第2話 出会い
眠りに落ちてどれくらい経ったかは分からない。僕は急に足元の感覚が変わったことに気付いた。
ざらざらした砂
小さな手
低い視線
あっ、これ、3歳の時の思い出だ。僕はすぐに気が付いた。
目の前には、公園の砂場が広がっていた。滑り台は今よりずっと大きく見えて、空はやけに高い。頭のてっぺんくらいまである柵の向こうで、知らない大人たちがぼんやり動いている。
泣いていた。理由は確か、迷子になったから。 父親と公園に来ていたはずなのに、気づいたら父親の姿が見えなくなっていた。呼んでも返事はなくて、知らない大人と知らない声ばかりが行き交う。胸がぎゅっと苦しくなって、僕はその場にしゃがみこんだ。
「どうしたの?」
声がして顔を上げる。目の前には少し背の高い女の子が見つめていた。短く結ばれた髪、膝には絆創膏。後から知ることになるが、その女の子が白石 紗季だった。
「おうち、分かんないの?」
紗季は優しく聞いてくる。僕は首を振る。紗季は少し困った顔をしてから、しゃがんで目線を合わせてくれた。
「お水、いる?」
紗季は肩にかけていた水筒からコップを外し、水を注ぎ、そしてそれを僕に差し出した。僕は喉が渇いていたので、差し出された水を一気に飲み干した。間接キスなんて当時は知らなかったのでどうでもよかった。
「じゃあ、一緒に探そ」
そう言って、当たり前みたいに手を差し出す。
直人は迷わず、その手を握った。
二人で公園を出て、住宅街を歩いた。
僕は、自分の家の形も、道順も、うまく説明できなかった。ただ「ここちがう」「ここでもない」とあいまいな言葉を繰り返すだけだった。
それでも紗季は怒らなかった
「大丈夫。ゆっくり行こ」
何軒目かの家の前で僕は足を止めた。ふっと心の奥が軽くなった気がした。
「…ここ」
指さした先には、見覚えのある玄関。
そして、その隣にも、同じような家が並んでいた。
「あれ?」
紗季が首をかしげる。
次の瞬間、その家から大人の声がして、慌てた様子の僕の母親ともう一人飛び出してきた。
「直人!」
「紗季!」
僕は泣いている母親に抱きしめられ何度も謝られた。でも、そんなことは案外どうでもよかった。でも、手を引いてくれた紗季のことだけは、なぜかはっきり覚えていた。
紗季は紗季の母親らしき人に頭を撫でられニコニコしていた。
二人は、隣同士に住んでいた。
その後、僕の家の玄関先は、急に騒がしくなった。直人の母親は何度も頭を下げて、紗季の母親は「いえいえ」と笑いながら手を振る。どうやら二人は、前から顔見知りだったらしい。
「まさか一緒に帰ってきてるとは思わなかった」
「それも偶然、紗季ちゃんに」
そんな会話が交わされる。
僕は母親にだっこされた状態で振り向いた
そこに立つ紗季は、少し照れくさそうに笑っていた。
「この子、しっかりしてるんですよ」
「本当に助かりました」
大人たちが話してる横で紗季は小さく手を振った。僕はそれが何を意味するかよく分からないまま、手を振り返した。
その日から、二人の家はよく行き来するようになった。
夕飯のおすそ分け。
僕の家で積み木遊び。
紗季の家でアニメ映画鑑賞。
僕にとっては、それが「普通」になっていった。
白石紗季が隣にいる生活。
それを、疑ったことは一度もなかった。
だから後になって思う。
あの日迷子にならなければ。
隣じゃなければ。
親同士が仲良くなければ。
こんなにも、好きにならなかったのかもしれない。




