12話 クラス会と脱走
「ねえねえ朝陽くんは歌わないのー?」
朝陽の左側に座った女子生徒が、どこか一音高いような声で話しかけてくる。肩が触れるギリギリの距離感に、うるせえなと内心では悪態をつきながら穏やかに応じた。
「あー、僕あんまり歌は得意じゃなくて。それに聴いたり、こうして喋ったりしてるほうが楽しいよ」
それから、楽しげに話す彼女の会話に適当に相づちを打つ。しばしの談笑の末、ちょうど飲み物がないことを指摘すると、彼女はドリンクバーへと向かった。そるから、ようやく安堵の息を吐いた。
チラリと右隣を見れば、じとっとした視線を向ける真尋が座っている。
「なにかな?」
「べつにー?」
「別にって顔じゃないだろうさ」
真尋は何食わぬ顔で、コップに満たされたオレンジジュースに口をつける。朝陽もその隣に置かれたコーラに左手を伸ばした。
「俺はただ、気持ち悪い愛想笑いだったなって思っただけだよ」
「やっぱり思ってんじゃねえかよ。まったくさあ、いいか?僕には僕の処世術的なものがあってだな」
「そりゃもちろん知ってますとも。けどやっぱり隣で見ると……きっついなあって」
真尋はげーっと吐くようなマネをする。
なにが不満なんだ。そう言いかけてやめる。真尋は昔から朝陽のよそいきの面が大嫌いだったからだ。朝陽には数少ない術であり、真尋はそれを嫌っている。それだけの話だ。それだけで、ここで喧嘩をするわけにも、喧嘩をしたいわけでもなかった。
「お前が来いって言うから来たんだろうが」
せめてもの反撃として、小声で言う。カラオケの騒音ではほかには聞こえないはずだ。
「俺はもっと、君は心を開くべきだって。いい機会かと思ってね」
「そりゃありがと。でも結構ですので」
「……やっぱりあの時なあ。悔やまれるね、まったく」
「あ?」
「なんでもないよー」
舌打ちを誤魔化すように、コーラは全て飲み干した。左隣の彼女が戻ってくると、同じタイミングで朝陽も席を立つ。水分補給はいい大義名分だ。
周囲に断り部屋を出れば、騒がしさは一転して静寂さえ感じた。妙な解放感に、よほどストレスだったらしいことに気がついて笑った。
ドリンクバーの横にある製氷機の前に立つ。それをコップの半分以上を満たす程度に入れる。朝陽は中身が水で薄まるくらいに氷を入れて飲むのが好きだ。うっかりと押しすぎたボタンから指を離し、余分な氷を口に含む。
「ちょっと入れすぎじゃない?」
後ろから声がかかる。バリバリと氷を噛む口を止め、慌て気味に振り返る。
「ああ、白瀬さんか」
「不満?」
「まさか」
「だよね」
くすくすと楽しそうに笑っている。笑っているうちに噛み砕いてしまおうと、バリバリと氷を割った。
「にしても、同じ店舗でやるならいっそ合同でもいい気がするね」
キンキンなコーラに口をつけながら、朝陽が言う。
「この近くで一番学割効くのがここだもんね。そういう案もあったみたいだよ。一応はクラス会だからって名目で却下されちゃったらしいけど」
「へえ」
素っ気ない相づちをしながら、きっとうちのクラスの連中は白瀬紬目当てだろうな、と決めつけた。チラリと彼女に視線を戻せば、スカートに長ジャージというなんとも妙にダサい格好をしている。いや、それでも可愛さが勝っているのだから悪くはないのか。
「……あんまり女の子のスカートジロジロ見るものじゃないと思うけど」
「ちげえよ!?」
スカートだ、と言いつつ胸あたりで両腕を守るように交差する。まるでこちらが変質者扱いだ。
「スカートにジャージって、珍しいなって思っただけだよ。学校ならともかく、こういうとこでさ」
「やっぱダサい?」
「……まあ、服だけ見れば」
ひらひらとスカートの先を触りながら尋ねる彼女に、朝陽は微妙に視線を外して答えた。
「私も微妙ではあるんだけど、楓、ええっとお友達がね。履いておけって」
「ああ、たしかにな」
「たしかにって?」
思わず声に出た納得に、紬が反応する。朝陽は口ごもったものの、最後は後頭部をかきながら答えた。
「自衛……みたいな?」
「自衛」
「いや、まあ。生足はまずい……みたいなことじゃねえすか」
「……わあ、えっちだ」
スっと腕を交差して、彼女が言う。
「だから僕じゃねえって……」
「でも同じ発想には至ったわけで」
「……じゃあとっとと脱げば?」
からかいに、少しイラッとした朝陽が強めに返す。だというのに彼女は変に顔を赤らめては俯くばかりだ。居心地の悪い雰囲気に、朝陽はわざと声を荒らげた。
「ってなんか言おっ!?」
コホンと紬は大袈裟に咳払いをする。それからやや上目遣いの姿勢になる。
「……セクハラだ」
「嫌ならからかうのも大概にしとけよ」
「むう」
「はいはい、可愛い顔可愛い顔」
すっかり空になったドリンクを補充する。ようやく合法的に顔を背けることができた。冷えたグラスを頬に当てる。顔中の熱が集まって、抜けていく気がした。
「なんにせよ、言いたいことは分かるってこと。その楓ちゃんってののね」
「……楓ちゃん」
「あれ、名前違った?ごめんね」
「合ってるけどさ」
機嫌を損ねたか?と不安がよぎったが、紬は頭を振って持ち直したらしい。小さな声で「理不尽なのは良くないもん」と呟いている。心当たりはなかったが、ひとまず怒られなかったことに安心しておく。
「隣に男子が座る、ってことはなさそうね、聞いてる感じ」
「うん。基本的には女の子同士で座ってるから」
「そりゃ平和で。まあ、一応の自衛ってことでしょ。チラリズムってのはあるからね」
「ちらりずむ?」
「聞かなくてよろしい。とにかく、リスクは減らせるだけ減らした方がいいってこと」
「そうだね。楓にも感謝しておかなくちゃ」
そうした方がいいよ、と笑って応じた。
「なんか飲みすぎてお腹いっぱいになってきたな」
「それはそうなるよ。だってずっとコーラ飲んで氷食べてるもん」
誰のせいだ、とも思わないでもない。口には出さないが。
「でもおかげでこのあとの二次会的なやつは行かなくて済みそうだよ」
「やっぱりやるんだ」
「まあね。そっちは?」
「一応。近くのファミレスだって」
「そこも一緒なんだ。そりゃそうか」
沈黙が訪れる。時々部屋の扉が開いて中の音が漏れ聞こえる。それもなんだか心地が良い。
「行くの?」
「迷ってる」
「そっか」
再度の沈黙は一度目よりやや長く。
「じゃあ抜けない?一緒に」
「……いいの?」
「僕が誘ってるんだから」
朝陽は目を伏せて笑った。
「じゃあ、行きたい」
ちらっと見上げると、彼女もやや俯き気味である。それでも会話は滞りなく進んでいく。
「じゃあ多分同じタイミングで終わるだろうからさ。抜けたらあとで合流しようか」
朝陽の言葉に、紬も頷く。ちょうど部屋からはほかの生徒も出てきた。中には当然男子生徒もおり、彼らは紬を見たあとに朝陽にも目線を送った。二人は、各々の部屋へと戻る。直前に一度だけ視線が重なる。笑ったタイミングも同じだった。
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