……」
「まあ実は僕もちょっと寒くて。それに風邪をひかせるわけにはいかないから」
大げさに肩をすくめ、それからジッパーを一番上へと上げる。もっとも寒いというのも本当だが。
「でも、せっかくだし」
何度かそんな呟きを繰り返したのち、渋々頷いた。彼女のこんなに渋った姿を見るのは初めてで、どこか口元が緩む。
「別にすぐ解散ってわけじゃないよ。もし許してくれるなら、家まで送っていこうと思うんだけど」
どうかなと尋ねると、ぱあっと華やいだ顔を見せてくれたあと、一転して曇ってしまう。
聞けば、迷惑じゃない、と心配そうな顔をして尋ねてくるものだから朝陽は破顔するほかなかった。
「それじゃあ、行こうか」
朝陽がそう促せば、紬も小さく頷いた。
「あ、結局本買ってないや」
思い出したのは送り届けた後。ひとりで帰る道の途中のことだった。いっそ引き返そうかとも思ったが、なんだかそれでは今日のこと楽しかった記憶が書き換えられる気がして。やっぱり今度にしようと決めた。帰り道は行きよりもずっと軽快な足取りだった気がした。
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