14話 偶然か必然か
「さっぶ」
家を出た朝陽は肩を縮め、慌てるようにアウターのジッパーを上げた。秋物とまではいかないが、やや薄めのアウターはどうにも肌寒い。天気予報を見なかった朝の自分に恨み言を言いつつ、大げさな歩幅で歩き出した。
霜焼けになりそうな手をポケットにしまう。ややひんやりとした空間は、体温が移って徐々に温まる。手をぐぱぐぱと動かすと血流が良くなったのか、ほんのりとかゆみと痺れが出てくる。
寒さに舌打ちをしながら、結局のところ朝陽が向かったのは比較的近所にある商業施設だ。特にお目当ては、その中にある本屋であり、好きな作品の文庫版が出たらしいためだった。
それからついでに映画館にでも寄って、新作映画のパンフレットでも見てみようか。そんなことを考えていると、妙に楽しくなってきたのか、軽快な足取りに変わりついには小走りとなって向かっていく。
がちゃがちゃと騒がしい空間に何事かと思えば、各店舗の綺麗なクリスマス飾りにようやく今日がクリスマスであることを意識した。朝陽の中では昨日のクラス会あたりですでにクリスマス特有の空気感は失われていた。
軽快な足取りは、眼前を埋めつくほどに歩くカップルの群れによって奪い去られている。
特に平日の昼ということもあってか、同年代の恋人たちも目につく。そこには羨ましさというか、気まずさばかりが募った。
一応服屋を覗いたり、寄り道をしつつ目的地へとたどり着く。やはり本屋というのは、今日という日であっても静けさを保っている。それがどうにも嬉しかった。
お目当てがあって来たものの、いざ来るとほかのものも目につく。表紙を見て、初めて見る作品に惹かれてしまうのは本屋の良さだな、などと上機嫌に思った。
本を選んでは、少しだけ読むつもりがつい熱中してしまう。親切に座席まで用意されたこの書店は立ち読みにも寛容らしい。
結局朝陽が我に返ったのは、ひらひらと顔の前で振られた手を認識したからだ。
「や、やっほー?」
「白瀬さん」
朝陽は目を丸くして、ぼんやりとした声で名前を呼んだ。
「どうしてここに、って言おうと思ったけど。そりゃ僕にとって近所ってことは、当然だけど近所だもんね」
「そうだね。でもびっくりしちゃった」
持っていた本をパタンと閉じて向き合う。今日は学校が冬休みに入って初日であるわけで、当然朝陽も私服だが、紬も私服である。記憶を振り返っても彼女の私服姿はあまりなく、なんだか珍しいものを見た気分がした。
「……へ、変?だって、その会うと思ってなかったし……」
ジロジロと見すぎたのか、紬は恥ずかしそうに身を縮め、窺うような視線を向けている。
「ああ、ごめんごめん。そういう意味じゃなくて。レアだなって」
「レア?」
「うん。僕もだけど、私服で会うって。それにメガネだし。なんか懐かしいね」
途端に真っ赤に染まり顔ごと背けた紬に、朝陽はまずいことを言ったかと必死で頭を回転させる。が、心当たりは特段ない。それがまたかえって焦らせるのだ。
「いや別に変とかじゃないよ!?ほら、昔はたまにメガネかけてたなって。うん、可愛いしさ、それに僕黒縁メガネって結構好きで」
「す、ストップ!ストップ!あの、一応人目があるし……?恥ずかしすぎるというか……」
「あ、ああ……ごめん。でもほんとに変な意味じゃなくて」
「分かったから、分かりましたから」
ほんとうなんだけどなあ、とイマイチ釈然としない朝陽に対して、紬は「全くもうっ」と満更でもないくせに怒ったふりをしている。
「ほんと冷たいの好きなんだね」
対面に座った紬が、不思議そうに言った。
「猫舌なんだろうね多分。あんまりホットドリンクって選択肢にないなあ。コーヒーなんかは真冬でもアイスだし」
あの後どこか話せる場所にということとなり、二人が選んだのは併設されたカフェである。
