5.孵化間近
ミラの小屋は、黒いフードを被った騎士団にぐるりと取り囲まれていた。
やがてその一人が、断りもなく中へと踏み込む。
背の高い男だった。ミラの頭二つ分はあるだろうか。
その圧迫感に思わず背を丸め、ミラはお腹を庇うように身構える。
「ど、どなたですか……?」
相手の首元の紋章を見て、イネス騎士団だと悟った瞬間、血の気が引いた。
(見つかったら……アルビンカの卵が……)
男は値踏みするようにミラを見下ろし、ふっと鼻で笑った。
「なるほど。これは、これは」
「な、何……ですか?」
背筋を撫でられるような眼差しに、ミラの体が震える。
「貴女、竜の力……加護を持っていますね。しかも非常に強力だ」
その低い声に、全身の毛が逆立つ。
確かに、ミラの体にはアルビンカの力が宿っている。
(ど、どうして、わかったの?)
「驚いたでしょう? 私には女神から受けた特別な祝福がありましてね。
竜の力の存在を認識できるのですよ」
男はゆっくりとフードを外す。
現れたのは意外にも整った顔立ちの青年。さらりとした黒髪を持ち、涼しげな瞳で笑っていた。
「名乗り遅れました。イネス騎士団長、イスミルと申します」
その名を聞く間もなく、ミラのお腹で卵がごそりと動いた。
(う、動いた……! 孵化が近い!?)
皮袋を通じ、コツコツと尖ったものでつつかれるような感触が続く。
もし産声でもあげられたら――即座にばれてしまう。
「わ、わたし、邪教徒なんかじゃありませんので!
か、帰ってくださいっ」
顔面蒼白の、ミラ。
その様子を見て、イスミルは余裕たっぷりに銀細工を取り出した。
「これを見ても、そう言えますか?」
これは邪教徒が持つとされる、竜を象ったロザリオだ。
だが、邪教に縁のないミラには当然見覚えがなく、逆に必死に声を張った。
「い、言えます! 言えます!
だから、早く帰って!」
「……ほう」
ロザリオを床に投げ、イスミルが挑むように告げる。
「信者であれば、このロザリオを踏みつけることなどできない。
貴女に、それができますか? できるというのなら、大人しく退きましょう」
「踏めば、帰ってくれるんですね!?」
「えっ」
ミラは迷うことなくロザリオを踏みつけた。
さらに地団駄を踏むようにダンダンと音を鳴らし、卵の音をごまかす。
衝撃で、卵が落ちそうになり冷や冷やする。
「踏んでます! ほら、踏んでますよっ!
もう帰ってください!」
その必死さにイスミルも目を細める。
こんな事、信者にできるはずがない。
(どういうことだ……)
だが、確かにミラからは強い力を感じる。
邪教信者以外に、竜の力を持つ存在となると……その可能性は、かなり絞られる。
最悪の事態に、イスミルの額に玉の汗が浮かんだ。
「なるほど、そういう事ですか……」
どういう事かわからず、ミラの額にもじんわりと汗が浮かぶ。
「もしや……あなたは……竜、ですね」
「………………はぁ?」
何かの冗談かとあんぐりと口があく。だが、イスミルは淡々と話しを続ける。
「どこから紛れ込んだかは知りませんが、今すぐ出て行きなさい。
もう正体が知られたわけですし、ここで争うより、その方が利口だと思いませんか?」
国王直属のイネス騎士団とはいえ、竜は簡単に仕留められない。
それほど竜の力は強大だ。
(ここは説得で追い出したいが――)
あまりに真剣なその眼差しに、ミラは思わず声を荒げた。
「あ、あのっ!? わたし、どう見ても人間ですけど?
竜はもっと……こう……姿からして、……全く違うでしょ?」
ミラはアルビンカしか竜を知らないが、あの愛しくて美しい存在と自分を一緒にされるのは失礼がすぎる。
我を忘れて身振り手振りで竜の美しさを伝えようとして――
「竜はこう……大きくて――あっ、あぁ、もうダメっ!」
その間も卵は激しく暴れ、麻紐が緩んで――
ぐしょり。
嫌な音を立てて、皮袋が床に落ちた。