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15.ぽっちゃり

 ミラはイスミルに連れられて、息を切らしながら小屋へ駆け戻った。

 床に置かれた麻袋を覗き、そして息を飲む。


 袋には、不気味なほどぎっしりと大豆が詰まっている。


「ゾルコ神父が、これを……?」

「ええ、はっきりとした意図はわかりませんが……」


 イスミルが眉をひそめる。


「でも、大豆って……」


 二人の視線が自然とボジョへ向かう。

 ボジョは輪郭をある程度取り戻し、かろうじて太った蛇くらいの姿には戻っていた。


 体がむず痒いのか、小さな足で腹を掻きむしっている。


「幼竜の存在を知られている、と考えた方がいいでしょう。

 少し早いですが、すぐここを離れましょう。

 大丈夫です。行き先はありますよ。この家に地図は?」


 ミラが慌てて本棚から大陸地図を取り出し、床に広げた。


「まず、スロアを出る必要があります。

 ここから南西……国境の森を抜けると大きな湖があります。

 その付近に、竜教の聖堂があるはずですから、そこへ――」

「竜教……って、邪教ですよね?」


 ミラが不安げに眉を寄せる。

 イスミルはやわらかく微笑んで首を振った。


「いえ。竜教を邪教としているのは、スロアだけですよ。

 本来は女神教と並び立つ、正式な信仰なんです」


 女神の使徒の末裔を自称するスロア国王が竜教を迫害しているだけだと、イスミルは簡潔に説明した。


「この森を抜ける途中なら、ボジョが擬態しても目立ちにくいはずです。

 これまでにも、何度か竜をここから逃がしてきましたし、大丈夫でしょう」


「待ってください! 竜を逃がしていた!?」


 イネス騎士団とは思えぬ言葉に、ミラは目を見開く。

 イスミルは苦笑しながら肩をすくめた。


「ええ、誰にも言えませんけど」

「その……イネス騎士団は、竜を退治するのが役目のはず……では?」


 恐る恐るミラが訪ねる。


「ええ、まあ――」


 イスミルの脳裏に、亡き老婆の姿が浮かんでいた。

 彼に「イスミル」という名を与え、竜と知っても育ててくれた人だ。


「母がとても優しい人でして。

 人も竜も同じ命だと、無益な殺生を嫌っていたんです」


 竜を見つけては、争いとなる前に人知れず隣国へ逃がす。イネス騎士団に身を置いた理由も、そのためだった。


「そうでしたか……すみません、驚いてしまって。

 でも、素敵なお母様ですね」


 今まで不思議だったが、イスミルがボジョを気にかけていた理由にも納得がいく。


「スロアで、私以外にも竜を嫌がらない方がいたなんて……嬉しいです」


 ミラが心から微笑む。

 その柔らかい表情に、イスミルの胸に張り詰めていたものが溶け、瞬間で顔が熱くなる。


(大丈夫だ。ミラさんなら……きっと、私を受け入れてくれる)


 聖堂近くには、イスミルを知る竜が何匹かいる。

 彼らから聞かされるより先に、自分で正体を明かしておきたい。


 決意を固め、ミラの正面に立つ。


「旅立つ前に……お伝えしておきたいことがあります」

「な、何でしょうか?」


 突然畏まったイスミルに、ミラが背筋を伸ばす。



 ミラは、竜が人間に擬態できることを知らない。

 それならば、竜の力を流して直接的に伝えた方が早い。


 何より、番を望むこの深い想いを、愛しい女性に伝えたい。


 イスミルが、ミラの額に顔をそっと近づけ、力を流そうと――


「オオオオオッ!」

「ぶっ!?」

「ボジョが、飛んだ!?」


 ボジョが突然、そんなことさせるかと言わんばかりに大声を張り上げ、体に見合わない大ジャンプでイスミルの顔に張りついた。


「お、お前! 邪魔をするな!」

「エッエッエッ!」


 振り払おうにも、まるで吸盤のようにびったりと動かない。

 尻尾をつかんで引っ張ってみても、頑なに離れない。


「この……っ」

「ふ、二人とも、何をしてるんですか!?

 ボジョ、どうしたの!?」


「エッエーッ!」


 ボジョが激しく首を振って鳴き声を上げた、その時。


「きゃぁっ――」


 ボジョの体が鋭く光り、ミラが目を瞑る。


 その骨格は軋みながらも、みるみると大きくなり、エラが溶けるように消える。蛇のようなシルエットは、突然成長を遂げ、大きく変化をする。


「一体、何が――!?」


 ミラが状況を認識するよりも早く。


 ボジョの擬態は、終わってしまっていた。


 その姿は、黒い髪に、整った顔立ち、そして色白の肌。

 飛竜とは遠く掛け離れた――人間の姿となった。


 ボジョはイスミルの顔に乗ったまま、その髪を両手で掴んで引っ張っている。


「イスミル! おまえ、ふざけんなよ!」

「ちょっ、待て、重い! 擬態したなら降りろ!」

「誰のせいだと思ってんだ!?」


 無理やり引き剥がされ、ボジョがちょこんと床に降ろされる。

 体が膨れていたせいか、少しぽっちゃり型だ。


「擬態……って……ボジョは……擬態、したの?」


 ミラが呆然とつぶやく。


 アルビンカは、幼竜は近くの生命体に擬態すると言っていた。


 どことなく、その姿にはイスミルの面影がある。

 タイミング悪く、ミラではなくイスミルに擬態してしまったのだ。


 ――擬態は、失敗した。


 アルビンカとの、大切な約束だったのに。

 ミラの足が震え、目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「どう……しよう。約束、守れなかった――」


 この世が終わりそうなほど絶望的な表情を浮かべるミラに、イスミルとボジョが同時に青ざめる。


「だっ、大丈夫です! 擬態は、体に馴染むまで繰り返されますから!

 お前、まだいけるだろ!?」

「馴染んでない、こんな奴に馴染むはずがないよ!

 まだ擬態できるから! 安心して!?」

「お前っ! 勝手に人に擬態しておいて、何が『こんな奴』だ!?」

「うるせえ! お前こそ、さっきミラに何するつもりだったんだよ!?」


 ぎゃあぎゃあと二人が頬を引っ張り合い、再び喧嘩が始まる。


「よかった……まだ擬態できるのね?」


 へなへなと力が抜け、ミラが床に崩れ落ちる。

 だが数拍後、うるさく言い争う二人に、


「わかったから、いい加減にしなさい! 外に聞こえたらどうするの!」


 ミラの拳が容赦なく振り下ろされた。

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