気づいた時にはゲス不倫した後だった。今からでも誠実に生きようと思う
なぜ私は、もっと早くに前世の記憶を取り戻せなかったのだろう?
そう後悔した時には、既にやらかした後だった。
私の前世は、ネットで芸能人の炎上騒動を読み漁るだけの、しがない喪女OLだ。
記憶を思い出したきっかけは、耐えられない程の頭痛と吐き気。
体調不良の原因は分かっている。
つわり、だ。
本来なら「おめでとう」と祝ってもらえるのかもしれないが、今の私はむしろ全くめでたくない。
だって、お腹の子が誰の子なのか分からないのだから──。
「……どうすればいいの?」
私はベッドに横になったまま、大きくため息をつく。
現世の私は貧しい農家の娘として生まれ、親の借金の肩代わりに、物心ついた頃から売春させられていた。
百歩譲って売春で授かった子であればまだ同情できたのだが、愚かなことに現世の私は、売春に加えて貴族と二股までしている。
しかも一人は妻子持ち。クズすぎる。
前世では散々、今の私と同種のカス芸能人が叩かれるさまをネット越しに眺めていた。
だけど、まさか自分がそちら側の人間になるとは。
記憶を思い出す前の私は『お腹の子供のことを持ちかけてどちらかに結婚を迫ろう。子供は父親に似ていなくても誤魔化せるはずだ』などと、ちゃっかり托卵するつもりでいたのだから末恐ろしい。
父親が誰か分からないし、かといって一人で育てる自信もないので堕ろすしかないか。
とも思ったが、この世界では中絶方法が確立されておらず、強いて言えば『死亡リスクのある薬草を飲み続けると流産するらしい』という眉唾民間療法くらいしか存在しない。
中絶できない以上、この子は責任を持って育てるしかないのだが、それ以外にも問題は山積みだ。
まず、現世の私は身寄りがない。
頼るとすれば二股をかけている貴族の二人ぐらいだが、こうなった以上、彼らに頼れるとは考えない方がいいだろう。
次に、仕事がない。
今は売春で生計を立てているが、前世の記憶を取り戻した以上、続ける気はない。
そして3つ目。
二股をかけている二人に、お腹の子をどう伝えるべきか?
これが直近で頭を抱えている問題だ。
黙っていても月日が経てば妊娠がバレるのは明白。
かといって記憶を思い出す前の私のように、托卵覚悟でどちらかと結婚するというのはリスクが高い。
そして何より、そんな下衆行為をしたくはない。
だったら取るべき行動はただ一つ。
二人に謝罪して、キッパリ別れよう。
二人にどんな罰を受けるか、考えるだけで恐ろしいが、身から出た錆だ。
どうせすぐにバレるのであれば、バレる前に早めに謝罪した方がまだマシだ。
私は、押し寄せる頭痛と吐き気を我慢しつつ、二人の浮気相手と会う約束をした。
◆◆◆
昼下がりの、人が少ない酒屋。
先に呼び出したのはオーガスト・アンダーソン侯爵令息だ。
記憶を取り戻す前の私にとって、彼は『本命と破局した時用の予備』だ。
目鼻立ちが良く爽やかな好青年で、今の私にはもったいないくらいに魅力的な男性である。
何なら、庶子で爵位を継がないことを知る前は本命だったくらいだ。
「それで、ミア。話ってなんだい?」
いつも通りの気さくな笑顔を私に向けるオーガスト。
そんな彼を見ていると、罪悪感で胸が苦しくなる。
「今日は貴方に、謝らないといけないことがあるの」
「謝ること?」
「私はね、実は……」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。
彼に嫌われる恐怖で、声が出てこなかった。
そもそも『誠意を示すために謝罪する』って、彼からしたらただの自己満足よね?
私が懺悔したいという理由で、浮気の事実を知らせて彼を傷つけることが、本当に正しいのだろうか?
