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6.騒動

「い、いやぁぁっ!?」


 皮袋からは、ドロリとした竜水が流れ出していた。


「それは……?」


 不審げに眉をひそめるイスミル。

 真っ青になるミラ。


 すると、部屋に悲痛な鳴き声が響き渡る。


『……ウ、ウェェ……エッエッエッ』


(な、泣いてる!? これ、泣いてるんだわ!)


 産声なのか、落ちて痛かったのかは分からない。

 もしかすると、怪我をしているかもしれない。


 焦ったミラが、咄嗟に口走る。


「こ、これは、そう、カ、カエルです!」

「……カエル?」


「そ、そうです。お昼に食べようと思って捕まえて……その……下ごしらえ中で」


『ウェェ……エッエッ……エッ』

「ごめんなさい! 食べない! あなたは食べないから!」


 自分で言っていて支離滅裂だが、必死だった。



 人間だと言い張るミラだが、落ちた皮袋からも、僅かに竜の力が感じられる。

 イスミルは混乱しながらも確信に近づいていく。


「……いや、そうか。竜ではなく、番――。

 はっ、まさか、今、出産を……!?」


 息を飲むイスミル。

 落ちたものはヌメりに覆われ、普通の皮袋には到底見えなかった。


 人間が竜の番になるという可能性はなくもない。

 そして竜は愛情深く、異種族でも番に酷い仕打ちをした相手を許すはずがない。


 ましてや、追い詰めて立ったまま出産させたとなると――


(番の竜が怒り、辺り一帯が火の海になる……!)


 イスミルの目が、皮袋に釘付けになっている。

 一方で、ミラも皮袋から目が離せない。


 先ほど「竜とは争わない」と言ってはいたが、幼竜であれば簡単に捕らえられてしまうだろう。


(この子を、ま、まもらないと……!)


 ミラは決意すると、ピッと片手を上に伸ばした。


「はい、わたしが竜です! 竜はわたしです!」

「い、いや……それは無理が……」

「無理じゃありません! 竜です! だからこの村を出て行きます!」


 ミラは困惑するイスミルをぐいぐい押し、扉から放り出した。



 外では村人と騎士団が固唾を飲んで待ち構えていた。


「……ミラ」


 前に出て来たのはダニエル。その腕にはサーシャが絡みついている。


「君が邪教徒だったなんて……婚約は終わりだ。

 この先は、サーシャと――」


 どうやら、新たな婚約者の座にサーシャが収まっているらしい。

 「そういうわけだから、ごめんねぇ?」と勝ち誇るサーシャ。


 これで二人に関わる必要がなくなった。

 こんな時ではあるが、思わずミラが安堵の笑みを浮かべた。


「そう、よかった」


「……え?」

「はぁ!?」


 想定外の反応に、二人の顔が同時に引きつる。


 しかし、ミラはこれ以上二人に構っている余裕はない。

 イスミルをさらに外へ押しやり、扉を閉める。


「待ってください、まだ話を!」

「話はもう終わりましたよね!」


 村の女たちが、初めて見るイスミルの顔立ちに思わず息を漏らす。


 村長の息子という肩書よりより、騎士団の方が断然いい。まして、顔もいい。

 サーシャまでもが声を上げてしまった。


「やだ、素敵……。ダニエルより……」

「サーシャ!?」


 ショックを受けるダニエルを振りほどき、サーシャがイスミルに迫る。


「あたし、巫女のサーシャですぅ。まさか、この村から邪教信者が出るなんて……。

 怖いですぅ……早く捕らえてください」

「……捕らえる?」


 身構える騎士団に、我に返ったイスミルが鋭く号令を飛ばす。


「いや、お前たち待て! この方は邪教徒ではない! 撤退だ!」


 これ以上騒ぎを大きくすると、ミラを守るために番の竜がくる可能性が高い。

 ミラを庇うように前に出るイスミル。


 騎士団はそれに従って警戒を解き、サーシャが舌打ちをする。


「そんなはずはぁ……もっとよく調べ――」

「すまない、邪魔だ!」


 イスミルはサーシャを押し退け、ミラへ向き直る。


「……お願いです。もう一度、話をさせてください」

「い、いえ! わたし村を出ますから!」


「駄目です。今は、体力もないでしょう!出産で――もごっ」

「ちょっ、な、何を言うんですかっ!」


 ミラが慌ててイスミルの口を塞ぎ、真っ赤な顔で首を横に振る。



 その様子に、何も知らない団員たちが囃し立てる。


「団長~、痴話喧嘩ですか?」

「ここまで浮いた話がなかったのは、この娘さんのせいか~」

「婚約解消らしいですよ、良かったですね~」


 周囲を気にせず、無言で視線を交差させるミラとイスミル。それは、団員達の冷やかしを肯定しているかのように見えた。


 村の女達が羨ましそうに見つめ、サーシャまでもが悔しげに二人を眺めている。

 サーシャとミラを交互に見比べ、真っ赤になったダニエルが吠える。


「ミラ、どういうことだ! 俺がいながら、こいつと浮気なんて――」


「は、はぁっ!? 浮気なんてしてません! 浮気してたのはダニエルでしょ!?

 大好きだったサーシャと結ばれて良かったじゃない! おめでとうって言えば満足なの!?

 もうっ、みんな帰って! わたしだって忙しいんです!」


 普段大人しいミラの激昂に、場は凍りついた。

 動揺するダニエルに、それが事実だと知れ渡り、村長すら顔をしかめている。


 そんな中、イスミルがミラの手をそっと両手で包み込む。


「今は安静にしておいた方がいい。一度帰りますが、必ず話をさせてください。

 約束してくれますか。早まらないで、ここにいて、待っていると」


「いえ、もう村を出ますので」


「あなたにそう言わせたのは、私の責任です。

 もしすぐ出るなら、私はここから離れません」


「……っ、ああ、もうっ」


(すぐにでも、卵を確かめたいのに!

 誰か、早くこの人を連れて帰って!)


 騎士団に視線で助けを求めるが、全員が即座に目を逸らす。

 痴話喧嘩に巻き込まれるのはご免なのだ。


「わ、わかりました! でも、今日は帰ってください!」

「約束ですよ! 絶対に!」


「はいはい、団長良かったですね。帰りますよ~」


 団員たちに引きずられるように去るイスミル。

 ミラは村を騒がせた事に深く頭を下げると、急いで小屋へと戻っていった。



 嵐の後のような静けさの中、女性陣はコソコソと囁き合う。


「やっぱり団長様よね」

「浮気者より断然いいわ」

「私も愛を囁かれたい……」


 その声を背に、サーシャだけがミラの小屋を憎々しげに睨みつけていた。

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