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1話 目撃


「あ、白瀬ちゃんだ」


放課後の教室にそんな声が響いた。朝陽がその声に少しだけ身体を強ばらせる。それは入学して、それよりもずっと前から、何度も聞いた名前であった。


教室の窓から見える景色は、今まさにその白瀬紬が告白されているところだ。どうにも甘い場面のせいか、目の前に座る友人のチョコ菓子へと伸びていた手は途端に止まってしまった。



よくもまぁあんな人目に付きそうなところで、というのがまず浮かんだ感想だった。自分であれば、あんな場所で告白する勇気などない。自虐的な笑みを浮かべるほかなかった。



入学してしばらくした頃から学年でも飛び抜けて可愛い女子と話題になった白瀬紬という人物は、しばしば告白されているらしい。どうやら最近は人気のない所への呼び出しは断っていると聞くから、わざわざあんな場所で想いを告げるのは男側にとってやむを得ないことなのだろうと思う。


朝陽は、モテる女の子というものは自衛も大変なものだと同情した。


「可愛いよなー付き合いてえ」

「誰の告白も断ってるみたいだし。実はもう彼氏とかいるパターンだろ」

「……そんな奴いたら俺絶対そいつ殺すわ」


存在の不確かな彼氏への怨嗟の声までが耳に飛び込む。殺人予告なんて穏やかではない。まだ見ぬ彼氏の無事を願うのみだ。


「あらら、すごい物騒だ」


背もたれに肘をかけるような体勢で椅子に逆向きに座り、ひとの机でお菓子をつまむ友人が呟くように言う。その言葉に朝陽も少し目をやった。


「まー、モテるってのも大変だねえ。ちょっとは羨ましさもあるけどさ」

「ま、大変だろうな」

「……多少は君への嫌味のつもりでもあるんだけどね?」

「僕はその点気を遣ってるからな。面倒ごとはごめんなんでね」

「ふーん」


納得してはいないぞ、と訴えかけてくる友人を無視してもう一度景色に目をやった。


「でもそりゃあ同じクラスとかだったら好きになっちゃうのかもね」

「そんなもんかね」

「可愛いだけじゃなくってすごいいい子だもんね。可愛い子はほかにもいるけど、みたいな?まあ君にそんなこと言うのは、釈迦に説法ってやつ?」

「それ、使い方合ってんのか?まあ、いい奴だったってのはその通りだな。少なくとも僕の知る限りは」


朝陽にとって、白瀬紬という女子生徒は中学校からの同級生だ。とはいえ、朝陽にとってはもう少し地味目で大人しい女の子、という印象であったが高校に入って雰囲気を変えた彼女はすっかりアイドルのような扱いだ。


「まさかこんなに人気になるなんてね」


友人である真尋が言う。彼もまた、朝陽にとって小学生からの幼なじみである以上、白瀬紬とは同じく中学校から同級となる。


「朝陽さ、仲良かったよね?」

「そこそこな。別に軽く雑談する程度だったよ」

「へえ、高校入ってからは?」

「聞くまでもないだろ。それにあんな子と喋ってみろ、さっきの連中みたいなのに睨まれるだけだろ」


僕は穏やかに過ごしたいんだ、そう言い切ると、そうだねとだけ返ってきた。


仲は良かった。最初のきっかけは思い出せないが、互いにわざわざ会いに行ってまで話した記憶もある。たしか放課後に。そこまで思って、慌てて考えるのをやめた。それは無益なことだからだ。


少なくとも、朝陽にとって今の彼女の姿は喜ばしいことだった。あの怯えたような大人しい女の子はもういない。




二人の間には妙な沈黙が流れている。その空気がどうにも嫌で、無理やり切り出すように話し出す。


「それにしても最近多いな。今週だけでもう3回は見たぞ」


記憶を振り返れば、そんな感想が浮かんだ。モテるのは分かるが、少々多い気がする。入学してすぐの頃ならともかく、いまはもうだいぶ落ち着いたはずだ。


「そりゃあもう秋も暮れですからねえ」

「ん?なんか関係あんの」

「分かんない?クリスマスだよクリスマス。せっかく高校生になったからには彼女と過ごしたいってもんよ。今から仕込んでおかないと」

「……クリスマス前なら勝算って上がるもんか?」

「お、君もそろそろそういう感じ?」

「そんなんじゃねえ」

「だよね。ま、人肌恋しい季節らしいからね。それにそれまでには彼氏欲しいって言ってる女子も多いし。需要と供給が噛み合うなら、意外と上がるのかもよ」


朝陽は「へえ」と呟いた。クリスマスにも恋愛にもさして興味のない朝陽にとっては理解が及ばない考えである。


「別にそれまでに仲良くなってないなら、告白どうこうじゃないと思うけどな」

「そりゃ正論だね。でも案外そんなわけなくない!?みたいなことが現実じゃあったりするのかも」

「ははっ、そうだといいな」


そうこうしているうちに、どうやら告白が玉砕したらしい。男に頭を下げて、彼女は足早に去った。今度は立ち尽くす男に少し同情しつつ、朝陽も菓子をひとつ口に放り込んだ。


「ん?ちょっとこれ甘すぎないか?」

顔をしかめて言った。


「朝陽も甘いの好きじゃん」

「これは度が過ぎてる甘さだ」

「そりゃあ一番甘いの選んでるもん」

「真尋、お前は間違いなく糖尿病になるな」

「はは、俺もまだ若いから。それに糖尿病より高血圧の家系だからね」


笑いながらミルクティーを飲む友人に、朝陽は今度こそわざと大きくため息を吐いた。






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