「貴方と、別れたいと思っているの」
彼を傷つけるのは良くない、と心の中で言い訳をしていたせいで、浮気の事実を伏せて別れを切り出してしまった。
「えっ? そんな……何で?!」
「それは言えないわ。だけど、これだけは言える。私みたいなクズ女は、貴方と一緒にいたら駄目だわ。貴方なら、私なんかよりもずっと素敵な人がいくらでも見つかる」
「そんなことはないっ! 僕が好きなのは、世界でただ一人、君だけだ!」
オーガストは熱い眼差しを送る。
彼の熱い想いに、心が揺らぎそうになるが、ゲス不倫をしている私に彼を選ぶ資格はない。
「君が何と言おうが、僕は別れたくない。もし僕に至らないところがあるなら、改善できるように努力する。だから、お願いだ。もう一度僕にチャンスをください!」
「貴方は何も悪くないわ。むしろ、悪いのは私なの。私、貴方に最低なことをしたの」
「最低なことって?」
「それは……」
ここで『浮気をしている』と言えば、流石の彼も別れてくれるだろう。
頭でそう理解できていても、やっぱり不倫している事実を告げることができなかった。
「お願い。貴方をこれ以上、傷つけたくないの。もちろん、許されるつもりもないわ。だから何も聞かずに別れてください」
「嫌だ! 何も聞かずに別れるなんて、そんなの納得できない。そこまで言うんだったら、君の言う『最低なこと』を教えてよ。じゃないと、絶対に別れるなんてできない」
そこまで言われたら、言うしかない。
私は勇気を振り絞って、事情を説明した。
「実は私……不倫、してるの」
「……え?」
「貴方以外の男性と、付き合っているの」
そう告げた途端、オーガストは目を大きく見開いたまま固まった。
「オーガスト、本当に……本当に、ごめんなさい!」
私が頭を下げても、彼は放心状態で返事すらなかった。
「だから私は、貴方と一緒にいてはいけないの。今までありがとうございました。そして、さようなら」
返事をしない彼を尻目に、私は酒屋を後にした。
◆◆◆
後日。
オーガストと会った酒屋とは別の酒屋で、もう一人の男性を呼び出した。
やってきたのは、レックス・アサートン子爵。
記憶を取り戻す前の私にとって、彼は『本命』だ。
今の私が言うのも何だが、彼は私と同じレベルのクズである。
奥さんと4歳の息子さんがいるにも関わらず私と堂々と不倫し、挙げ句の果てに奥さん達を虐げている。
彼のいいところがあるとすれば、ルックスの良さと私を盲信的に溺愛していることくらいだろう。
「あぁミア、今日も会えて嬉しいよ。それで、大事な話って? もしかして、今日はいつも以上に熱い夜を過ごしたい……とか?」
なぜその発想になる?
というか、アンタ既婚者だろ。
恍惚とした顔で語るレックスに、心底反吐が出る。
「いいえ、違うわ」
「だったら何だ? 宝石でも買って欲しいとか?」
「宝石もいらない。私が今日、言いたいことは、ただ一つ。それは……」
不貞の事実を告白しようとしたが、またもや言い淀んでしまう。
だけどオーガストの時とは違って、嫌われる恐怖は一切ない。
その代わり、怒り狂った彼に暴力を振るわれるのではという恐怖に苛まれる。
盲信的な愛を捧げる彼が私の不貞を知ったら、彼の奥さん達に向ける暴力性を私に向けてくるのは目に見えて分かる。
「貴方と別れたいの」
「……え? は?」
結局、今回もそれしか言えなかった。
レックスは強張った笑顔で私を呆然と見つめる。
「は、ははははは。面白い冗談だなぁ、ミア。だけど今日の冗談はあまり面白くないぞ?」
「私は本気よ。貴方とはこれ以上、一緒にいられないわ」
「う、嘘だ……! もしかして、アイツに何か言われたのか? いや、絶対にそうに決まってる。あの女め、私の興味を惹こうと姑息な真似を」
「奥さんは関係ないわ。というか、そこまで嫌っているなら何故離婚しないの?」
「それは、跡継ぎがいるし、世間体もあるからで」
「だけど息子さんは、奥さんが不貞で授かった子かもしれないのよね? それに世間体を気にするなら、平民の私と結婚できるわけないじゃない。私と不倫しておいて、世間体を気にするのは変でしょ」
「確かに、そうなんだけれど……そうか、ミア。私が離婚しないからアイツに嫉妬したんだな? だから『別れる』だなんて言って気を引いたわけだ。そういうところも相変わらず可愛いなぁ」
「だから、本当に貴方と別れたいの! 仮に貴方が離婚したとしても、私の気持ちは変わらないから」
「わかったわかった。そんなに私と結婚したかったんなら、急いで離婚するから」
「だから離婚しなくていいって! というか、むしろ離婚しないで。奥さんと息子さんを大事にしてあげて」
「今更アイツらを大事にって言われてもなぁ…」
「そもそも、奥さんが不貞をしたと思う根拠は何なの? 息子さんが貴方の子である可能性は、本当にないの?」
「私の子である可能性はゼロじゃないけど、息子が授かる前、アイツは暴漢に襲われているんだ。それまでは全然妊娠しなかったし、暴漢の子供に決まっているさ」