それぞれ頼んだメニューはアイスコーヒーとホットのカフェラテ。当然紬はホットの方だ。
カップを持っておそるおそる口をつけては、ゆっくりと飲む姿はずいぶんと可愛らしい。モコモコとした私服の雰囲気も相まって、可愛らしさには磨きがかかったような気がする。
「メガネ、曇ってるよ」
朝陽の笑い声混じりの指摘に、またもや頬を染めている。なんだか今日はずっと顔が赤いところばかり見ているな、などと思う。
「絶対もっと早く言えたでしょ」
「気づいてないのが面白いなって」
「いじわるだ」
「からかいたくなるのは、男の性だよ」
真尋がいれば、キザったらしいやつだとでも言われただろう。女の子の前だとどうも格好つけたくなるのも、きっと男の性だ。
「それにしても、僕とこんなことしてて平気?なんか用事があったんじゃ」
「ううん、平気だよ。全っ然平気、用事なんて何にもないから」
いやでも、と喉元まで出かけた言葉を留める。目の前の彼女はたしかな笑顔だが、どうも余計なことは言わない方がいい気がする。「なら良かった」とだけ返答を送った。
「朝陽くんこそ、いいの?」
「僕の方も大した用はなかったから。むしろ今日がクリスマスだって忘れてて、外に出たらカップルだらけでさ。ひとりで気まずかったから、こうして付き合ってくれて救われた気分だよ」
しみじみとした口調となった。心の底から出た本音であった。当然のようにカップルで溢れた店内でさえ、居心地の悪さなど微塵もない。それに加えて、こうして穏やかな時間を共に過ごせているのだ。これ以上を望むことも文句を言うことも、そのどれもが全くない発想だ。
「まいったな、もうこんな時間になっちゃったよ」
朝陽はテーブルの右手側に置いたスマホに触れると、画面に表示された時計を見て言った。秒針は5時になろうかというあたりを指している。二人がカフェで談笑へと興じてから、単純に2時間は優に超えていることになる。
「長々と付き合ってもらったね。そろそろ帰ろうか?」
朝陽の中には漠然と、何かしらの用事を持ってここに来た紬を引き留めてしまったような感覚がある。
「……あのですね、この後忙しい?」
まいったなと頭を撫でるように掻く朝陽を、やや下から覗き込むように見上げて言う。上目遣いが堪らないと、クラスの男子が言っていたことを思い出した。残念ながらあの時の彼の気持ちが分かるな、などとくだらないことを考えた。
「いや僕は暇だよ。せいぜいクリスマスの特番でもかけておこうかなくらいで」
「じゃあ、その……あの」
口をもごもごとさせながら、なかなか言葉の出ない紬をただぼんやりと眺めている。どうにも懐かしい気持ちがするのは、昔も彼女がこうしているのを見た記憶が蘇ってきたから。
「何かやりたいこととか、行きたいとこあるの?」
「う、うん」
「じゃあ、僕も連れてってくれると嬉しいんだけど」
「い、いいのっ!?」
ぱあっと華やいだ笑顔で見上げられれば、とうとう朝陽は笑った。紬は少し不満そうに口を曲げようとしたが、喜びが勝ったらしく、ややキテレツな形となって留まった。
「そりゃあね。遠慮しなくていいよ。まあ僕も断られたらどうしようとかで言えないことばっかだけどねえ」
「え、ちょっと意外かも……」
「ずいぶん僕を勇敢でかっこいいやつだと思ってくれてる?僕だいぶチキンだからね?」
「私は何を言われても断らないのでっ!」
拳を握りしめながら、なかなかな言動が飛び込んでくる。
「これはまた……僕さ、白瀬さんは色々気をつけた方がいい気がするよ」
「なんでディスられてるの!?」
「はは、こりゃ周囲は気が気がじゃねえや」
気にせず楽しそうな笑顔を浮かべたままの紬に、呆れたようなため息しか出なかった。
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