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7.かわいい竜

 『かわいい竜か。それはないな』

 『幼竜の姿は一様で、手足の生えた蛇に近い』


 アルビンカの言葉が、今になってミラに突き刺さっていた。



 皮袋からそっと取り出した幼竜は……本当にかわいくはない。


 鱗はなく、人肌に近く生白い。全身の表面は粘膜に覆われていて、触れればヌルリとした感触。

 顔が妙に長くて、蛇のようにくねる体。小さく細い手足がひょろりと生えている。

 胸から腹にかけてはあばらが浮き出ていて、見ているとどこか不安になる。


 首元にはフサフサとした毛のようなものが生えているが、毛ではなく、水辺の両生類に見られるエラだろう。


 サイズは肘から指先ほど。想像していたよりも、ずっと大きい。


「た、確かに……かわいいというより、気持ち悪……じゃない。怪我、してない?」


 床に落ちた時には短い産声をあげていたが、今はぎゅっと口を閉じている。

 鳥のように下から瞼を閉じる仕組みらしく、下瞼をぎゅっと持ち上げた顔は、涙をこらえているようにも見える。


 見ているだけで、妙に胸が痛む。


「ご、ごめんね。怖かったよね。

 もう大丈夫だから」


 そっと頭を撫でると――


「……ゥエッ……エッエッエッ」


 幼竜はカエルのような声で、今度は安心したかのような声をあげた。


◇ ◇ ◇


 イスミルとの約束通り、ミラはポイナ村に留まっていた。


 先日の騒動のせいで誰も小屋を訪れないという事もあるが、それ以上に――この弱々しい幼竜を連れて旅に出るのは、どう考えても危険だとわかったからだ。


 見た目は気味悪いが、数日も経つと愛着もわいてきた。


「アッアッアッ」

「あら、ボジョ。今日はご機嫌ね~?」


 ミラは幼竜を『ボジョ』と名付けた。理由は単純で、床を這うときのぺたぺたした足音がそう聞こえたからだ。


 畑に咲いた芋の花を鼻先に近づけると、下瞼を上げて「アッ」と嬉しそうに鳴く。

 アルビンカのように言葉を話せはしないが、ミラの言葉を理解しているようで、声色で感情を伝えてくれる。


「そろそろお客様がくるから、ボジョはいい子にしててね」

「……ペッ」


 『お客様』とはイスミルのことだ。

 先日、どうしてももう一度話がしたいと手紙が届いた。どうやら、ミラを「竜の番」と勘違いしたままのようで、竜が暴れさえしなければ保護を約束してくれるらしい。


 ボジョは嫌そうに舌を打ち、桶の中で身をくねらせた。


「気持ちはわかるけど、飛び掛かったりしちゃダメよ?」


 イスミルは、ミラとボジョの存在を他人に漏らしていないらしい。そのおかげで、こうして平穏な日々を過ごせている。


 最初は恐ろしい騎士だと思ったが――もしかすると、いい人なのかもしれない。


 ボジョがぷいっと横を向いた……その直後。


「はは……気持ちはわかりますか」

「わっ、イ、イスミルさん!?」


 振り向けば、扉がわずかに開き、イスミルが静かに覗き込んでいた。


「すみません。ノックしたのですが、気づかれなかったようで」

「あ、いえ……! こちらこそ。どうぞお入りください」


 イスミルが椅子に腰を下ろすと、ミラも向かいに座る。

 机の上には底の浅い桶が置かれており、その中からボジョが顔を出し、喉を鳴らして威嚇していた。


「私が言うのも変ですが……鍵はちゃんとかけてくださいね。

 竜を見られれば……ただでは済みませんよ?」


 その先に待つのは地獄だ。


 もし番や子が傷つけられたとすれば、竜が黙ってはいない。騎士団との戦いは避けられず、辺り一帯が火の海と化すだろう。


「……そうですね。気をつけます」


 アルビンカはもうこの世にいないが、それをイスミルが知る由もない。

 ミラとしても、騒ぎになってボジョに危険が及ぶことは避けたい。


「あと……竜は嫉妬深い生き物です。

 番がいるのに、人間の婚約者なんて――浮気はよくありませんよ」

「ふ、浮気……!?」


 ミラは思わず固まった。が、すぐにダニエルのことを思い出す。


 アルビンカはミラに婚約者がいたことを知っていたし、本当の番ではない。だが、わざわざそれを弁解する必要もないだろう。


「あ、ああ、アレ……もう別れましたので」


 実際、あの後ダニエルとは正式に婚約を解消した。サーシャとは上手くいってないらしいが、ミラの知るところでもない。


 イスミルの表情が和らぎ、そしてまっすぐに言う。


「そうですか。私としても、竜との争いは避けたいので。

 竜を刺激するような事はやめてくださいね?」


 それは偽りのない言葉だった。

 邪竜教は国を脅かす政治犯として捕らえるしかないが、竜そのものに罪があるわけではない。それに、討伐となれば多くの血が流れる。


「それにしても……スロア国には竜は入れないはずですが。竜は、どちらに?

 幼竜の擬態が終わったら、一刻も早く、竜と共に国を離れるべきです」


 ミラは思わず目を丸くした。

 まさに、ボジョの擬態が終わるまではここに留まりたいと考えていたのだが……。


「……イスミルさん、竜が擬態すること、ご存じなんですね?」


 竜の生態は謎が多い。

 ミラは直接アルビンカから聞いて初めて知った。イスミルが擬態を知っていた事に純粋に驚きを隠せなかった。


「え、ええ。まぁ……仕事柄、多少は……」

「そ、そうですか。なるほど、仕事柄……」


 妙にイスミルの目が泳いでいるが、もしかすると、これまで竜と対話する機会が何度もあったのかもしれない。

 そうなるとミラよりも、はるかに竜に関する知識を持っているはず。


「あ、あのっ」


 思わず机に両手をつき、勢いよく前のめりになるミラ。


「あのっ、教えてくださいっ!」

「は、はい?」


「幼竜って……何を食べるんですか!?」

「……はぁ!?」


 その瞬間、桶の中でボジョが呻くように動いた。

 よく見ると、顔色は悪く、痩せたお腹が――


「ぐぅ~~~~~ぅ」


 間の抜けた音で空腹を主張した。

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