「暴漢に襲われた奥さんを、気遣うどころか邪険に扱うなんて酷いわ。奥さん、可哀想」
「アイツを憐れむなんて、ミアは優しい子だなぁ」
「奥さんを憐れんでいるんじゃなくて、貴方に怒っているの! 第一、貴方なら本当に自分の子か調べられるんじゃないの? 親子関係を調べることができる魔道具は、平民じゃ手を出せない額だけれど貴族の貴方なら買えるでしょ?」
「そんなもの、買うだけ無駄だ。暴漢との子に決まっている」
「だけど、貴方の子である可能性を捨てきれないから嫡子として教育しているのよね? なら親子関係を調べて、白黒はっきりさせた方が貴方にとっても奥さんにとってもいいと思うわ。実の子じゃないかもしれないから虐げるけれど、実の子かもしれないから嫡子として育てる……って、1番対応が中途半端で誰も幸せになれないわ」
「まぁ、それも一理あるか。……よし、ミアがそこまで言うなら、親子関係を白黒はっきりさせてみるか。それで、アイツが私の子じゃないってハッキリしたら、あの女と別れてミアと結婚するよ」
「だから、私は別れるって言っているの! 例え貴方の子じゃなくても、私は結婚しないわ。だけど……」
「だけど?」
「もし貴方の子だったら、奥さんと息子さんに謝罪して」
「ハハハ! もし本当に私の子だったら、謝るしかないよね。まぁ、そんなことはあり得ないけど。息子は私に全然似ていないし。本当に君は、ヒトのことを思いやれる良い娘だね。それより、結婚式に着るドレスはどんなのがいい? 君なら何でも似合いそうだよ」
「……私の話、聞いてた?」
その後も『別れたい』と何度話しても、レックスの耳には一切入らなかった。
私が一言『不倫している』と告げれば、もしかしたら聞き入れてもらえたのかもしれない。
が、言い出す勇気が出なかったために、話し合いは平行線に終わった。
後日、同じ話をするために呼び出したが結果は変わらなかった。
意を決して不倫していたことも告げたが、『別れたいがための口実』だと思われて聞き入れてもらえない。
もしレックスに妊娠していることを知られたら、別れるどころか『お腹の子は自分の子だ』と勘違いされて結婚させられるだろう。
そう思った私は、一方的に別れを告げて遠く離れた町へと移住した。
◆◆◆
二人と別れてから数ヶ月が経った。
私はあれから、遠く離れた町にある孤児院に住み込みで働いている。
給料はほぼ無いに等しいが、衣食住が確保されているのは有り難い。
妊婦で身寄りがない私を働かせてくれる上に、子供が生まれたら孤児院の子供達と一緒にここで住まわせてもらえるのだから、これ以上の職場はないだろう。
ここでの生活は、数ヶ月前までの生活が思い出せないくらい、毎日が忙しかった。
「ミアさん。貴女はもう休憩しなさい。洗濯物は私が干しておくから」
「お気遣いありがとうございます。ですが、このくらい平気です」
「駄目よ。そんなお腹で働かせられないわ! いつ産まれてもおかしくないんだから、出産に備えて安静にしておきなさいと言っているでしょう?」
「ですが元気なのに働かないなんて、申し訳なくてできません。ただでさえ数ヶ月前に働き始めたばかりですし」
「貴女って本当に真面目ねぇ」
この数ヶ月で私のお腹は、まるでスイカでも入っているのかと思うほどに大きく成長した。
正確な週数は把握していないが、恐らく臨月だろう。
毎日元気な胎動を感じていると、『この子の父親が誰だろうが大切にしよう』という思いが日に日に強くなっていく。
「ならミアさん。そんな貴女にしかできない仕事を与えるわ」
「えっ? 一体、何でしょうか?」
「『元気な赤ちゃんを産む』のが、貴女の仕事! そのために必要なことと言えば?」
「えっ……と、適度な運動・適度な食事・適度な睡眠、ですか?」
「……私が欲しかった答えと全然違うわね。元気な赤ちゃんを産むのに必要なのは、絶・対・安・静よ!」
「ですが、そう言われましても。ずっと横になるのは逆にしんどいです」
「だったら、そうねぇ……。この辺の土地勘を掴むためにも、散歩してきなさい」
「ですが…」
「『ですが』は禁止! 喋る暇があったら、貴女の仕事をしなさい」
「わ、わかりました」
私は渋々、孤児院から出て周辺を歩きまわった。
身重な体で大した目的もなくぶらぶらと歩くのは、結構キツイ。
仕事をしていた方が、まだ気が紛れる。
それから数分後。
良い運動になったし、そろそろ帰ろう。
そう思って、孤児院に向かって歩き出そうとした時だった。
「え……なんで…?」
目の前にいたのは、オーガストだった。
慌てて隠れようとしたが、その前に目が合い、気付かれてしまった。
「探したよ、ミア」
慌てて彼から逃げようとしたものの、身重なせいで走ることができない。
案の定、すぐ彼に捕まってしまった。
「待って、逃げないで!」
今更、何の用なのだろう?
