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第1話 結婚報告

 初恋の相手、白石しらいし 紗季さきが結婚すると知らされたのは、夕方だった。通知音が鳴って、何気なく開いたスマートフォンの画面に、その名前があっただけで、僕、佐伯さえき 直人なおとの指は止まった。内容を見る前から、胸の奥が嫌な形でざわついていた。


『報告があるんだけどさ』


 短い前置き。それだけで、僕はもう察してしまった。自転車を押していた手を止め、道路脇に立ち尽くす。行き交う車の音も、空の色も、急に遠くなった。画面をもう一度見て、ゆっくりスクロールする。


『結婚することになりました』


 文章は丁寧で、紗季のように柔らかい。おめでたいのに、直人の頭には何も入ってこない。

 そうか、と心のなかでつぶやいてみる。それだけなのに、口には出していないはずなのに、なぜか息苦しかった。


 祝福しなきゃいけないことは分かっている。自分は紗季に選ばれなかったということもずっと前から理解していたはずだった。「でも、自分にもまだチャンスがあるんじゃないか、紗季姉は自分に振り向いてくれるんじゃないか」そんな淡い希望を抱いていた。それでも、胸の奥で静かに崩れていく感覚だけは、誤魔化せなかった。

 僕は画面を閉じて、深く息を吸う。

 返事を打つには、もう少しだけ時間が必要だった


 直人は結局、返事を送れなかった。スマートフォンをポケットにしまって、自転車を押しながら家へと向かう。ペダルを漕げば早く着くのに、そういう気にはなれなかった。

 家に帰るまで、僕はずっと紗季のことを考えていた。迷子になったときに助けてくれた紗季、5歳のときに一緒に海に行ってくれた紗季、10歳の時に一緒に登校してくれた紗季、13歳の中学入学時に「また一つ大人になったね」と言ってくれた紗季。15歳の時にどうしても紗季の高校に行きたくて勉強して、合格した時に自分のことのように泣いて喜んでくれた紗季。たくさんの思い出を反芻した。今思えば、いつ今の結婚相手と会ったかなど気になる部分もあったが、その時の僕にはどうでもよかった。


 家へ着いて、靴を脱ぐ。「ただいま」と言っても返事はなかった。いつものことなのに、今日はやけに寂しく感じた。制服のまま自分のベットに寝転び、天井を見る。天井の白い染みはこんな形だったっけと思うが思い出せない。 ポケットに入っているスマートフォンが重かった。祝福の言葉を考えようとするたび、胸の奥が拒否する。考えないようにすると、紗季の笑った顔が浮かぶ。

 僕は諦めて短く打った。


『おめでとうございます』


 それ以上は書けなかった。僕は、メッセージを打つとすぐにスマートフォンをベットの上に放り投げた。送信ボタンを押したかなんて覚えていない。見なければ少し楽だった。

 着替えと夕飯を済ませて僕は布団に入る。今の時間はわからないが多分8時頃だと思う。高校生にしてみればとても早い就寝だろうが今日は早く寝たかった。寝ればこの辛さから逃れられるんじゃないかと思ったから。

 忘れたいわけじゃない。楽しかった思い出から今日は離れたかった。

 僕は、息を整え、目を閉じる。

 なぜか涙は出なかった。ただ、胸の奥が鈍く痛んだまま、夜が静かに更けていった。


 だが、楽しかった思い出はそう簡単には逃れさせてくれなかった。

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