4.イネス騎士団
普段は静かな時が流れるポイナ村だが、今日は様子が違った。
田舎には似つかわしくない、黒いフードをかぶった騎士団が突如現れ、村は一気に騒然となる。
その姿はまるで処刑人のようで、村人たちは息を潜めて道の端に退いた。
彼らの首元には、女神イネスの紋章が刺繍されている。実物を見たことがない村人でも、それが噂に名高いイネス騎士団であることはすぐに理解できた。
女神イネスはかつてこの地で暴れる竜を封じ、平和をもたらしたと伝えられている。だが伝承は一枚岩ではなく、女神を信じる者と竜を敬う者に分かれてきた。
そして、ポイナ村が属するスロア国の王は「女神イネスの使徒の末裔」とされ、この国では女神信仰以外を認めていない。
イネス騎士団は国王直属の騎士団であり、竜教を邪教と断じ、その信徒を捕らえることを使命としていた。
つまり彼らが来たということは、この村に「罪人」がいるということだ。
◇
騎士団は村の中心を抜け、真っすぐにミラの小屋へと向かっていく。
その後ろで、サーシャが震えながらダニエルの腕にしがみついた。
「ダニエル……あたし、教会で聞いたの。まさか、ミラが……」
「……そんな、まさか」
涙を浮かべて頷くサーシャ。
もちろん、ミラが邪教徒だと教会に告げ口したのは、ほかならぬサーシャである。
女神の祝福を受け、見習い巫女となった自分を疑う者などいないことを、サーシャはよくわかっていた。
人付き合いが不器用なミラなら、騎士団に不審がられるのは必至。
うまくやり過ごせても、村から爪弾きにされるだろう。
これで、ミラはポイナ村から消える。
絶望に顔を曇らせるダニエルをよそに、サーシャは気づかれないように俯いて、口の端を歪めた。
ちょうどそこへ、村長でもあるダニエルの父が駆け寄った。
「親父、ミラが……」
「ミラちゃんが……まさか」
サーシャはここぞとばかりに涙をこぼしながら袖をまくる。そこには新しい青あざがあった。
念のために、昨晩作っておいた青あざだ。
「あたしも信じられないです……でも……きっと、これも……。
あたしが女神様の祝福を受けたから……」
「ど、どういうことだい、サーシャちゃん?」
不安げな村長に、サーシャはダニエルの影にそっと隠れる。
ダニエルは感情を抑えきれず、彼女を抱き寄せた。
「また酷いことをされたのか……。許せない。
親父、話があるんだ」
険しい顔のダニエルに抱きしめられながら、サーシャは勝利の笑みを押し殺して震えていた。