あんな事をしたのだから、十中八九、復讐の類に決まっている。
あの日と変わらない穏やかな表情をする彼だが、今はただただ怖い。
「ミア、そんなに怯えないで」
「オーガスト、どうしてここが分かったの?」
「君がいなくなってから、どこにいるのかずっと探してた。風の噂で、君がこの町の孤児院にいるって聞いて、会いにきたんだ」
「会いにきた、って……どうして?」
「それより、そのお腹……もしかして……」
彼の視線は私のお腹に向く。
妊娠していることは説明するまでもない。
たけど──。
「……誰の子か、わからないの」
「そっか……」
気まずい沈黙が流れる。
「ミア、今日は君にお願いがあって来たんだ」
「お願い? 今更、何なの?」
「僕と、もう一度やり直して欲しい」
「……え?」
幻聴だろうか?
絶対にありえない、私にとって都合のいい言葉が聞こえた気がする。
「ミアが不倫していたって聞いた時は頭が真っ白だった。しばらくショックで食事が喉を通らなかったくらいだ。だけど、それでも君を忘れられなかった。僕と一緒にいた時の君が、全部嘘だったとは思えない」
確かに、オーガストとした何気ない会話も、彼に見せた笑顔も、全部本心だ。
不倫の事実を隠していたこと以外は。
「それに何より、もう一度君の笑顔が見たいと思った。だから、君がどこにいるのか必死で探したんだ。そしたら君の居場所以外にも、色々知ることができたよ。例えば、両親に売られて売春をしていた、とか」
「そこまで知っているのに、何でヨリを戻そうと思えるの? 私は、貴方が思っている以上に汚れた女だったのよ? 普通、引くでしょ?」
「確かに、驚きはしたよ。だけどそれ以上に、可哀想だって思った。僕の母も似たような境遇で、幼い僕を育てる為に身体を売って働いていたんだ。だから君の姿が母と重なって、守ってあげたくなったんだ」
「オーガストのお母様も娼婦だったの? 初めて聞いたわ」
「今まで嫌われるかもと思って黙ってたからね。君が色々秘密にしていたように、僕も色々と秘密にしていることがあるっだ。例えば」
オーガストが言いかけたその時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
その声は段々と大きくなる。
孤児院の院長か? と思い、声のした方向を見る。
そこにいたのは、レックスだった。
「ミア! 探したよ。会いたかった」
レックスは満面の笑みで私に近づいてきた。
「やっと見つけた。君にずっと伝えたいことがあったんだ。けどその前に、そのお腹は?」
「この子は」
誰の子か分からない。
そう言いかけた時、お腹に刺されるような痛みが走った。
これってまさか、陣痛?
私は痛みで、その場でうずくまる。
「あぁ、そうかミア。分かったぞ! 私との子を身籠っていたから別れを切り出したんだな? 私の家庭を壊さないように、あえて冷たくあしらって身を引こうとしていてくれたんだね。あぁ、なんて優しい娘なんだ」
レックスの勘違いを訂正したかったが、今は痛みでそれどころではない。
「ミア、大丈夫?」
オーガストは心配して、うずくまっている私の腰をさすってくれた。
そのお陰で、痛みは少しマシになり、次第におさまった。
「孤児院まで運ぼうか?」
「大丈夫、痛みが引いたから歩けるわ」
私はオーガストに手を引っ張ってもらいながら、立ち上がる。
「なぁ、ミア。その隣の男は?」
間抜けな表情で尋ねてくるレックス。
陣痛が引いている今の間に、この人との話をさっさと終わらせよう。
「この人は、前に話した浮気相手よ」
「えっ?」
「ちなみに、お腹の子は貴方の子かどうか分からないわ」
「……ははは、それも嘘なんだろう? ミアも強情だなぁ。そんな話で私が騙されるとまだ思っているのか?」
また、このくだりか。
もうすぐ産まれるかもしれないのに、話が拗れるのは面倒だ。
私がどう説明しようか考えていた、その時。
「嘘ではありません」
レックスにそう告げたのは、オーガストだった。
「僕も貴方と同じように、ミアと付き合っていました」
オーガストの言葉に、レックスは目を大きく見開いて固まる。
「う、う、嘘だ。きっとお前は、ミアに頼まれて嘘に付き合っているだけの男に決まっている」
「……彼女の両方の内腿に、ちょうど同じ位置にほくろがあることを言えば、信じていただけますか?」
その瞬間、レックスの表情は恐ろしいほど酷く歪んだ。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ! おいミア! そのお腹の子は、誰の子なんだ? 言え! この売女がぁ!」
発狂したレックスは鬼の形相で私を睨みつける。
その表情に、恐怖で逃げ出したくなりながらも、私は彼の目を見つめて話しだした。
「だから、分からないの。貴方の子かもしれないし、この人の子かもしれない。客との子かもしれないの」
「きゃ、客ぅ?」
「私、貴方が言うように売女だったの」
「何だと? よくも私を騙したな? この女狐め!」
するとレックスは大きく手を振りかざし、私に殴りかかった。
殴られる恐怖に、私は咄嗟に身を縮める。
だけど彼の拳が、私に当たることはなかった。
オーガストがレックスの手を掴んでいたからだ。
「離せ、この優男! お前もこの女に騙されていたんだろ?」
「その通りです」
「なら私の気持ちが分かるだろ? あぁ、こんな女に騙されていた時間が勿体ない。こんなことなら、最初から妻と子を大切にしておけばよかった」
その言い草からして、息子さんはレックスの実の子だったと判明したのだろう。
「だったら今からでも大切にすればいいんじゃない?」
「うるさい、売女がぁ! お前のせいで離婚する羽目になったんだろうが!」
「それに関しては貴方の自業自得よ。妻子がいるのに不倫した貴方が悪いわ」
「黙れ、このクソ女ぁ!」
今度は私のお腹目掛けて蹴りかかる。
だけどその足が私に当たる直前、オーガストから放たれた黒い光線によって、レックスは遠くへと飛ばされてしまった。
その光線は、禍々しいオーラを放っている。
あれは恐らく、闇魔法だ。
この世界で闇魔法が使える種族は、ただ一つ。
ということは、まさか。
「オーガスト……貴方、魔族だったの?」
オーガストは苦笑いをしながら頷いた。
彼が髪を掻き上げると、魔族特有の小さく尖った耳が現れた。
「母が魔族だったんだ。君に嫌われるのが怖くて、今まで言えなかった」
魔族はこの世界では被差別種族だから、言い出せないのも無理はない。
「僕の秘密は、これで全部だよ。……嫌いになった?」
「いいえ。そんなことで嫌いにならないわ。むしろ、ありがとう。こんな私を守ってくれて」
「それなら良かった。話は戻すけど……ミア、もう一度、僕とやり直して欲しい。君の不倫も、過去も、お腹の子も、全部受け入れるから。君と一緒にいたいんだ」
「私には勿体無い言葉だわ。だけど、本当にいいの? こんな私で」
「むしろ、君じゃなきゃ駄目なんだ! それに僕だって君が望むような男じゃないよ。爵位を継がない上に魔族だから、色々迷惑をかけると思う」
「迷惑だなんて思ったことは一度もないわ。それにもし、貴方と一緒になれるなら、どんな困難でも耐えられる」
するとオーガストは、あの日と変わらない優しい笑顔を私に向けた。
その笑顔に、私は感情が昂って泣きそうになる。
「ミア。大好きだ。僕と一緒に付き合って欲しい」
「えぇ、もちろんよ」
こうして私たちは、再び一緒になった。
それから半日もしないうちに、元気な赤ちゃんが産まれた。
オーガストに似た耳を持つ、魔族の女の子。
紛れもなくオーガストの子だろう。
それから私達が夫婦になるのに、時間はかからなかった。
オーガストはギルド所属の冒険者として働いて、私は引き続き孤児院で働いている。
決して裕福ではないが、家族3人で過ごす幸せな日々に文句はない。
この幸せを潰さないためにも。
これからは、誠実に生きていこうと思う。
最後までお読みいただきありがとうございました。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れてくださると嬉しいです。




